第10話 魚 V.S. 意地
農林水産省ーー
「貴様たち……分かっておるな!」
病田は四天王を並ばせ、バールを振り回した。
「お前らが最強最強と謳って送り出した農人はどいつもこいつもあっさりと敗北を喫した! どういうことだ! ホルスタイン、貴様まで失敗しおって! こうとなっては貴様らの左遷も考えねばならんぞ!」
「お待ちください!」ホルスタインは一歩進み出た。「確かに私が送り出したチキンヘッドは敗れ去りました、しかし! オコメハーヴの弱点とも思われるそぶりの観察に成功もいたしました!」
「ほう……?」病田はバールをホルスタインの顎にあてがい、持ち上げた。「言ってみろ」
「お……オコメハーヴは」ホルスタインは震えながら声を発した。「その身体能力から、生身の人間ではなく、恐らく農人の類! しかし、我らの送り出す農人と決定的な違いがございます……」
「……」
「我らが農人は、『農』を『殺意』に組み替えた存在! つまり『農』は殺しの道具以外の何でもない、そうした効率化を図ったものですが、奴は! 私のチキンヘッドが一つの受精卵を人質にとったとき、一瞬攻撃を躊躇しました! 同じ農人、しかしその原動力は『愛』! 奴は、たとえ卵一つといえ、農産物は粗末にできない優しい心を持ち、だからこそゆえに……その甘さが命取りになろうかと!」
「なるほど……その発見は手柄とも言えるな……」病田は呟いた。ホルスタインはつい、安堵の息をついた。
「活かせてこそなればな!」バールが振り下ろされ、血しぶきが舞う。ホルスタインは地べたに崩れ落ちた。
「ギョギョーッ!!」サカナクンサンが喋った。
「……?」病田は彼の方を見た。
「ギョギョギョーッ! ギョギョッ!」
「お……おい、サカナクンサンの奴、何て言ってるんだ?」カフンマスクが聞いた。
「わ……分からんわい」ムギミソも困惑していた。「いつも、ホルスタインが翻訳してくれたからのう」
「ギョ! ギョギョギョ!!」サカナクンサンはジェスチャーを交えて何か伝えようとしていたが、一向に何を伝えようとしているのか、判然としなかった。
「お……恐らくだが」カフンマスクは言った。「自分の持っている農人を出撃させてほしいんじゃねえか? 俺、ムギミソ、ホルスタインが一人ずつ出したんだ。審議官、今度は自分にやらせてくれとでも言ってるんでしょうぜ」
「そうなのか? サカナクンサン」病田は聞いた。
「ギョギョ!」
「そうだというのなら、その農人を見せてみろ!」
「ギョ意!」
すると、巨大な魚の農人が歩み出て雄叫びをあげたのだった。
ーーナレーションーー
ブラックバスの農人、ブラックサバス! 外来種の研究中に偶発的に誕生した、固有種を根絶やしにする最強農人で水の中では無敵! 通信制高校に通って日本語を習ったので魚でありながら喋ることができる。
「よし……よく分からんが自信があるんだったら行ってこい!」病田は言った。
「はい、かしこまりました」ブラックサバスは言った。
水田には水が張られ、気温は日に日に上がってきた。
しかし、我々に五月病という言葉はなかった! きたるべき梅雨に備え、用水路の整備もばっちりやっておかなければいけないのだから! 僕は額の汗をぬぐいながら、区画整理を進めていた。
「アニキ! このあたりは掘りあげたぜ! 図面見て指示だしてくれよ!」村一番の男、地挽はシャベル片手に威勢がいい。
「地挽さん、他の方よりずいぶん仕事ができるみたいね」柿崎は微笑みかけた。
「……そんなふうに褒めても、何も出ねえよっ///」
地挽……主任がちょくちょく村に顔を出すようになってから、いやに張り切ってるな。その内心はもう誰しもに分かっていた、分かりやすすぎた……だが、士気があがるのはいい!
