彼女から、彼女まで。
一飛 由
公園にて
昼下がりの公園。
枯れた噴水の前にぽつんと置かれたベンチに腰を下ろす。
通行人などない。
鳩やカラスの姿すら見えない。
あの頃はもっと賑わいでいて、そこそこ活気もあったはずだ。
あるのは雑な手入れをされた並木と、それらを見下ろす清々しい青空だけだ。
だが、今の自分にはこの光景こそがお似合いなのかもしれない。
俺たちが初めて出逢った、この思い出の地の現状を彼女が目にしたら、一体どんな感想を抱くのだろう?
……いや、考えるのはやめよう。
ベンチの背もたれに寄りかかった後、俺は上着のポケットから小さな包みを取り出す。
キャンディのように左右を捩ってあるが、キャンディではない。
最近は見る機会の減った菓子――寒天ゼリーだ。
ことあるごとに彼女が俺に配っていた迷惑な……今となっては思い出の品だ。
彼女は時にはニヤニヤと、時には真顔で、またある時には笑顔で俺の手に寒天ゼリーを握らせていたのを、今でも覚えている。
そういえば、寒天と心太の原料は同じらしい。
彼女が教えてくれた、トリビアと呼べるかも怪しい雑学だった。
物理教師も顔負けのもっともらしい表情で、そんなことを言っていた気がする。
彼女の面影を思い浮かべながら、俺は寒天ゼリーを口へと放った。
ゼリーを覆うオブラートが口内にひっついて妙な食感だ。
その後で独特の甘さと歯ごたえが口の中に広がっていく。
正直、嫌いではないが、好みのど真ん中という感じではない。
どうして彼女はこれを俺に渡していたのだろう。
今となっては、その理由を知る術はない。
「はぁ……」
無意識に溜息が口から漏れていたことに気付き、俺は天を仰いだ。
空を雲が流れていく。
動画サイトのコメントが流れていくのを眺めるように、俺の意識はぼんやりと、特大のディスプレイへと引き寄せられる。
それから、どれだけの時間が経ったのだろう。
太陽の位置が大分変わっているのは理解できたが、時間まではわからない。
周囲の雑音もかき消されるくらいに、没頭していたらしい。
こんな時、彼女だったら――。
「やっぱりこの資料間違ってるわね。この場合だと虚数軸の数値はサインカーブで表されるはずなのに――」
あまりにも唐突に耳に入った聞き覚えのある声に、慌てて視線を降ろし、左右に振る。
「やぁ、ここに来れば逢えると思ってね。寒天ゼリーはあるかい? 帰国したばかりで手持ちに無くてね――」
以前より大人びて、でも顔つきはあまり変わってなくて、中味は当時のそのままで。
第一声は心に決めていたはずなのに、すっかり頭から抜け落ちていて。
俺は、自然に生まれ出た笑みと共に、上着のポケットに手を入れる。
「あぁ、偶然だけど、持ってるよ」
俺の声は、今日一番に弾んでいた。
彼女から、彼女まで。 一飛 由 @ippi
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