第7話 村一番の男!
農道を歩き、山道に入った。次第に肥だめみたいな腐臭がきつくなってきた。
「こんなこと、今までもあったのかい?」僕は一緒に歩いているぴりかに聞いた。
「初めてです……そもそも山に堆肥を撒くなんて聞いたこともないし」ぴりかも困惑気味だった。
いったい、この山で何が起こっているんだ……? その原因を根絶しなければ、村はふたたびクソまみれになってしまうのが見えている! 早く原因を探らねば……!
「稔さん、見て!」ぴりかが僕を呼んだ。「ここ、岩肌からのわき水だけど……すでにうんこくさい!」
「なんだって!」僕は叫んだ。「ということは……超自然的な力で糞便を山にしみ通らせている奴がいるってことだ!」
「でも、そんな奴どうやって探せば……」
「待てッ!」
僕はぴりかを静止させた。かすかな音……草のざわめき……足音だ。しかも激しい、こちらに向かっている!
ぴりかがショットガンを構えた。
「まだ撃つな」僕は言った。迫る……迫ってくる……大きい、かなり、明らかに人じゃない、動物の足音だ!
「ぴりか、姿が見えても早まるなよ! 敵か味方か判断してから撃つんだ!」
「は、はい!」
枝を折る音、まくれる草、いななく声とともに姿を現した、巨大な影だった。
「おらあああああああああああああ!!」
クソまみれのイノシシに乗った、巨漢だ!
「撃つなぴりか! よくわかんねえやつだ!」
「あ、あれは……『村一番』の!」
「おらああああああああああああああああ!! よっしゃああああああああああああああ!!」
村一番の男らしき男はイノシシの首を掴むと右に角度を変え、猪突猛進を無理矢理急回転させ、どうどう、といって止めさせた。鼻息を一つ豪快にし、イノシシから降り立ったその男の前に、僕は呆然としていた。
「まだクソにまみれてないって事は、いま山に入ってきたのか」男は言った。
「そ……そうなんです、お久しぶりです……」ぴりかは銃口を下げ、言った。「あ、あの、紹介します! この方は農協の美濃田稔さんといって、うちの村につきっきりで見てくれてるひとです! それで、あの、稔さん……この人が『村一番の男』こと、村井地挽さんです」
「やめてくれろや、初対面さんにそんな紹介はよ!」地挽はぴりかの背中を思い切り叩いた。肋骨にひびが入り、ぴりかは血を吐いた。「で、稔のアニキ! 山には何しに来た! 農協のおえらいさんには今のクソまみれのこの山はにあわねーぜ」
「い……いや、クソまみれだからこそなんとかしなきゃなんだ」僕は圧倒されないように声を張った。「聞いたところ、長い間山にいたようだけれど、なにかこの異変、気づいたことはないか? なんでもいいけど、情報がほしい」
「そうだなァ……俺は、この数週間、ずっとこのイノシシを追ってたんだ」地挽はクソまみれのイノシシを差した。巨大なイノシシだ。200kgはある、おっことぬしさまレベルだ。
「しとめて村の食料にしようと思ってたんだが、激闘を繰り広げるうちに友情が芽生えちまった。いつしか命のやりとりはプライドの掛け合いになったわけよ。それでだ、ついさっきのこと。突如現れた桶に、こいつが突っ込んだんだ。クソが溢れてね、びっくりしたのなんの。こりゃやべえ、まずは逃げなきゃ、ってんで、そっからは運命共同体よ」
「そいつが原因だ!」僕は言った。「地挽さん、そいつのせいで今村はひどいことになっている! そいつを完全に抹殺しなければ村は滅ぶ! なぜなら、そいつは農林水産省の刺客だからだ!」
「なに! 農林水産省の!」地挽は眉をひそめ、顔を背けた。
そして、苦々しげに言った。「農林水産省の仕業とありゃあ、俺も黙っちゃいられねえ。稔のアニキ、俺も手を貸すぜ。使ってくれや」
「……地挽さん、農林水産省になにか因縁が?」
「…………過去の話だ、ほじくり返すなや! それと『地挽さん』はやめてくれろ! ガラじゃねーや! 呼び捨てでかまわねーよ! 地挽でよろしくな!」
「……わかったよ、地挽! たのむ!」
「奴がいたのはこっちだ! 死ぬ気でついてこいや!」地挽はイノシシにまたがって走り出した。
「おう!」僕も全力で藪をかき分け進んだ。
「ま、待ってー! 私、武器が重いんだけどー!」ぴりかも慌てて後を追った。
ーー山頂付近。
辺りにクソの量は増え、そこら中が汚らしくなっていた。
「近いな。だが少し移動しているかもしれん」地挽はイノシシから降りた。
「追跡はできそうかな?」僕は言った。
「微妙だ……奇襲に気をつけてくれや」
「ハァ……ハァ……」ぴりかが息を切らしながら追いついてきた。「イノシシはずるいとして、稔さん体力ありすぎ……私のことも考えてよ……」
「あ……ごめんよ。金融って体育会系だから……僕、大学時代は卓球やってて」
「違うぜアニキ! 気遣えなくてゴメンね、のどかわいてない? ちょっとすわって休む? そう言ってやるんだ!」
「そ、そうか……気が利かなくてごめんよ……」
「いやいいです……べつに」ぴりかはそう言って背中を向けながら木にもたれた。
くそっ……僕に完全な人間の心さえあれば……彼女の求める優しい言葉をかけてあげられたのかもしれなかったのに! そうだよ……今、僕が体育会系だったとか、卓球部だったとか、どうでもいいだろ。俺の心……どうなってしまったんだ?