「よーし地挽、2番地と3番地をつなげてくれ! 排水は6番地を経由して川に行くように!」僕は図面を見ながら彼に言った。
「よし来た! 今日中に終わらしてやるぜ!」
地挽はしゃにむに土を掘り続けた。まったく、常人の10倍ほどの速度で掘り続ける。体力も底なしだ。頼もしいといえば頼もしいのだが……。
背後から、チリンチリーンとベルの音がした。ぴりかが自転車でこちらに向かってきた。学校から帰ってきたのだ。
「ただいまー。みんなおつかれー!」ぴりかは僕らに屈託のない笑顔を見せた。
「お帰り、ぴりかちゃん。学校はその後、異変はないかい?」僕は聞いた。
「んーん、変わったことは特に。休んでる間の遅れを取り戻すために授業がハイペースなのがきついかな」
「そうかー。僕でよかったら勉強教えるよ」
「えー成績下がりそう!」
僕たちはそんな馬鹿話をしていた。これから来る脅威もしらずに……いや、来るとは分かっていたはずなのに……。
翌日、村ーー
「ああーーっ! なんてことだーーーー!」
村の男たちが騒いでいるので、僕らは目が覚め、外に出てみた。なんと、用水路から水が溢れて、路面が水浸し、ぐちゃぐちゃのびたびたしになっていた。
「溢れてやがる……早すぎたんだ。昨日の夜中、雨が降ったから、用水路が壊れたんだ」男たちは言った。
僕は用水路の蓋を取って中を覗き込んだ。
小さい魚が大量に泳いでいた。
「稚鮎だ」僕は言った。「川から水路を引いたからこっちにまで遡上してきたんだな」
「なーんだ! じゃあ詰まったのは鮎のせいだよ! 誰だ壊れたとか言った奴は、失礼しちゃうぜ!」地挽は笑った。「せっかくだ、たくさん釣って、みんなで稚鮎の天ぷらでも食おうぜ!」
そう言って地挽は竹のきれっぱしにパニック針をつけてぽんぽん稚鮎を釣り始めた。調子のいい奴だ。
「アイツは今日は働かないな……しかたない、僕が詰まりを見てこようかな」
「私も手伝うよ、日曜だし」ぴりかが言った。
「宿題とかしなくて大丈夫なのかい?」
「農作業の手伝いしてたって言えば許してくれるよ。手伝ってれば学校休んでもいいんだよ」
「それで成績下がったら責任取れないな……じゃあ、さっさと直して勉強にもどろうか!」
僕とぴりかは水路の下流に向かった。
用水路は村の谷側で合流し、そのまま川に繋がっていた。そこでどうやら詰まりをおこしていたようで、ひどく水が溢れていた。
「詰まってるのが稚鮎だったらすぐになんとかしなきゃな。腐り始めたらやっかいだ」僕は言った。
ぴりかと二人がかりで、用水路を覆っている板を外し、中に何が詰まっているのかを見た。
「ひっ………!」ぴりかが鋭い悲鳴を上げた。
「そんな……まさか!」
用水路の中に、横たわっていた体。何が起こったのか分からなかった。
僕はそれを思い切り抱きかかえ、引き上げた。
「地挽ーーーーーーーーー!!」
そこにいたのは地挽だった。口から稚鮎をぼとぼととこぼしながら、うつろな目をしてぬれそぼっていた。体は冷え切っていた。
「なんで……地挽さんが!」ぴりかは震えた。
「ありえない……こいつがやられるなんて……」僕は、地挽の首筋や胸に手を当ててみた。「何時間も水に浸かっていたようだ……」
「……じゃあ、さっき、稚鮎を釣ってた地挽さんは?」
「……地挽じゃ、ない?」僕は村を振り返った。「まずい! 農林水産省だ! みんなが危ない!」
村人はそうとも知らず、地挽が次々に稚鮎を釣り上げるのに狂喜乱舞していた。
農民A「さすがは地挽だ! 今日は久しぶりに動物性タンパク質を腹一杯食えそうだぜ!」
農民B「平均身長が上がりそうだな!」
村長「革命じゃ!」
地挽「へっへっへっ……夜にはたっぷりと食わしてやるよ……そう、たっぷりとな……へっへっへっ……」
「まてーーーーーい!」
「!?」
ずぶぬれの地挽を抱きかかえた僕と、銃を構えたぴりかがそこに現れた。当然、村人は仰天した。
