第9話 化学部の本気
「くそっ……校長! 校長先生!」
僕は屋上から落下してしまった校長を抱きしめていた。
「どうして……どうしてこんなことに! 僕がもうちょっと早く来ていたら!」
「う……」校長はかすかに呻いた。
「校長! 大丈夫ですか!」僕は校長を抱き寄せた。「今救急車を呼びます! もう少しの辛抱です!」
「いや……いいんだ。もう、私はダメだ。分かるんだ、私はもうダメだということが。私は……ダメな男だ」
「何をおっしゃるんです! ダメなもんですか!」
「わかるんだ! ダメだ! 私はダメだ! ダメだ私は、ダメダメだ!」
「校長!」
「私はもういい……だが、生徒が心配だ! きっと、生徒にもよくないものが迫っている……生徒を救ってくれ! はやく……いくんだ……ぐふっ」
「校長ーーーーーーー!」
……僕は、冷たくなった校長をそっと花壇に横たわらせた。
「農林水産省……! 貴様らだけは……絶対にゆるさん!」
「さあ! 男子と女子でペアを組め! そしてお互いのパンツを脱がして、保健体育を確認し合うんだ!」教壇に立つ鳥頭先生は怒鳴り散らした。
「うう……どうしてこんな授業を……」ぴりかは涙ぐんだ。
ペアになった男子生徒は気まずそうにぴりかのパンツに手をかけた。
「ごめん、ぴりか……! おれ、死にたくないんだ……!」
「最悪……」
ぴりかは、恥ずかしさと緊張でしめるのを感じた。もう、こんなざまをクラスメイトに見られるくらいなら抵抗して華々しく死んだ方がマシだ! パンツにかかった指にぐっと力がかかる。
教室の扉がバン! と開いた。全員がそちらに振り向いた。引き締まった痩躯、そこだけ豊かな胸、担がれた武器。
「待たせたわね!」柿崎だった。「あなたの武器よ! 受け取りなさい!」
柿崎はショットガンとナイフ、ガンベルト、小太刀をぴりかに投げた。ぴりかはパンツに指をかけてた男子生徒の金的を蹴り上げ、突き飛ばすと武器をキャッチした。
上下二連式のショットガンを折る。薬質が空。ベルトから弾を選ぶ。
「授業の邪魔は許さん!」鳥頭先生は柿崎に向かってムチを振り出した。柿崎は両手にメリケンサックをはめ、ムチを殴っていなし、懐に飛び込んだ。突き上げ気味のボディブロー。
「ぐぼっ!」
左フック。
「ばあ!」歯を何本も飛び散らせながら、鳥頭の頭が黒板にめり込む。
アッパー。
「じゅくし!」顎関節が目の横を突き破って飛び出し、頭が黒板を突き抜けてコンクリートの壁にめり込む。
ボディーに二発。バキバキと肋骨が折れる感触。
「ぼばああああああ! なめるなあああああああ!」鳥頭先生は両手で抱きしめるように柿崎に組み付き、肩にかみついた。
「ちっ! 醜い戦いをする奴め!」柿崎は膝蹴りをみぞおちに入れる。
「ごふう!」
「柿崎さん!」ぴりかが叫ぶ。ショットガンを向けていた。「撃ちます! 離れて!」
柿崎は両手の親指を鳥頭先生の目に押し当て、そのままぐいっと押し込んだ。
「うわあああああ!」鳥頭先生は反射的に両手で目を押さえた。柿崎は後ろに跳んだ。
同時に、ぴりかが撃った。12番径スラッグ弾が鳥頭先生の胸に命中した。立て続けに二発目、腹に命中。
「ぐぼっ、がぼっ!」鳥頭先生は大量に吐血しながらふらふらになり、倒れた。
「やったか……?」ぴりかは弾を装填しながら言った。
「かもね……でも油断しないで」柿崎はメリケンサックについた骨の破片を振り払った。
そこに、廊下を慌ただしく走り、僕が駆けつけた。
「おーい! みんな、無事か!? 校長先生が屋上から投げ落とされてしまった! ここも危険だ! みんな、避難した方がいい!」
そういう僕の声を、ぴりかも、柿崎主任も、ひややかな目線で見ていた。
「情報も、駆けつけるのも、遅すぎなんですけど……」ぴりかが言った。
「あなたの言うとおり、ここにいた先生もヤバイ奴だったわよ。でも、もう倒したから」柿崎も鼻で笑った。
「そ、そりゃまた失礼しました……もうちょっと早く気づいてればよかったかな?」僕は笑ってごまかした。
「そんなんじゃ困るわ、稔くん……農協の窓口はあなたなのに、頼りないって思われたら誰もローンなんて組んでくれないわよ」