そうこう悩んでいるうちに、地挽は地面に散らばっているクソを指で掬い、臭いをかいでいた。
「まだ新鮮だ。近いぞ!」
「……のどかわいたなあ」ぴりかがぼやきながら、あたりを見渡した。
「あっ! あそこ、まだ綺麗な清水がわいてる!」
ぴりかが指さした先には、ちょっとした岩坂の上から綺麗な水がぴゅーっと飛び出していた。
「わーい! あれ飲もーっと」ぴりかは大喜びで岩肌をよじのぼっていった。
「…………あの清水、どうもくせーな」地挽は眉をひそめた。
「何!? 汚染されているのか!?」僕は聞いた。
「いや、今のところ綺麗だ。だが、綺麗すぎる! この周辺がこれだけ汚染されてるのに不自然だ……。それに、崖の肌から吹き出す清水など見たことがない! 俺はこの山には詳しいんだ、おかしいぜこれは!」
「しまった罠だ! ぴりか、飲むなーーー!」
だがおそかった! ぴりかはすでに口をつけていた。
「わーい」ぴりかが大きく開けた口に清水がとびこむ。
その次の瞬間、汚水が濁流となって噴き出した!
「ごばーーーーーーーー!!」ぴりかは崖から転がり落ちた。
「ぴりかーーーーーーーーー!!」僕はぴりかをキャッチした。
「アーーーーーーッスッスッスッスッスッスッス!」崖の上から声! 見上げる! 農人! 樽の姿をした糞!
「私は最強農人コエメーダー! 私の手にかかれば、貴様ら農民など、一ひねりに人糞まみれにしてくれようぞ!」
「くっ……!」僕は抱きかかえているぴりかを見た。クソで溺れていた。気を失って、ぐったりしている。
「飲んだ糞を吐く気力もない……このままでは病気になってしまう!」
「そのとおりーーーーーアーーーーーーッスッスッスッスッス! 病気になりたくなければみんなこの村を出るのだ!」
「アニキ……! やばいぜ、もうぴりかちゃんは間に合わねえ! 病気になっちまう!」地挽もぴりかを見て動転しているようだった。一刻も早く村を出て、医者に診せて欲しい……そう目が言っていた。
だが、僕は彼の目を見つめ返した。
(BGM: Scott Pilgrim Vs. The World The Game OST -9 Rock Club
https://www.youtube.com/watch?v=5kOU7Pxi8-M)
「覚悟とは!」僕は言った。「覚悟とは! 心の判断を頭ではなく! 気合いで選ぶ運命に生きることだッッ!!」
僕はぴりかの唇にくちをつけた。
そして、思いっきり吸った。彼女の飲んだ、糞を吸って、口の中にため、吐きだした。
「あ、アニキ!」
「彼女の飲んだクソは、俺が吸い出す!」僕は言った。
「アニキ……!」地挽はその心意気に、今、自分は二番になったと思った。そしてそれを嬉しく感じたのだった。
「こ、小癪なァーーーーーーーヌス! そんなこと俺が許すと思うか!」コエメーダーは崖から飛び降りて躍りかかった。
「おおーーーーーーーーっと!!」地挽がまさかりを抜いて、中空で斬り結んだ。
「ナニィ!?」
「アニキ、時間稼ぎは俺にまかせといてくれよ! ぴりかの飲んだクソ、じっくり取り除いてくれ!」
「地挽……ありがとう!」僕は目で礼を言いながら、人工ポンプを続けた。
着地したコエメーダーと地挽はにらみ合った。
「来いよ……相手してやるよ」地挽はまさかりをくるくると回した。恵まれた筋肉が威圧する。
「オノレェ……」コエメーダーは睨んだ。「クソだけが、俺の武器だと思うなよ!」
辺りから、ものすごい早さで植物が生長し、ツルが地挽を襲った。
「ナニィ!」地挽はまさかりで回転切りを放ち、ツルを切り刻んだ。だが、辺りからは多種多様な植物が生えまくり、多種多様な攻撃が仕掛けられた。椰子の実がはえ、ココナツがふりそそいだ! 食虫植物がかみついてきた! ラフレシアがくさかった! こけですべった!
