第8話 変態教師の謎!!

 村の復興は着実に進んでいた。田畑はとりあえずの回復をみて、植え付けが終わり、住居もバラックが立ちなび村人全員が雨風をしのげるようになっていた。これから長期的には、登記の再整理、道路の敷設や電線、水道の回復などが必要となってくるだろう。そこまでの規模となると、村だけでは無理だ。市や県と連携していく必要がでてくる。

 今は、全国どの村も大変なのだ。どこも苦しく、予算はどれだけ回ってくるかわからない。

 「それだけに、少しでも上を説得できるしっかりした復興計画書をいまから作っておかないと……」と、僕は使命感を覚えてひとりごちた。

 側では、村一番の男こと、村井地挽が薪を割っていた。土管ほどの太さの楢をまさかりの一振りで8等分に砕き割っていた。器用な奴だ。

 「稔のアニキ、燃料の問題も重要だぜ。こんな薪じゃ暖は取れてもエンジンが回せねえよ。今の農業は機械化されているんだ。借り入れ時にはコンバインを使いたい、この耕地面積を人力で刈り取るには人口が少なすぎるな」地挽は言った。

 「そもそも、人数分の鎌がないんだよね……機械ナシに収穫はむりだよ」ぴりかは小太刀を素振りしてトレーニングしながら言った。

 「そうだな……燃料は夏が終わるまでに、なんとかしたいな」僕はうなずいた。

 「……ん? なんか来るぜ?」

 その言葉に、とっさに身構えた。最近、呼ばれざる客が多かったからだ。エンジン音を鳴らせながら、未舗装路をつちけむり巻き上げ、車がやってきた。

 だが、それはただの軽トラだった。車体に農協のロゴが入っていたーーうちの事業所のものだった。

 「僕の所の車だよ」そう言って、走り寄った。

 軽トラは止まり、開いたドアからたくましい女性が降り立ったーー固めた短い髪、引き締まった上腕筋、ワイシャツのボタンが切れそうなほどでかい胸ーー柿崎主任だった。

 「主任! お疲れ様です!」僕は礼をした。

 柿崎は村を一望し、それから僕を見た。「あなたの方こそ、すごく頑張ってるようね」

 地挽とぴりかがこちらに走ってきた。

 「アニキ! この……ナイスバディのお姉様はいったい!?」地挽はあわててTシャツの皺をのばして服をととのえた。

 「あ、彼女は農協の主任の柿崎さんだ。僕の上司だよ」僕はそう紹介する。

 「お、オレ、村井地挽ってんだ! この村のことはオレに聞いてくれ! よろしくな!」

 「よろしくね……みんな」柿崎は二人に妖艶に微笑んだ。

 地挽はだらしなく笑い返した。

 ……彼も、柿崎がコンバインを叩き割り、市長を肥だめに溺れさせたという噂を知れば、前に立ったままそんなに弛緩もしていられなくなるだろうが、今は黙っていた。

 「それで……今日はなんの用で来たんですか?」ぴりかは聞いた。

 「あら? かわいい部下の様子を見に来た、ってだけじゃいけないみたいな聞き方ね」柿崎は笑った。

 「べつに……そんな意味じゃ」

 「柿崎さん、いじめないであげてください!」僕は二人の間に入った。「それに、ほんとに様子見に来ただけじゃないはずでしょ? あなたは忙しい方なんですし」

 「かわいい部下、ってあたりはほんとのことよ……」柿崎は僕の肩越しにぴりかを見た。ぴりかは無視しようとした。どうしてこんなことで私をいじるのか、よくわからなかった。

 「そうそう……用事だったわね」柿崎は咳をひとつして、僕に向き直った。「ながらく休校だった公立学校の一部が開校するわ。おこめ小学校、おこめ中学校、おこめ高校、秋田国立おこめ学院大学、以上よ」