「な、なんてことだろう! 地挽が二人!? お前が地挽で、アイツが地挽!?」
「おまえら……二人になってるーーーー!?」
「ええい、やかましい!」僕は一喝した。「用水路で詰まってたのはこの地挽だ! そこで釣りをしてる地挽! お前は何者だ!」
「お……おいおいアニキ、なに言ってるんだよ。俺は地挽だよ。俺だよオレオレ。忘れちまったのかい、この顔を? おいおい、待ってくれよ、ちょっと待ってくれよ! ぴりか、何おれに銃口むけてんだよ。免取だぜそれ! そもそもおまえ銃免許もってんのか!? ええい、証明させてくれよ、俺が俺であることをよ! 俺は俺だ! だいたい、アニキの抱いているその亡骸が俺であることを、じゃあ証明してくれよ! 一方的じゃないか! こんなのずるくないか! なにがしたいんだよ! おれだってな! 良かれと思って村やアニキに尽くしてきたさ、それがいきなり悪者扱いか? 確証もなく! じゃあ証明してくれよ!」
その言葉に、僕もいささか怯んだ。いさんじてこの場に乗り込んだはいいが、たしかに確証はない。だが、地挽が沈められて、いまここでのうのうとしている地挽がいるってことは、どう考えてものうのう地挽が偽物と考えるのが筋……。
ぴりかも銃口を向け続けていることにためらいを感じていた。もし彼の方が本物だったら? いや、だとしたら稔さんが抱いてる冷たくなってる地挽は何だというのだろう? しかし、説明のしやすい状況が正しいとは限らないーー
場が硬直した、そのときだった。
「私が試すわ」
その声の主の方に、皆が一斉に振り向いた。
柿崎主任だった。
「主任……!」僕は身構えた。答えを出すために、直々に姿を現したとでも言わんばかりの仰々しさだった。
彼女はあぜ道の方から歩み来たりて、少し離れたところで仁王立ちした。
「しかし……」僕は息をのんだ。「しかし……どうやって?」
柿崎は懐から黒い塊を取り出し、地挽に投げた。
地挽はそれをキャッチした。僕らの目線はそれにくぎづけになった。ニューナンブM60だ。警察用に採用されている、9mm口径のリボルバー拳銃。小型で取り回しが良く、暴漢の牽制には十分な火力を発揮する。
「それをポケットに差しなさい。私の腰のホルスターにも同じものがあるわ。……同時に抜いて、撃ち合いましょう。それで、あなたが本物かどうか分かるわ」
「……そんな、どうしてアネキと撃ち合わなきゃならねえのかい?」地挽は動揺した。「できねえよ……」
「なら、偽物だ」柿崎は腰からニューナンブを抜いて彼に向けた。
「わ、分かった! やる、やるよ!」地挽は大慌てで腰にニューナンブを挿した。「くそっ、どうしてこんなことに!」
僕も、ぴりかも、農民たちも、突然の流れに呆然としていたが、しかし場合によってはとんでもないことになるぞ、と心穏やかではなかった。
「柿崎さん、どういうつもりなのかな……」ぴりかが僕に言った。
「わからん……! しかし、なにか考えがあるはず!」僕は言った。
「実は空砲とか?」
「かもしれない……が、僕の知ってる主任はそんな甘い女じゃない! あの人はこういうときに平気で実包を使う人だ! とすると……主任か、この地挽かが、撃たれる!」
「とすると……!?」
風が吹くーーメキシコを転がってる、あの草の玉がころころした。
「いつでもいいわ」柿崎は言った。
地挽が抜いた。
柿崎も抜いた。
地挽が一瞬早い! 稔はそう思ったーー銃声。
火薬の臭い。
「……やっぱり、俺はホレた女は撃てねえよ」地挽の手から銃が落ちた。胸には赤く、血が滲み広がっていた。
「地挽さん!」ぴりかはショットガンを放り出し、駆け寄った。倒れた地挽を抱きかかえ、歯をかみしめた。
「……分かる気がする、この人は決して偽物じゃないと。早く抜いてて、撃てたはずの銃を撃たなかった。敵であるはずがないんだ。柿崎さん、なんで撃ったの。何の証明になるの!!」