「こ、これは……!」しだいに傷が増えていく地挽は相手の底力を知り始めていた。
「バカな農民にも分かったようだな……俺が今まで撒いていた堆肥は臭いの嫌がらせだけではなかったのだ! これは、戦闘になる場合を想定した布石! 俺のおこのみの種を撒いておいて、即時に発芽、生長させ、そして臨戦態勢に移させるための栄養源でもあるのよ! この合理的戦略こそ、この俺の最強たるゆえんのこと!」
「チッ、どこまでも陰湿な手を使いやがるぜ……だがな! アニキがクソを吸いきるまで、この場は譲らねえ! それが男ってもんだろ!」
「ならば、しねい!」周りにカエンタケが生えまくり、みるみる地挽に迫った。いかん、これほんとに死ぬ奴だ! そう思ったが、もう体が動かなかった。
すまねえ、アニキ……おれ、ここまでだ……
「諦めるな、地挽!」
僕がカエンタケの中に飛び込んで、蹴って散らしていった。
「アニキ!」
「ぴりかの中にあったクソは全部吸って吐き出した! あいつはもう大丈夫だ! それと落ち着け地挽! カエンタケは直接肌に触れなければそれほど怖れることはないぞ!」
「さ……さすが農協! 頼りになるぜ!」
「く……くそお~」コエメーダーはキレた。「こざかしい奴は、物理で退場だ!」
コエメーダーは私を突き飛ばし、断崖から落とした。
「わあああああああああああああああああ!!」
「アーーーーーーーッスッスッスッスッスッス!!」
「アニキーーーー!」地挽は叫んだ。「おい農人、それはないだろう! なんでゴリ押しなんだよ! そういうのおかしいだろ!」
「うるさいうるさいうるさーーーーい! お前らだって二対一とか卑怯じゃないか! 勝ち目がなさそうだったら、何をやってもいいんだ! これは真剣勝負なんだ! 死ぬ奴が悪いんだ!」
そのころ、僕は落下しながら思っていた……
「これは生身の人間だったら間違いなく死ぬ……二人も心配だ…………」
やるしかない!
「脱☆穀!!」
(BGM:仮面ライダーBLACK RX(インストゥルメンタル)
https://www.youtube.com/watch?v=Pff14coVg60)
胸の送風機から無数の籾殻が吹き出し、その勢いで落下スピードが相殺され、体が浮き上がった。
「このまま上まで行くぞ!」オコメハーヴは上昇していった。
コエメーダー「クックックッ……一面にたんぽぽを生やしてやったぞ」
地挽「卑怯なッ……! おれは……可憐な花など踏めん!!」
コエメーダー「とどめを刺してやろう」
地挽「クソーーーーーーーーーーッ!!」
「まてーーーーーーーーーーい!!」
「!?」「!?」
崖から、胸の送風機で中空に浮かび上がった影が、二人に見えた。
「だ、誰だあなたは!?」地挽は聞いた。
「俺は農業と農村の守り主! オコメハーヴ!」
強い風が吹いた。足下のタンポポが、一斉に綿毛を飛ばした。
幻想的な雪景色の中で、地挽は、こいつこそ0番の男だと直観した。
「きっ……きさまが先の農人、ニクコップンをやった奴か!?」コエメーダーはたじろいだ。
「コエメーダーよ、本省に帰って告げるがいい。これ以上なにをもくろもうと農村に邪悪な意思は通用しないと。お互いの平和のために争いはやめよう、と……」オコメハーヴは厳かに、かつ静かな警告を孕む口調で言った。
コエメーダーは一歩下がった。
「わ、わかった……その言葉、その通り伝えよう。負けを認める」
地挽の口から安堵のため息が漏れる。コエメーダーは背中を見せた。
「この攻撃さえ躱せたらなああああああああああああ!!」
コエメーダーは両手で桶を割り、生尻を露出させた。
「必殺! ゲリビーーーーーーーーーーム!!」
コエメーダーのアヌスからビーム状のゲリがオコメハーヴに向かって放出された。