 「あっ、わたしの高校!」ぴりかが言った。

 「ほんとか、よかったじゃないかぴりかちゃん!」ぼくは彼女の背中を叩いた。彼女のまだ折れていた肋骨にひびき、口から血が吹き出た。「明日から学校行きなよ!」

 「で、でも……まだ村も大変なのに、私だけ学校行っていいのかな……」

 「なあに、心配すんな!」地挽が言った。「俺が戻ったからには百人力よ! お前一人いてもいなくてもかわらねえや! 子供は学校行け!」

 「そのとおりだよ、ぴりか。人には、今しかできないことがある。今のきみは、今するべきことをするんだ。学べ。堂々とな」

 「……わかりました。みんな……ありがとうございます!」

 みんな、ぴりかの方や背中をばんばん叩いた。ぴりかはその度に吐血した。

 「それとね……稔くん、あなたにも仕事をひとつ頼みたいのよ」柿崎が言う。

 「あ、はい。どのような?」

 「おこめ高校に赴いて、進学希望者の数と、農協進学補助金の利用を考えている生徒がどれほどいるのかをアンケートに採り、また臨時相談窓口になってほしいの。こういう状況だから、まず進学意識を再調査する必要があるかと思ってね」

 「なるほど、かしこまりました。じゃあ、ぴりかちゃん、初日はいっしょに登校しようか」

 「えー! やだよ、変な噂されたら困るし」

 「軽トラで一緒に乗せてってあげるわよ。稔くんは荷台で大丈夫よね?」柿崎はいった。

 「いいんですか? 恐縮です」ぴりかは言った。

 「道交法違反じゃないですか?」僕は言った。だが、誰も聞いてなかった。



 

農林水産省ーー


 「この愚か者め!!」病田のバールがムギミソの頭に叩きつけられた。

 「うぎゃああああああああ!!」ムギミソは血を撒き散らしながら地面に臥した。

 「一度ならず二度までも戦死者をだしおって! 局長に対する私のメンツは丸つぶれだ! 貴様ら、いったいどういつもりだ! 何が最強農人だ!」

 「病田審議官! これはやはり、敵に侮りがたき者が出現したと判断せざるをえません!」ホルスタインが姿勢を正し、進言する。

 「ギョギョーッ……」

 「サカナクンサンも申しております、『彼を知り、己を知れば百戦殆うからず。まずは二人を戦死に至らしめた相手方をよく分析することこそ、勝利への最短の道!』と」ホルスタインは翻訳した。

 「さーて、どうなんだ、報告はあるのか、おい!」カフンマスクは怒鳴った。

 「は! 報告いたします!」ノンキャリア官僚が報告する。「農人二人とも、戦闘の中盤までは戦いを有利に進めておりました! しかし、突如姿を現した『オコメハーヴ』なるものにより、あっというまに倒された様子です!」

 「オコメハーヴ、か……」病田はバールを握りしめた。「そやつの排除が最優先項目となるな」

 「でしたら審議官、その役目、私におおせつかりを!」ホルスタインが進み出た。「こういうこともあろうかと、特殊作戦においては最強の農人をわが部署が全知全能を注いで開発しておりました! この機にぜひ出撃させてください!」