柿崎は目に憂いを溜めて、ぴりかの方に歩み寄った。
「彼は命を賭して証明したの。自分が本物だったと。私にできるのは撃つことだけだったのーー」
「柿崎さんならーー」ぴりかは言った。「あなたみたいにできる人なら、こんな手を使わなくても、なにか方法をみつけられたはずです!」
「そう、それはどんな?」柿崎は聞いた。
「こんな方法よ」
柿崎の声だった。
あっ、と思って振り返った。そこに、ぴりかが放っていたショットガンを構えた柿崎がいた。
皆の思考が追いつく前に柿崎はショットガンを放った。ニューナンブを持っていた柿崎の頭がはじけ飛んだ。
ひええっ、とぴりかは叫んだ。僕も固唾をのんで、ショットガン柿崎を見やった。
「これは……どういう……!」
「こういうことじゃない?」
柿崎は、僕の抱いていた水死地挽を蹴り飛ばして地面に転がし、それにもショットガンをぶち込んだ。ズタズタになった地挽の体の中から針金と、大量の稚鮎があふれ出した。
「こ、これは人形!」僕はおののいた。
「そういうことね」柿崎はショットガンを捨てて、僕を睨んだ。「敵の罠にまんまとかかって、混乱させられてたのよ」
「人形の地挽を見つけさせ、本物の地挽を疑わせてたのか……」僕は唸った。
「見破るタイミングはいくつかあったわ……」柿崎は言った。「1,私はニューナンブなんか所持してない。普段銃なんて使わない。ずっと一緒に勤めててそんなことも分からないの? 2,仲間を撃つなんて冗談でもしない。当たり前のことよね。3,その人形の地挽は魚臭すぎるわ」
「……まったく、返す言葉もないです」僕は恥ずかしさのあまりに顔を伏せた。
柿崎はそれだけ言うと、撃たれた地挽に近寄り、膝をついて頬を撫でた。
「バカな男ね」
「ヘッ……偽物ってのはわかってたけどよ」地挽は強がった。
「嘘ばっかり」
「くっ…くっくっくっ!」頭を打ち砕かれた偽柿崎がにわかに笑い出した。「変身を使って村人を疑心暗鬼に陥らせ、ストレスでPTSDを発症させ村社会を瓦解させる計画もどうやらこれまでのようですね……!」
「そんな陰湿な作戦を練るということは、農林水産省のものだな!」僕は言った。
「ご名答ですよ……!」偽柿崎は頭を失いつつもつま先の力だけで立ち上がった。「こうなったらプランBです! 正体を見せて、真の力でガチンコ対決を挑むしかありませんね!」
偽柿崎のまとっていた肉体が爆裂四散し、中から魚の姿が現れた。
(BGM:Last Battle ~ Emelia
https://www.youtube.com/watch?v=TFnaRI0qItg)
「わたくしは魚類農人、ブラックサバス! 以後お見知りおきを!」胸びれや背びれをバタバタさせながら農人は自己紹介した。
「今までになく丁寧な言葉遣いの農人……できる!」僕はいった。
「学校で正しい言葉遣いを習った……これからは教育の時代です! 暴力の中にも知性あり! それがわたくしのモットーです!」
「なにはともあれ、農林水産省のものはゆるせん!」
「ほざけーーーーーーーーーーーーっっ!!」
ブラックサバスの飛び尾びれが僕をはたき飛ばした。受け身をとって転がったが、腕が切り裂かれていた。
「くっ……そうとう鋭利なヒレだ!」
「くっくっくっ……魚の体はヒレ、エラ、口、危険な部位がたくさんある! うかつに触ると傷を負いますよ!」
「くそっ、どうすれば……」
「塩じゃ!」村長が叫んだ。「稔どの、塩をかけるんじゃ! 見たところ奴は淡水魚! 塩をかけると浸透圧で脱水症状をおこしまするぞ!」
「お、おお、ありがとう村長! たまにはいいアドバイスをするね! だてに歳食ってないな!」僕は辺りを見渡した。「塩! 塩だ!」