「ごめんなさい!」
アッハッハッハ……教室に笑いが響き渡った。
「……調子に乗るなよ」
声がした。
「誰だッ!」僕は辺りを見渡した。
「クックックッ……」鳥頭先生がゆっくりと立ち上がった。血まみれでぼろぼろなのに、信じられなかった。
「バカな……全身の骨を折られ、ショットガンを二発も食らって立ち上がれるなんて」柿崎は眉をひそめた。
「クックックッ……自由自在に顔を変え、さまざまな教員をよそおうことで学校を翻弄し、教育という根幹の制度を崩壊させる計画はこれでおしまいか……」
「気長な計画だな!」僕は言った。「だが、僕がとどめを刺し、全てを終わらせる!」
「なるか!」鳥頭先生は変身し、正体を現した。「私は最強農人、チキンヘッド! こうとなったら、お前ら全員卵にしてやる!」
そういってムチを振るった。一人の男子生徒にムチが当たる。
「うわあああああああああ!」男子生徒はみるみるうちに、すべすべの卵になった。
「あ……ああ! 男子生徒が、卵に!」ぴりかがおののく。
「そして……こうだ!」チキンヘッドはその卵を踏み砕いた。卵はぐしゃぐしゃになり、中身がどろどろにとびだしてしまった。
「いかん! みんな、いったん逃げるんだ!」僕は言った。「卵にされたらやばいぞ!」
わーーーーー! と、男子も女子も逃げ散っていった。だが、残った者がいた。柿崎、ぴりか、そして万知だった。
「君も早く逃げなさい!」僕は万知に言う。しかし彼女は首を振った。
「私……ぴりかちゃんとズッ友だょ……!」
「なら仕方ない……! 四人で戦うか!」
(BGM:インペリアルサガ BGM BOSS Battle
https://www.youtube.com/watch?v=6ZCRK2SAE1E)
「おらおらおらおらおらああーーーー!」チキンヘッドはムチを縦横無尽に振り回した。教室は机や椅子がなぎ倒され、めちゃくちゃになる。
「広い場所では不利よ! 廊下に出て!」柿崎が僕らを廊下に押し出す。「接近戦は危険ね。距離を取りながら戦うのよ」
「コケーーーッ! どこにいこうと無駄無駄ア!」チキンヘッドも廊下に出て追ってくる。振り回されるムチが、掲示板に貼ってあるポスターや「げんまい」とかいった書道をびりびりに引き裂き、全部たまごにしていく。廊下はぐちゃぐちゃのずるずるだ。
僕たちは廊下を走って、生徒たちをかき分けた。チキンヘッドはムチを振り回し続け、たまたま廊下にいた生徒たちを卵にしていった。
「くそ! 逃げているうちに関係のない生徒を巻き込んでしまう! どうすればいいんだ!」僕は焦った。
「あわてないで稔くん! あれも奴の作戦よ! 私たちを足止めさせようとしてるの。奴を倒せば、卵にされた子たちは元に戻るはず!」柿崎は言った。
「割れてる子もけっこういますけど!?」
「全身骨折ですむわ! 火が通らない限り死ぬわけじゃない!」
僕らは逃げながら、上への階段を上る。追ってくるチキンヘッドにぴりかがショットガンを一発撃った。頭に命中した。チキンヘッドは階段を転がり落ち、悶えた。
「うああ……いてえ……いてえよおおおおお!」
「効いてる……だけど死なない」ぴりかは動揺していた。「どうすれば……倒せるの?」
柿崎がそっと耳打ちした。「オコメハーヴに早く」
「わかってます」僕は小声で返した。「しかし、学校は人が多すぎます。どこに行っても変身を見られてしまいます」
「なんとかチャンスをみつけて!」
「コケーーーーーーーッ!」立ち上がったチキンヘッドが再び追ってくる。僕らは階段を慌てて昇った。
「くそっ! せめて足止めをしたい! どうにかならないものなのか!」僕は走りながら言った。
「……待って!」万知が言った。「ここ……この教室」
万知が指し示した部屋……それは化学室だった。
「私、化学部の部長なの……。だから、ここは私の庭。ここに籠もれば、しばらく時間は稼げる」
「しかし、君を矢面に立たすわけには……」僕は口ごもった。
「なぜ! 女だからか! 子供だからか! それとも、自分が格好をつけたいからか! どれにしても、滑稽だな! 呆れさせてくれる! 農協は、こんなばかでも入れるのか! 主任、どうなんだ!」