 「よかろう」病田は言った。「オコメハーヴを排除するか、せめて攻略方法を見いだすのだ。犬死にはゆるさん!」

 「はっ!」




 僕らを乗せた軽トラは学校に到着した。

 「じゃ、私は仕事があるからこれでね。帰りは歩いてね」柿崎は僕らを降ろすと行ってしまった。

 「ありがとうございました」ぴりかは去りゆくトラックに礼をした。

 「高校か……ぴりかちゃん、どれくらいぶり?」僕は、初めて見る制服姿のぴりかに新鮮さを覚えながら聞いてみた。

 「一ヶ月ぶりくらいかな……。なんか、長い春休みだったみたいな感じがする……。稔さん、高校はどこだったんですか?」

 「僕もここだよ。このへんで公立の高校だとここしかないしね」

 「……じゃあ、先輩、ですね」ぴりかは言った。「へんな感じ」

 「おーーーい! 門を閉めるぞーーー!!」

 校門にいる、おそらく生活指導の先生が怒鳴っていた。

 「遅刻したくない奴は急げーーー! 10! 9! 8! ……」

 「やばい! ぴりかちゃん、急ごう!」

 「は、はい! あんな先生いたっけな……」

 僕とぴりかは走って校門を通り抜けた。他の生徒たちも次々に走り抜けていく。

 「2……1……ゼロオオオォォォーーーーー!!!」

 先生は鉄の扉を思い切りスライドし、勢いよく締めた。ぎりぎりで滑り込もうとした女子生徒がひとり挟まれ、胴体をぐちゃぐちゃにひしゃげられた。

 「げえっ! 生徒が!」僕は叫んだ。

 「ひいーーー!」ぴりかも悲鳴をあげた。

 「見るな!」僕は彼女を抱きしめ、目を胸に押し当てた。

 「クックックッ……遅刻者はこうなる運命なのだ!」先生は門を開け閉めし、動けなくなっている女子生徒に何度もガンガン攻撃を繰り返した。

 「やめろおおおおおおおおおおおっ!」僕は走り、先生の顔に跳び蹴りを入れた。

 「ぶぼっ!」先生はよろめいた。

 「いかに先生とはいえ、生徒をこんな目に遭わせる奴はゆるせん!」

 先生は折れた鼻から流れる鼻血を拭い、歯を二、三本ぺっと吐きだした。

 「痛いじゃあないですかあ……あんた農協の人? ほっといてくださいよ、学校には学校の正義があるんですよ……ビックリしたんですか? いや、失礼しましたねえ……僕も新任だからね、つい気合い入っちゃってねえ……そんなにじろじろみてないでくださいよ……ほら、あんた、校長がまってるんじゃないんですか? 行きなよ……この女子生徒、俺が保健室つれてくからさ……おっと、もう時間時間……校門はちゃんと閉めなきゃね、仕事だからね……」

 なんだこいつ……! ほんとにこんなやつが先生なのか……? おかしいだろ、なんだか……!

 ボコボコにされた女子生徒をかついで保健室に去って行くそいつを目で追ってから、ぼくは蹲ってるぴりかの方に手をかけた。

 「教室まで送ろうか?」

 「大丈夫……ちょっと休んでるだけだから」

 「…………」

 僕はスマホを取り出し、柿崎主任に電話をした。

 「もしもし。どうしたの?」

 「今学校なんですけど、様子が変なんです。農林水産省の仕業かもしれない。万一のことがあるかもしれないから、ぴりかちゃんに自衛の武器をもたせてやりたい。彼女の私物のショットガンとナイフと小太刀を村からとってきて、とどけてくれませんか?」

 「今度ストロベリーパフェをおごれよ。それとレミーマルタンをボトルでね」

 「高くつきましたね。だけど命に比べれば」


 僕は校長室に向かい、アンケートと臨時相談室の段取りの相談に入った。ぴりかは教室に向かい、通常の授業の再開にあたった。

 ぴりかは久しぶりの教室に、安堵感と一抹の不安をおぼえていた。先ほどの痛ましい事件もあってか、日常と非日常、通常と事件性がいりまじった、妙な気分だった。

 隣に、親友の秋蛸万知あきたこまちが座った。

 「ねえ、今朝のあれ見た? やばかったやつ……」万知は席に着くなり話しかけてきた。

 「う、うん……見ちゃったよ。あの校門の……」ぴりかは渋い顔をしていった。

 「校門? 何の話? 校長が屋上から投げ落とされた話じゃないの!?」万知はきょとんとして言った。

 「ええ!? 校長が!? 校門で女子生徒が校門に何度も激突して全身打撲の話じゃないの!?」

 「いやいや、校長が投げ落とされて全身打撲!」

 なんてことだ、校長までもが……

 ということは、稔さんが危ない!

 そのときだった、鐘が鳴り、教師が入ってきた。……知らない顔だった。冷たい表情の女で、髪はショッキングピンク、服はロリータ、およそ教師にみえなかったが、出席簿とムチを持っていることから辛うじて教師と分かった。

 そいつは教壇に立つと男のような声で言った。

 「新任の鳥頭だ! 逆らう奴は殺す! 1時間目は体育だ! 全員ブルマに着替えろ!」

 「お……男もですか?」男子生徒がおずおずと挙手した。

 ムチの一閃ーー男子生徒の頭蓋骨が吹き飛ぶ。

 「質問していいと誰が言ったァ! ブルマに着替えるんだァァァ!」

 「せ、先生、すいません……」女子生徒の一人が手を上げる。「あの、今はブルマじゃなくてハーパンなんで……みんなブルマはもってないんですけど」

 ムチの一閃! 女子生徒の頭蓋骨が吹き飛ぶ!

 「ゴタゴタ抜かすなやァァァァ! 持ってない奴は下は履くな! パン一じゃあ!」

 なんだこいつ……おかしい! ぴりかと万知は目を見合わせた。

 その間にもムチは飛び、犠牲者が出る。「もたもたすんなああああああ!」

 命の危険を感じた彼女らは、いやいや体操着に着替えた。上はジャージ、下はパンツ一丁という体である。

 「ふはははははは! いいぞ! 滑稽だぞおまえら! では体育を始めようかな……保健体育をな!」

 

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