オコメハーヴはとっさに腰縄に手をやった。「バーダック!!」
引き抜かれた聖剣が突き出され、ゲリビームと激突した。激しい火花が散り、ゲリビームが炎を上げ始めた。
「ま……まさか、引火してる……!?」
コエメーダーが気づいた頃には遅かった。炎は一瞬でゲリビームを遡り、コエメーダーに到達した。
「おばああああああああああああああ!!」
コエメーダーは爆裂試算した。すでにオコメハーヴは血振りし、ふりかえっていた。
「し……師匠! そう呼ばせてくれ!」
地挽はオコメハーヴの足下に跪いた。
「あんたこそ俺の理想の男だ! 強く、たくましく、己の道に生きている! 俺は……あなたのようになりてえとは言わねえ! だが、生き様を学ばせてくれ!」
オコメハーヴは、黙って彼の顔を見ていた。
「ダメか……? おれじゃ、まだ、あんたの弟子にも値しないのかよ……」
「……私には、人に何か教える資格などない」オコメハーヴは言った。
「…………」
「私は、人に与えられた仕事に殉じるしかない、奴隷だ……。『男』を目指すなら、私など見ない方がいい」
「だが、俺は……!」
「サラダバー!」
オコメハーヴは飛び立ち、みるまに遠くにいってしまった。
地挽は彼の飛び去った空をずっと見ていた。
「なんと謙虚な男よ……憧れることくらいは許してくださるだろうな!」
「……え? じゃあ、気絶してた私を、稔さんが助けてくれたの?」
村に帰り、布団の上でぶじ意識が戻ったぴりかは言った。
「そうそう。ほんとに一生懸命やってたもんだ、かんしゃしなよ!」地挽も笑った。酒が入っていた。
「そ、そうなんだ……ありがとうございます」ぴりかははずかしげに目を伏せた。
「崖から転落したお前をキャッチしてくれたんじゃけんのお! おひめさまだっこで!」地挽は言った。
「お……おひめさまだっこ」ぴりかはうつむいた。
「そうよ、ほんとに身を挺してくれたんじゃけんのお!」地挽は言い続ける。酒が入っていた。僕は、恥ずかしいやら、なんだか居心地わるいやらでむずむずしていた。
「そ、そりゃあぴりかちゃんが死ぬかもしれないって思ったから……さすがの僕だって体を張るよ」僕は曖昧なことを言った。
「……稔さんも、頼れるとこ、あったんだね」ぴりかはうつむきながら、かすかに笑みを浮かべた。
僕も、笑って見せた。今日、この場で、二人が平和でいれてよかった。そういう笑みだった。暖かい慈しみがそこにあった。この子を、ずっと守っていきたい。そういう思いが、人の心を失いかけた、僕の中に、確かに芽生えたいた。僕は、それを大切に生きていきたい。そう思っていた。
「しかしなあ!」地挽は言った。「ぴりかちゃんの飲み込んだクソを口移しで吸い込んだのは、男だったなあ!!」
僕は持っていた盃を取り落とした。地挽は酒が入っていた。僕はそっとぴりかを見た。能面のような顔をしている。
「どういう……ことですか」ぴりかは言った。
「おうよ! お前、不意打ちでクソを飲み込んで、このままじゃ病気になるからってんで、アニキが全部吸ってくれたのよ!」
「……じゃあ…………私のファーストキスは……」
「いいんだぴりかちゃん! そんなの気にしないで!」僕はかぶりを振った。
「気にするよーーーー!! 私のファーストキス、気絶してる間に奪われて、しかもクソの口移ししてたの!? 最悪だよ! どんな人生だよーーーーーーーーーー!! うわあああああああーーーーーーーーー!!」
ぴりかは僕にモンゴリアンチョップを叩き込み、部屋を飛び出していった。村一番の男……そう呼ばれる理由、分かる気もした夜だった。
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