「どうやらそのようね……来年から面接はきびしくするわ」主任は笑った。
「あいや、分かった!」僕は言った。「この状況、君しか頼れないようだ! 頭を下げる! なんとかしてくれ!」
「わかればいい」万知は私の頭をはたいた。そして、化学室の扉を開いた。
中は整理された空間、清潔な机、椅子、流し台……そして、棚には無数の薬品……
「よし、時間ない。皆、私の言うとおり動け。迎え撃つ」万知は言った。
「応!」僕らは言った。
そうとも知らず、チキンヘッドはのこのこと階段をのぼりきり、半開きの化学室の扉の前に立った。
「クックックッ……ここにいるな」そして一歩、中に踏み出した。
足にたこ糸がふれ、切れた。とたんに頭上から白い粉がふりそそいだ。
「ウギャアアアアアアアアアアア! こ、これは、重曹!」チキンヘッドは悶え苦しんだ。「お、お肉が柔らかく煮えちゃう! 柔らかくなっちゃうよお! 洗わなきゃ……! ぬるぬるするけど洗わなきゃ! 水道! 水道オオオオオオ!」
チキンヘッドは流し台に走って行き、蛇口をおもいっきりひねった。水が勢いよく出る。だが、流しの底面は金属ナトリウムが敷き詰められていた。水がかかったナトリウムはおもいっきり発火し、チキンヘッドを丸焼きにした。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!! 焼ける! 燃える! 皮がパリパリになる! おいしくなっちゃう! やけどする! やけどぐすり! やけどぐすり!」
取り乱したチキンヘッドは、机の上にちょうど都合よくワセリンがおいてあるのを見つけた。
「ワセリン! ワセリンぬろう!」チキンヘッドは走りより、ワセリンを指でたっぷりすくって、顔にぬりたくった。
だが、そのワセリンには大量の炭酸カリウムが練り込まれていた。
「あああああああああああああああああ! うあああああああああああああ!」チキンヘッドはめちゃくちゃにムチを振るった。机を破壊し、床をめくり上げ、天井を破壊した! と、机の死角に隠れていたぴりか、床下に隠れていた万知、天井裏に潜んでいた柿崎の姿があらわになった。
「てめーーーーーーーらーーーーーー! ばかにすんのもえーーーーかげんにせーーやーーーー! もうおこった! もうおこったかんね! 全員卵にして! この火傷、たまごパックで直してやる!」
「万知ちゃん、次の手は!?」ぴりかが万知をせかす。
「我、万策尽きたり!」万知はビーカーを地面にたたきつけた。
「くそおおお!」ぴりかはサバイバルナイフを抜いて格闘戦の構えを取った。チキンヘッドは彼女にじりじりと近づき、不敵な笑みを浮かべた。
「そんなナイフで私と渡り合う気か……? さあ、来いよ……来いよ! 卵にしてやる!」チキンヘッドはムチをびんびん鳴らす。
「うう……」
「待てーーーーー!」
理科準備室に隠れていた僕が飛び出し、チキンヘッドの右腕に飛びつき逆十字をかけた。ムチを持ったチキンヘッドの腕の関節が逆方向に曲がる。
「ギャアアアアアアアアアアアアアア!!」
「ここは僕が引き受ける! みんなは廊下に!」
ぴりか「は、はい!」
柿崎「稔くん……信頼するわよ!」
万知「D’ont be afraid!」
三人は化学室を飛び出していった。
僕は抱きしめている腕を力一杯ねじった。
「このまま腕をもぎとってやる!」
「さ……させるかああああああ!」
チキンヘッドは体を回転させ、僕を棚に激突させた。打ち付けられた衝撃で倒れる僕。
「おらああああああああ!」めちゃめちゃに腕を振り回すチキン。ぶらぶらの関節ごとムチが暴れる。
「こいつ、折れた腕を逆に利用して……!」
「しねや!」振り下ろされたムチを間一髪僕はよけた。床にムチがぶちあたり、地面が無数の卵になった。
「うわあ!」僕とチキンは、たくさんの卵となり抜けた床と共に下の階にころげおちた。卵がぐちゃぐちゃに割れてクッションの役目を果たしてくれたので大けがにはならなかったが、全身卵まみれだ。
僕は辺りを見渡した。電動ノコギリ、ミシン、光速カッター、板金……
ここは、家庭科工具実習室だ!
