3 護衛依頼

 小綺麗に整理された小さな家。そこのリビングに可愛らしい動物クッキーとおしゃれなティーセットを前に二人の人が向かい合って座っていた。

 一人は、この家の主であるクレロットであり、もう一人はこの体が不自由なお年寄りをお手伝いするために来た、ヒストである。


「これ、とても美味しいでしょ。息子達も大好きでね。おやつの時間になると皆で取り合いをしていたものよ」

「はい。本当にそうですよね」


 ヒストは、彼がクレロットのレシピどおりに作った、動物クッキー(ウサギさん)を手に持ち、それを頬張りながら、彼女の話に同意した。

 ヒストは、クレロットの何回目かの昔話をにこやかに聞きながらちらりと、隅の方に掛けられた柱時計を確認する。時計の針はいつのまにやら十二時五十分を指し示していた。

 次の代筆事務の仕事は十四時までに事務室へ行かなければ行けない。

 この家から比較的郵便屋は近いので、ヒストの足で歩いて、二十分もあればつくはずである。

 今から行けば余裕で間に合うが、クレロットのお話しは終わりが未だに見えてこない……。

 しかし、時間は平等に残酷に進んでいき、次の仕事開始時刻は、どんどん迫ってきている。

「あ、それからね、ヒストちゃん」

「あ、はい。何ですか?」

 ヒストは、動物クッキー(リスさん)を片手に首をかしげた。

 もう、ヒストが、何度クレロットから聞いたか分からない。そんな彼女の昔話が始まろうとしていた。


『コーン。コーン』

 二人の会話を止めるかのように、柱時計の鐘がお腹に響く音で十三時を示した。


「あの。……クレロットさん」

「あら、なあに。ヒストちゃん」

「今日は、もう次のお仕事が迫ってきているから帰ろうと思います」

「あら、もうそんなに? でも、もう少しだけお話ししましょうよ」

「えーと、でも……」

「ねぇ、お願い。もう少しだけ、お話ししましょ。お小遣いもあげるから、ね」


 クレロットは優しく諭すようなヒストに誘惑の言葉をかけた。それに対して、ヒストは、柔らかく微笑み、席を立った。

 そして、ゆったりとした足取りでクレロットの側に寄ると、彼女の隣に膝をつき、彼女の瞳を見つめた。


「でも、クレロットさん。約束、した気がしませんか?」

「え? 約束?」

「うん。約束。今日のお話しは一時までねって」


 ヒストは、しゃがみこみ車イスに座るクレロットに優しく、それは優しく、そう言った。


「えーと……。あら、そうだったかしら?」

「ええ、そうですよ。ほら、よく思い出してみてください。そんな気がするでしょ?」


 ヒストは、優しくはっきりと、クレロットに伝える。


「言われてみれば、そんな気もするわ……」

「約束を破るなんて、そんなの良くない事だと僕は思うんだ。クレロットさんも、そんな気がするでしょ?」

「えぇ。そうね……」


何か、スッキリとしなさそうな顔をしながら、クレロットも、肯定の意思を示す。


「うん、そうです。それに、あんまり長く、お話をしていると、むしろ体に毒。そんな気がするでしょ」

「まぁ、言われてみれば、確かにそうね……」


 クレロットは、少し、しょんぼりとした表情を見せた。

 ヒストは、困ったように眉を寄せると、クレロットの手を優しく包みこんだ。


「でも、本当はね。僕も、もっとクレロットさんとお話ししたい……。でもクレロットさんにはずっと元気でいて欲しいんだ……」

「まぁ、ヒストちゃん……」

「だから、僕、また明日のお昼に来る。お土産物も持ってくる。だから、明日、また一杯お話ししてくれる?」

「ええ。勿論。また、明日。楽しみに待っているわ」

「うん。じゃあクレロットさん。またね! 明日ねー!」


 そう言うとヒストは、ウサギのようにひゅんと去っていった。

