前世で処刑した罪人が美少女に転生してジミ男の俺が命を狙われてる件

八島清聡

第1話 せっかく現代語をマスターしたのに




「おのれぇ! 卑怯者めが。待てえええっ!」

 

 背後から罵声が聞こえる。

 突然だが、俺は今、命を狙われている。現在進行形でヤバイ奴に追われている。

 断っておくが、今の俺は殺されても仕方ないような悪事は何もしていない。

 平成に生まれて十九年とちょっと。一応、花の十代。さすがにまだ死にたくない。前世と同じく元号が変わった後の世も見たいんだ。なのに、予断を許さないこの状況。


 走りながら後ろを振り返る。

 セーラー服を着た女子高生が鬼のような形相で追いかけてくる。すらりとした体、小さな手には身長の半分以上ある長い木刀。いや、木刀て。いつの時代だよ。

 俺はいつものように大学前の通りを百メートルほど疾走した。なんといってもこちらは男、あちらはか弱い女。武士たるものが、女と戦うなんてありえない。

 かといって力任せに取り押さえるのも気が引ける。怪我でもさせてしまったら、嫌われてしまうかもしれないし。

 ……待て、何を軟弱なことを考えている。

 相手は、世が世なら下級武士の娘。結婚したって正室にできる身分じゃない。せいぜい側室にする程度の女なのに。


 ひたすら全力疾走していると、彼女も次第に疲れ、肩で息をするようになった。

 俺は十分な距離を保ったまま向き直った。

 うーん、いつ見てもいい。瓜実顔で、色白で髪も黒くてまっすぐで実に好み。

「えっと、いい加減諦めてくれよ。俺、記憶はあっても今は間部詮勝じゃないし」

 そう、実は俺は幕末から明治にかけての激動期を生きた大名、越前鯖江藩の第七代藩主・間部詮勝まなべあきかつの転生した姿なのである。つまり、前世は福井県あたりのれっきとしたお殿様。


 彼女は顔を上げ、射殺すように俺を睨みつけた。

「黙れ、記憶があるなら尚更許せん。貴様は冷酷非道の間部の青鬼。我のみならず、同志をほとごとく葬ったこの恨み、晴らさずにおくべきか。そこになおれぃ!」

 少女の可憐な唇から洩れるのは、ここは日光江戸村なのかの堅苦しい言葉遣い。凄まじいギャップだ。普段の生活でもこの口調なのだろうか。


 そうなんだよね~彼女も俺と同じで、前世の記憶があったりする。

 彼女の前世は、幕末の長州藩の志士・吉田松陰よしだしょういん。幕府の敵で最期は老中首座であった俺も関与した「安政の大獄」にて捕らえられ処刑された。直接ではないものの、俺が殺したようなもんだ。

 しかし、こちらにも言い分はある。

「いやいや、先に仕掛けてきたのそっちでしょ。あんたは俺を暗殺するつもりで、しかも捕まって俺の暗殺計画を自白したから死刑になった。あんたは幕府にとっては危険なテロリスト。テロを防いで首謀者を処罰するのは、老中の職務として当然!」

「それは……」

 松陰(JK)は唇を尖らせ、むむっと唸った。

「それでも貴様は政を欲しいままにし、私腹を肥やし……」

「肥やしてません! 俺も結局は失脚して故郷に蟄居させられて、散々な晩年だったんだから」

 しかも有名なのは相方の方だしな。


 と心中でぼやきながら、俺は少し首を伸ばした。

 彼女の背後に、長身の女がゆっくりと近づいてくる。金色の派手な巻き髪に大きなサングラス、嫌でも目立つ赤のエナメルのロングコート。

 その顔には見覚えがあった。

 女は俺の顔を見ると口端を緩め、右手の人差し指を口に押し当てた。そのまま足音をたてずに、松陰の背後に立った。ポケットから万年筆を取り出すとキャップを外し、筒を唇に咥えた。

 まさかと思った次の瞬間だった。

 女は万年筆型の吹き矢を放ち、うなじに矢が刺さった松陰はあっけなくその場に崩れ落ちた。


「おい、何をするんだよ!」

 俺は慌てて駆け寄り、松陰を抱き起こした。

「アホウ、気を失おうてるだけじゃ」

 女は松陰を見下ろし、口もとに冷たい微笑を浮かべた。

「生まれ変っても脇の甘いやつじゃのう。かようなザマであるから、儂に一網打尽にされたのじゃ」

 俺は女をじっと見上げ、渾身の皮肉を言う。

「……いずれは俺もな」

 女はクスクスと忍び笑いを洩らす。

「おや、そなたは殺しておらぬぞ」

「お前が暗殺されなきゃ、いずれ消されていたさ」

 この冷血漢め、と俺は心中で吐き捨てる。

 彼女の名は井の頭ナオミ。このナオミにも前世の記憶がある。

 彼女の前世も大名で、しかも幕府の大老だった。近江彦根藩・第十五代当主である井伊直弼いいなおすけ。開国策を強硬に押し進め、一緒に反対派を弾圧した井伊の赤鬼。

 同僚、同志、盟友……そして俺を失脚させた張本人でもある。


 ナオミは、急に猫なで声になった。

「そう尖るな、ジミオ」

「ジミオ言うな」

 確かに前世は地味な生涯で、今も平凡地味だけどこいつに言われると腹が立つ!