「クックックッ……!」
「!?」
僕の顔に卵が投げつけられた。「うっ!」思わず目を瞑る。
「今さら気づいても遅い! お前はここでお洋服になるのだ!」ムチの風を切る音が聞こえる。
僕は見えないながらに転がって躱し、あわてて顔をふいた。
生身の状態で勝てる相手ではない…!
僕は手を高く掲げ、農の心に集中した。
「脱☆穀!!」
(BGM:Live-A-Live (SFC) - Megalomania [Boss Battle]
https://www.youtube.com/watch?v=dwtASYeer8Y)
胸の送風機から、大量の風が吹き出した。
それは体にまといついた卵液をふきとばし、空中に黄金の風を巻き起こした。
「お、お前が……まさか!」チキンヘッドはおののき震えた。
「天知る! 地知る! 農林水産省にも聞き及ぶ!!」拳が風を切った。「俺は農産物は卵一つとはいえ無駄にする奴の敵、オコメハーヴ!」
「ぬうう! ここで出会ったのが百年目よ!」チキンヘッドは自分の精神の意思だけで左腕の肘も折り、ぶらぶらの両手に二刀流でムチを持った。「お前を討てば俺は出世だ!」
「卵を割って喜んでいる奴に、この俺の心は、決して割れん!!」
オコメハーヴは跳んだ。「オコメドロップキック!」
「うばあ!」チキンは吹っ飛び、稼働中だった光速カッターに背中を切り刻まれた。「ぎえええええ!」
「オコメ・ラリアット!」オコメハーヴの腕におしつけられ、稼働中の糸ノコにチキンの顔が刻まれる。
「うあああああああああ! 痛い! 痛い!」
「いまさら弱音を吐いても許さん!」オコメハーヴは拳をためた。
「ま、待てい! これを見ろ!」
チキンはとっさに一つの卵をかかげた。
「これ以上俺を攻撃するなら、この卵を割る! この卵は、俺の作った卵ではない! この学校の生き物係が育てている、にわとりが産んだたまごだ!」
「なにい!」
「つまり、かけがえのない卵よ! 俺を倒しても元に戻るとか、そういう性質ではない……しかも受精卵だ! これを壊したら、一つの命が失われることになるぞ!」
「ゆ”る”ざん”!」
「さらばだ……今回は引き分けとしようぞ!」チキンは卵を持ったまま教室を飛び出た。
「逃がさん! ハーヴェスター!!」
オコメハーヴが叫ぶと、どこからか巨大な農業機械がうなりを上げてやってきて、壁を突き破り、彼の前に止まった。
オコメハーヴはそれに乗ると、すばやいクラッチで最高速に立ち上げ、チキンを追った。チキンは爆音のエンジンのうねりに気づき、走りながら振り返った。
「な……なんだありゃあ!」
「バーダック!」オコメハーヴは腰のしめ縄から聖剣を引き抜き、卵を持っているチキンの腕を斬り飛ばした。卵ごと、腕はオコメハーヴのもとに飛んだ。彼は卵を抱き、腕を捨てた。
片腕を失ったチキンはバランスを崩して転んだ。その目の前にオコメハーヴは飛び降りた。
「死ね!」バーダックを突き刺す。貫通された聖剣から高温の火花が吹き出て、チキンの体にまとわりついた卵にみるみる火が通っていった。
「お”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!」
「親子丼になれッ……!」
バーダックを引き抜き、振り返って血振りをした。チキンは大爆発し、四散した。
……そんなこんなで学校は一時大混乱となったが、柿崎の迅速な事後処理によって、翌日からなんとか普通に授業を再開できるはこびとなった。
「よかったですね、農人をやっつけたらみんな卵から戻って、大した被害はなかったし」僕は言った。「殻が割れた子は全身骨折でしたけど……でも命に別状がないから、よかったですね」
「でも、こういう事件がいつまた学校で起こるか分からない……」柿崎は言った。「何も知らない子供たちが巻き込まれることは、なんとしても防がなければならないわ」
「そうですよね……ぼくらが危険察知によりいっそう気を配らないと」
校庭でショットガンの射撃の練習をしているぴりかを見ながら、僕はそう決意を新たにした。もう、女子高生がショットガンを手にする必要のない世界を作りたい、刀を昼間から振り回したりしない世の中でありたい。そう、思っていた。
「ぴりか〜! そもそも学校でショットガン撃っちゃだめだぜ〜! 猟区外じゃ〜ん!」僕はぴりかにかけよった。
「わっ、稔さん射角に入らないでよ! あぶねーよー!」
アッハッハッハ……学校に、つかのまの笑いが上がっていた。
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