さすがは魔王様!

くろまりも

プロローグ(続く……のか?)

 山岳の国と呼ばれる人間の領地に、魔王が誕生した。

 長く魔族との接触を断っていた人間たちは、何かの間違いではないかと色めき立ったが、魔王誕生と同時に各地で大量発生し始めた魔獣の群れに、それが事実だと認めざるを得なかった。

 遡ること五百年前。『緑の魔王』と呼ばれた魔族が現れた時も同じことが起きた。大地を埋め尽くすかと思われるほどの魔獣が街々を襲い、いくつもの国が滅びた。しかし、勇者と呼ばれる英雄が仲間と共に魔王の討伐に向かい、これを見事成し遂げると同時に世界に平和が戻った。

 再び魔王が蘇った今、人々は新たな勇者を見つけ出し、魔王を討伐することを決意する。そして、なんやかやあって勇者に選ばれたのは、どこにでもいるごく普通の村人だが、努力家で、すごく優しくて、イケメンの少年だった。


◆◆◆


「なんやかやって、ずいぶん適当ですね。そこ、割と重要なんじゃないですか?それに、最後なんか個人的感想入ってません?」

「なんやかやはなんやかやよ。私が裏で手を引いていることがばれないようにさりげなく、それでいて自然な流れで彼を勇者に仕立て上げるのは苦労したわ。どれくらい苦労したかと言うと、なんやかやで説明を終わらせなきゃ四千字に納まらないくらい苦労した」

 四千字って何のことだろう?あと、最後の質問をさらっと無視させられたぞ。さすがは魔王様、スルースキルもお高くいらっしゃる。そんなふうに思いながら、四腕八目の大男が白い目で見つめるが、魔王城の玉座に座る少女はまるで気にしない。

 ゴシックドレスに身を包んだ黒髪の令嬢。十人いれば十人が振り返る美貌と、溜息が出そうな優雅さを持つ美少女であったが、彼女こそがこのたび『黒の魔王』に就任した魔王ドラコその人であった。

 その可憐な見た目とは裏腹に、黒竜の化身である彼女には、腕の一振りで地形を変えてしまえるだけの力がある。ドラコと会話を交わす大男も魔族の中では高い能力を持つが、それでも彼女の足元にも及ばないだろう。

 実力至上主義である魔族の中に、彼女に逆らおうとする者はいない。この大男もそういった者の一人で、最初こそ彼女の側近に選ばれたことを喜んでいたのだが、彼女のことを知るごとに後悔と胃痛が増してきていた。

「それで、勇者は草原の国の兵士たちと一緒にここに向かっているのよね?迎撃の体制はどうなってるの?」

 唐突な話題転換だったが、普段から全力大暴投をなさっている魔王様の行動からすれば可愛らしいものだ。大男は一つ咳払いをすると、魔王城と草原の国までの地図を広げる。

「人間は弱いですが、甘く見て魔王軍に無駄な犠牲を出すわけにもいきません。この渓谷に入ったところで前後の崖を崩して道を塞ぎ、上から集中砲火を浴びせれば、こちらの損失はゼロで――」

「ばかあああああ!!そんなことしたら勇者が死んじゃうでしょうがああああ!!」

「……えー」

 殺すための作戦なのだから当然である。しかし、魔王様は大変ご立腹な様子で、理不尽なご要求をおっしゃられた。さすが魔王様は残忍でいらっしゃる。側近の大男は大変優秀だったため、こんなこともあろうかと常備していた胃薬を飲んだ。

「では、どうしろと?」

「もちろん、経験を積ませて勇者を鍛えるのよ!周辺の強い魔獣を駆逐して、弱い魔獣だけが当たるようにしなさい。魔獣に補給物資をつけたり、道中に宝箱を設置するのもいいわね」

 さすがは魔王様。『もちろん』の感覚が、常人とは大きく逸脱されていらっしゃる。これも魔王が魔王たる所以であろう。

 だがしかし、このままではその無駄に気を使う作業を押し付けられるのは側近の大男である。彼は自分を心労から守るため、果敢に魔王様に挑んだ。

「そこまでして、人間を鍛えてやる必要あるんでしょうか?あいつら弱いですし、魔獣の大量発生を俺たちのせいだと勘違いしているような連中ですよ?」

「ふふふ、実際には逆で、魔獣の大量発生に対処するために、普段バラバラな魔族が手を取り合って魔王を擁立してるだけだものね。そんなことにも気づけないなんて……勇者ったらバカかわいいわね!?」