 こいつは超有名人として歴史に残り、反対に俺は「間部詮勝? 誰それ?」状態だもんな。

「儂とそなたの仲ではないか。青き盟友よ。助けてやったのだ。礼くらい言ったらどうだ」

「そりゃどーも。つーか、なんで俺がここにいるのがわかったんだよ」

「なに、パソコンからそなたのクラウドにアクセスし、スマホのGPS機能をオンにして儂のスマホに転送すれば居場所くらい簡単に突き止められる」

 なんだそれは。ハッキングかよ。全く油断も隙もありゃしない。

 思い返せば、井伊直弼は恐ろしく頭がキレる男で、目的のためならいかなる手段も選ばなかった。転生した今も、何を考えているかわからなくて不気味だ。


 俺は、仕方なく気絶した松陰を抱き上げた。どこか日陰に移動させた方がいいだろう。抱き上げて運び出すと、ナオミは後をついてきた。

「そのおなごをどうするのだ、ジミオ」

「スミオ! 俺は丸出スミオ!」

 振り返って今の名を叫ぶと、ナオミは不満そうな表情を浮かべている。

「そんな薄汚い小娘、川にでも投げ込んでおけばいいではないか」

「いや、怖いから! 今は江戸時代じゃないし、特権階級でもないし。不穏なこというのはやめろ」

 とりあえず近くの公園まで行き、松陰を木陰のベンチの上に寝かせる。意識が戻ったら、飲ませようと、近くの自販機で水も買った。


 ナオミはベンチの端に腰を下ろすと、優雅に足を組んだ。

「すっかり腑抜けになりおって、青鬼の名が泣くぞ。こやつに追いかけられるのはこれで何度目じゃ」

「……十五回目かな」

「十五回も愚直に木刀を振り回しておるのか。アホじゃな。儂が知る松陰とは、単純熱血バカではあったが、策は練れる男であったが」

「どういうこと?」

「これでも前世は暗殺者であるぞ。もし本気でそなたを殺したいのなら、白昼堂々木刀なぞで狙ってくるか」

 それは、俺も不思議に思っていた。松陰はいつも大学の門の前で俺を待ち伏せし、罵詈雑言を吐きながら追いかけてくる。でも、ただそれだけだ。


 ナオミは俺の心を見透かすように、尚も続けた。

「そなたもそなたじゃ。止めるわけでもやり返すわけでもなく、いつも逃げるだけ。おなご如きに振り回されて、武士の名がすたるぞ。それとも、弱味でも握られたか」

 いや、弱味っていうか……。どう答えればいいんだこれ。

 これ以上何か言ったらナオミの、いや井伊直弼の前で墓穴を掘るような気がする。


 そこに鋭い声がした。

「覚悟ぉ! 天誅っ!」

 松陰の方に視線を向けると、ちょうど目を開いたところだった。

 ガバッと勢いよく起き上がり、ベンチに立てかけておいた木刀を掴む。俺とナオミを交互に見て叫んだ。

「き、貴様は井伊の赤鬼! 赤青そろって我をかどわかしたか!」

 顔を真っ赤にして気色ばむ松陰に、ナオミは「はぁ?」と呆れた声をあげ、冷たく一喝した。

「たわけ。かどわかす価値もないわ。そなたの本来の身分では、老中の我らに口をきくは無論、お目見えすら叶わぬ。たかが長州の小者風情が。頭が高い、控えよ!」

 ナオミの迫力に、松陰はビクッと肩を震わせた。目にかすかに怯えの色が走る。

 あ~、前世で骨の髄まで染みこんだ身分の壁には弱いんだね……。

「儂はそなたを始末せよと忠告したが、友が譲らなんだ。それどころか助けおった」

「そ、そうなのか?」

 松陰が俺を見る。なんだか照れる。

「こやつも大概甘っちょろいからの。だが此度の恩赦にも理由がある。そなたに罰を与えぬのは今は太平の世であり、我らが政をめぐって殺し合う理由がないからじゃ」

「……それは、確かに」

 松陰は急にしょんぼりとして俯いた。少しして諦めたように首を振った。

「ああ、そうだ。今は血風吹き荒ぶ幕末ではない。我とて、現世に生れ落ちて十数年。死した後から現在にいたる歴史は理解している。日本国は数多の志士の血と努力によって攘夷を成し遂げ、他国の支配も受けずに……平和を享受している」

 それから、彼女は改めて俺の方を見た。頬が少し赤らんでいる。

「……違う。本当は違うのだ、青鬼よ」

「な、何が違うの?」

 俺はドキドキしながら言った。えっ、もしかして、これって……。

 まさか。そんな。嘘。ヤンデレってやつ? 暴力でしか愛を表現できないシャイガール? 

 いや、中身はオッサン志士……? ちょっと気持ち悪いけど可愛いから許す。

「違うのだ。そ、そなたに殺意があったわけではない。ただ二、三発殴れればよかったのだ。それくらいしなくては気が済まんが、所詮その程度だ」

「なるほど。だから木刀だったのじゃな。スタンガンで感電させるでもなく、硫酸をかけるでもなく、石を抱かせて足の骨を潰すでもなく」

 とナオミが物騒なことを言う。いやいや、怖いって。やめてください赤鬼さん。

「だが、鬼どもに情けをかけられては……復讐する気も失せた」

 松陰は悲しそうに呟くと、握った木刀を投げ捨てた。乾いた音が辺りに響いた。


 俺は飛び上がりたいほど嬉しくなった。

 過去への恨みつらみが消えたなら、もう遠慮することはない! ヒャッホウ!

 彼女と出会ってから、マジでマジでずっと知りたかったんだ。

 俺は身を乗り出し、息せき切って尋ねた。


「で、では。そちの今の名はなんと申す?」


 ……うっかり地が出てしまった。 

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