農民たちはあわてふためいた。「おらの家からあじしお取ってくらあ!」「おらんちにも瀬戸内の塩があるだ!」「おらも! 持ってくるけえ、しばしおまちを!」
「今だ! 魚キック!」ブラックサバスの蹴りを食らって僕は田んぼに突き落とされた。
「塩は間に合いそうにないぞ!」僕は泥まみれになって呻いた。
「これだあああああああっ!」ぴりかが小太刀でブラックサバスに斬りかかった。
「うぎゃああああああああああ!」ブラックサバスの腹びれが切り落とされ、白身が見えた。
「魚は捌かれるのに弱い! 刃物が弱点だ! なら、この小太刀で三枚に下ろせば決着だ!」
つづけざまにぴりかが振り下ろした一太刀がブラックサバスの半身を背骨沿いに切りそいだ。腰の辺りまでがべろりと剥がれる。
「おおおおおおおおおおおおお!」ブラックサバスの目が血走る。
「くっ……!」ぴりかの打ち込んだ刃が肉に取られ、うまく引き抜けない。ぴりかは腕を捕まれた。
「ゆるさん……ゆるせませんぞ! バスを刺身で食うとか、そういう寄生虫リスクを考えないで己の快楽のために美食する奴を私はゆるせません! 1万分の1のリスクだから自分は安全とか思ってるんじゃないですか? 1万人がそういうことをしててね! 病院のお世話になる奴がいるんですよ! 医者にとってはね、いい迷惑なんですよおおおおお!」
「しっ、しらないよお!」
「いかん、ぴりかピンチだ!」僕は田んぼの中で必死にあがいたが、足を泥に取られてる。「くそっ、動け、俺の足! 動けよ!」
ブラックサバスは口を大きく開いた。トゲトゲした歯がぴりかの目の前で広がった。
「このトゲトゲした歯で、お前の顔をキズモノにしてやりましょう!」
「ひえー」
「危ないッ!」地挽が2人の間に割ってタックルし、ブラックサバスを組み伏せた。
「地挽さん! そんな重傷で無茶しないで!」ぴりかは叫んだ。
「こんな小口径弾の一発くらい屁でもねえさ……それにな……この俺をおちょくってくれたんだ。お返しのひとつでもくらわせねえと、引っ込みがつかねえな!」地挽は不敵な笑みをブラックサバスに落としていた。
「……口の悪いお方ですね」上品な魚は、口からワームを吐きだした。
「ぐうっ!?」
「死ね!」胸びれで往復ビンタする。地挽の顔が打ちのめされ、みるみる腫れ上がり、血がしたたる。
「どうだ! どうだどうだどうだどうだ! どうですかーーーーーーーッ!!」
胸びれ、腹びれ、尻びれでばんばんビンタが叩き込まれる。地挽の体はボコボコに打たれていった。だが、彼は引くことはなかった、それどころか、最初に銃弾で撃たれた傷口を、みずから指でほじくって、血を噴き出させ、それをブラックサバスに浴びせさせたのだった。
「う……ううっ!?」
「お前……塩分に弱いんだってな? くれてやるよ……人間の血液を! 塩分、けっこうあるぞ!」
「や……やめろ! やめろおおおお! ひりひりする! ひりひりするよお!」
ブラックサバスは水を得た魚のようにぴちぴち踊り狂った。僕は今が勝機だ、と思うと共に、もうぴりかも地挽も限界だ、早く戻らねば! と急いで田んぼを駆け上がった。
「地挽! がんばったな、代わるぞ!」僕は泥だらけの足でブラックサバスの顔面にドロップキックを放った。ブラックサバスは転がりまわり、地挽も吹っ飛んだ。
「アニキッ……あと……頼むぜッッ!」地挽は血まみれに成りながら臥し、村人に担がれていった。
僕はかつてーー「NASU」入試のために習ったーーマーシャルアーツの構えを取った。ブラックサバスはもうふらふらだった。ぴりかと地挽の活躍があって、相当のダメージがみてとれていた。このまま押し切れそうだった。
「観念しろ、ブラックサバス!」僕は言った。
だが、ブラックサバスはどこかに余裕を持っているそぶりを見せていた。
「稔よ……お前さえ……お前さえ倒せればいいのです。我ら農林水産省は、今までいたずらに敗北を重ねていたわけではないのですよ。ちゃーんと、失敗に学んで、対策を練っていたのです。そして……食らえ! 奥の手を! プランCです!!」