 さすがは魔王様。まったくブレない強い精神力を持っていらっしゃる。部下の方は、魔王様の威厳に耐え切れずに白目を剥いていた。最強の魔王様は舌戦でも最強なのである。

「あのー、そこまで勇者のことが好きな理由って何でしょうか?」

「あら、私が勇者のことを空に浮かぶ太陽より熱く愛しているだなんてよくわかったわね?我が側近はなかなか鋭いわ!」

 側近じゃなくてもわかります。さすがは魔王様、あまりにも大きすぎる存在であるため、隠しているつもりでも、その思いは周知のものとなってしまうのであった。

「聞きたい?聞きたいのね?でも、教えてあげない!だって、これは私と勇者だけの大切な大切な秘密なんだもの!」

「あっ、じゃあ教えてくれなくていいです」

 さすがは魔王様。女はミステリアスな方が美しいということを心得ていらっしゃる。貴女の前では裏側を隠す月ですら魅力で劣ることでしょう。

 話が長くなることを察した大男は地雷を踏みかけたことを察し、慌てて予防線を張って魔王様の偉大なる長話から逃れようとする。

「そう、あれは十年前の事だったわ――」

 しかし、魔王からは逃れられない。

 結局話すんですね、魔王様。女はオープンな方が近づきやすくて可愛らしいということを心得ていらっしゃる。貴女の前では光り輝く太陽ですら魅力で劣るでしょう。

 そうして、魔王様は勇者との出会いを語られた。金糸雀のごとき美しき声で紡がれたその物語は、涙なしでは聞けないような感動的で悲しい話であった。残念ながら、字数の関係でここで書くことはできないが、もし読んでいたら読者諸兄は涙で画面が見えなくなっていただろう。いやぁ、字数制限があることが実に惜しい。

「――そして、とうとう別れの時がきたわ。最後に私は彼に聞いたの。あなたの夢は何って?」

 ハンカチで涙を拭いながら、魔王様は過去話の締めに入る。側近の大男も大変感動したらしく、頬がげっそりと痩せて口から魂が出かけていた。

「そしたら、あの子は絵本で活躍するような勇者になりたいって言ったの。だから、私は魔王になって、勇者が迎えに来てくれるのを待ってるの。そして、最後に彼と――うふふふふ」

「……そんな理由で魔王になったんですね」

 今明かされる衝撃の事実!でも、このままだと愛しの勇者の手で殺されてしまうってことには気づいていないようだ。さすがは魔王様、ドジっ子属性まで抑えているとはなんと恐ろしい。

 話し終えた魔王様ははたと気づいて時計に目を向けられた。

「時間が過ぎるのはあっという間ね。一時間も話し込んでいたみたい」

「えぇ、本当にあっという間ですね。短針が二周してますし」

「あら、やだ!睡眠不足はお肌の大敵だわ!早く寝なきゃ!」

 魔王様は慌てて席を立つと、寝室の方へと足を向ける。さすがは魔王様、激務の中でも美しさに磨きをかけることを忘れない。ちなみに、黒竜に睡眠は必要ないのだが、そこは気分の問題である。

 魔王様と違って睡眠が必要な種族である側近の男は、ようやく解放されるとほっと一息吐いた。

「あっ、さっき話した、勇者を鍛える計画はちゃんと実行しておいてね。もし、勇者が大怪我を負うようなことになったら――」

 部屋に引っ込むところだった魔王様は、扉から顔だけ出して側近の男に声をかける。

「おまえを殺す」

 低く冷たい肉食獣の声。心弱き者であったなら、その一言だけで心の臓が動きを止めただろう。不満も疲れも吹き飛び、四腕八目の異形は膝をついて頭を垂れる。身体の震えが止まらず、自然と口の端が上がって笑いがこみ上げた。

 何があろうと覆らぬ絶対強者。自分の身も心も、この方の為に存在するのだと魂が理解し喜んでいるのを感じる。

 ――さすがは魔王様。我が主。すべてあなたの心の赴くままに。


◆◆◆


 魔王が生まれ、勇者がそれを打ち倒す。これはそんなありふれた物語。

 ただ、少しだけ違うのは――



 ――魔王は、勇者への恋に狂っていた。

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