用水路から、地挽がいままで釣っていた釣りボックスから、偽地挽のなかから、ありとあらゆるところから、稚鮎が僕に向かって襲いかかってきた。
「何いいいいっ!?」
「ふはははははは! ここにいる稚鮎は天然稚鮎ではないのです! すべて我が配下! 農林水産省で殺しの遺伝子を組み込まれた、私の命令ひとつであなたを抹殺する殺人養殖稚鮎なのです!」
「貴様……! 生命の冒涜を! ゆるさん!」
「水路の底で怒っていなさい……いつまでも!」
稚鮎たちは私を水路の中に引きずり込んだ。
「うわああああああああああああああああああ!」
「さて……残るは女子高生とOLですか。女を殺すのは忍びない。しかし、農林水産省に刃向かうというのであれば、情けは無用! 抹殺させて頂きます!」
「くっ……」ぴりかは残った得物、サバイバルナイフを抜いて柿崎に近寄った。「柿崎さん……何か手は?」
「ふっ……」柿崎は髪をかき上げた。「何もしなくていいはずよ」
「そんな……でも……」ぴりかは焦った。「何もしなくて、どうにかなるはずないじゃないですか!」
「大丈夫……オコメハーヴが来るわ」彼女は言った。
「そんな……そんなことって」ぴりかはとまどった。「都合よく来てくれるって限らないじゃないですか! アメコミじゃあるまいし! 来なかったらどうすればいいんですか!?」
「来なかったら……私、すごく怒るわよ。それだけのこと」柿崎はしれっと言った。
「さあ……」ブラックサバスはヒレをぱたぱたさせた。「お命頂戴しまーーーーーす!」
「あーーーーーれーーーーーーー!」ぴりかは絶命を覚悟した。
「脱☆穀!!」
(BGM:Ys I & II Chronicles - Tension
https://www.youtube.com/watch?v=jf87KPms97c)
村の奥にある川から水柱が上がり、日の光を受け、水しぶきが虹を作った。
その場にいる誰もが、口を開いた。ひとりは、あんぐりと。ひとりは、歓喜の笑顔。ひとりは、不敵に歯を見せた。
彼らの目の前に、水を滴らせた、実りの黄金色に身を包んだ男が着地した。その水滴一粒一粒が、輝いて見えた。
「おっ、お前が……!」ブラックサバスは数歩後ずさった。
「農あるところに実りあり!」切られた見得が森を震わせた。「罪もなく邪心を植え付けられた稚鮎に涙するもの、オコメハーヴ!!」
振られた手刀、握られた手、閉められた脇、全てに力がみなぎった。お米の柔らかい香りが匂った。
「くっ……こちらこそ、死せる同胞の仇を今こそと言うところですな。よかろう、正真正銘最後の手段、プランDに移らせて頂きましょう!!」
ブラックサバスから、強大な命令電磁波が放たれた。用水路にいた稚鮎が、中空に浮かび上がる。
「こっ、これは!?」オコメハーヴはあたりを見渡す。稚鮎たちの心の声が聞こえる。
「コロシテ……ボクタチヲコロシテ……」
「なんてことを……!」
「くっくっくっくっ……先ほども説明したように、ここにいる稚鮎はすべて私の命令で自由に動かせるのです。今、何を命令したか教えてあげましょうか? もしあなたが私の命を奪ったのなら、稚鮎全員、自決しろと、そう命じたのです!」
「貴様ァ! 稚鮎に罪はないッ!!」
「ははははは! しかし、あなたは優しいお方だ! 稚鮎一匹とは言え、道連れは心苦しいでしょう! これでは、私を殺すことはできまい!」
「外道がッ!」
「ほざいとけッ!」尻びれの一発! オコメハーヴに鮮血が走る。
「ぐうっ!」
「それそれ! 手負いの農人に何も手出しもできずになぶり殺しにされる気分はどうか? オコメハーヴどのよ!?」胸びれの一発! 背びれの一発! 腹びれの一発! かじり! うろこ! ぬめり!
「くそっ……このままではやられてしまうぞ~」
「お前の優しさ……それはすばらしいものだと思うよ」ブラックサバスは言った。「だがそれゆえに、誰も守れんのだ!」
「くそおおおおおおおおおおおお!!」
「心配無用じゃ!」
「!?」
オコメハーヴ、ブラックサバスは振り返った。
村長! 振り回される竿! そこには、村人総出で稚鮎を釣ってる、壮大な風景があった。
「みんな! これは一体!?」オコメハーヴは問いかけた。
「オコメハーヴ殿! 微力ながら、我々にできること、助太刀いたす!」村長が釣り竿を振り回しながら、破顔一笑で言った。
「貴殿の優しさ、感服いたした! この稚鮎、戦いの犠牲にしたくないというのなら! 村人が釣って食ったと言うことにしましょうぞ!」
「そ……そうか! 村人が釣って食べたということなら……!」
「理解したようね」柿崎が言った。「民が魚を釣って食べる……それは自然の摂理。虐殺でも、戦の犠牲でも何でもないわ」
「オコメハーヴさん! 稚鮎は、私たちが自然の恵みに感謝して、美味しくいただきます! だから、農人は気にせずやっちゃって構わないです!」ぴりかも、釣竿を一生懸命振って稚鮎を釣っていた。
「みんな……!!」オコメハーヴは、農村の皆の力を一身に受け、震えていた。
稚鮎たちの声が聞こえてくる。「アリガトウ……アリガトウ………」
「ば……馬鹿な! こんな馬鹿な……!」ブラックサバスは釣られるがままに任されている稚鮎を呆然と見ながら、立ち尽くしていた。
「分かったろう、ブラックサバス! 稚鮎の精神は支配できても、心まではお前のものにはならない! 農は、食いつ食われつとはいえ、最後まで心の関係なのだ!」
「フフ……言うようになったわね」柿崎はそっと笑った。「オコメハーヴ……この村人の数なら、全部釣り終わるまで30分とかからないわ。それまで、この卑怯な農人をたっぷりいたぶってていいわよ」
「……よし、30分か」オコメハーヴはブラックサバスに歩み寄った。
「ま、まて! 話を聞いてくれ! わかった! 稚鮎の洗脳は解く! ほらみろ!」サバスがそう言うと同時に、稚鮎はぽとぽと落ちて、用水路を自由に泳ぎ回っていた。
「見ての通りだ! 俺は譲歩した! だからこれでいいことにしよう! もう帰るから! この通り謝る! 土下座もする! 靴も舐める! 稚鮎も全部あげるよ! ゆるしてよ!」
「夜明けのヘドにも劣る汚物め! 30分の猶予すらお前には勿体無い!」
「うに!?」
「バーダック!」オコメハーヴは腰のしめ縄から聖剣を引き抜いた。
「貴様が学ぶべきだったのは日本語ではなく……仁義だッ!!」刺し貫く。
「魚おおおおおおおおおおおおおおおおお!!」断末魔とともに炎が吹く。
火花と煙を上げ、ブラックサバスは倒れた。オコメハーヴが振り返り際に血振りすると同時に爆炎を上げて四散した。
「やっぱり稚鮎の天ぷらは最高だな~」地挽は言った。
「地挽さん、銃で撃たれたのによく食事できますね……」ぴりかは呆れた。
「ブラックバスって食ったらうまいのかのう……」村長が新政をぬる燗でやりながらつぶやく。
「皮をていねいに取って、内臓を処理すればイケるらしいですわよ」柿崎がお酌しながら言う。
「なんにせよ、今回も厳しい戦いだった……」僕は、稚鮎をつまみながらひとりごちていた。「しかし、いつまた強敵が現れるか知れない……。ぴりかのような子供を、危険にさらし続けるわけにもいけない……」
「なーに!? 私じゃ役者不足だっていうの!? いつも肝心なときにいないくせに!」ぴりかは僕の耳をつねった。
「いたたた! そうじゃないよ! ただ、君は勉強が本業じゃないか……荒っぽいことは大人にまかせてだね……」
「だから、稔さんが頼りないから私が出張るしかないって言ってるんでしょ!? まったく、オコメハーヴがいなかったら、いまごろ村は滅亡してるんだからね!」
「そ、そうかもね。めんもくないなあ、ははは……」
その会話を小耳に挟みながら、柿崎は微笑むと共に、来たるべき未来に憂いを予感していた。
稔ーーーー
あなたは、その少女一人を、守れるのか。
農林水産省の……いえ
内閣を前にして。
人造農協オコメハーヴ 阿修羅凶作 @kyo-saq
★で称える
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