 時計の針は十三時二十五分を指し示していた。




「ヒスト君ありがとう。今日も助かったよ」

「いえ、とんでもありません。僕の方もお仕事を頂けて感謝しておりますので」


 夜の六時。代筆事務の仕事を終えたヒストは、郵便屋の事務で帰り支度をしていた。


「それでは今日は、ありがとうございました。また、機会があれば、どうぞよろしくお願いします」


 ペコリとお辞儀をするとヒストは郵便屋を後にし、彼は仕事紹介所へとむかった。







「こんばんは」

「はい。ヒスト君。こんばんは。依頼の達成報告かい?」


 ヒストは、仕事紹介所へ着くと迷わずカウンターへと歩みよりにこやかに受付係と挨拶を交わした。


「はい。そうです」


 ヒストは、そう言うと腰元の鞄から二枚の紙を取りだし受付係に渡した。受付係はそれを受け取り、確認すると「はい、確かに受けとりました」と、笑顔で言った。


「それじゃあ、僕はこれで、さようなら」

「あ、ちょっと待って頂けませんかヒスト君」

「え、はい? 何ですか?」

「実はね。今日、護衛募集の依頼を出されましたよね」

「はい、出しましたけど?」


 何か不備があっただろうかとヒストが首を傾げていると、受付係は、「ああ。不備ではなくてですね」とにこやかに否定した後、言葉を続けた。


「ヒストさんの護衛依頼なんですが、それを受けてくれると、おっしゃる人が見つかったんです。とりあえず、話をしてみたらどうかと思いまして」

「わぁ、そうなんですか! じゃあ早速話を聞いてみたいです。打ち合わせのセッティングをお願い出来ますか?」

「あ、その事なのですが、出来れば今日中に、遅くとも明日中には、話を詰めたいそうなんです。一応今日はまだここに併設されてる飲み屋の方にいると思います」

「わぁ、そうなんですか。僕、ラッキーですね。じゃあ早速お話をしに行って見たいので、飲み屋のさんに連絡をお願いできますか?」


 ヒストの言葉に受付係は了解の旨を伝えると、早速、連絡魔法を展開して、約束を取り付けてくれていた。

 依頼を出したその日に護衛候補が見つかるなど、かなり珍しい事である。さらに、ヒストの事を待ってくれているなんて。まるで、何か裏があるのでは無いかと思ってしまうくらいには、ラッキーな出来事である。


「あ、ヒストさん。お待たせしました。今、飲み屋の黒四角の六番ブースで、お食事をされているみたいです。相手側にも、事情をお伝えした所、そこで待っているそうです」

「ありがとうございます。じゃあ、僕ちょっと行ってきまーす」


 伝達も上手く終わったようである。ヒストは、いつも通り明るく返事を残すと、隣の飲み屋へかけていった。










「へぇーそれで、怠けの剣を?」

「そうなんです」


 こかは仕事紹介所に併設された飲み屋『天の川』である。

 そこで無事に例のチームフルソードと合流したヒストは、朗らかに話をしていた。


「でも、星屑洞窟の奥に行くためには、どうしても護衛が必要で、僕、全然、戦え無いですから」

「まぁ、人には向き不向きがあるからね。俺なんて逆に歴史とか勉強とかまるで無理だから、ヒスト君の事を尊敬するよ」


『戦えない』と少し恥ずかしそうに言うヒストに対して、バカにすること無く対応するチームリーダーのリュートはとても好青年といった感じである。


「そんな、尊敬だなんて、初めて言われたかも知れません」

「そうなの? 絶対そんな事ないと思うんだけどな」

「いえ、本当です。誉められることなんか、あ、でも、家事魔法は、凄く得意かも知れません」


 ヒストは、恥ずかしそうに、でも、何処か嬉しそうに語った。


「へぇー、家事魔法か。そういえば、ヒスト君に料理の作りおきをお願いすると、何時でもホカホカの料理が食べられるって聞いたことあるな」

「あ、はい。暖め直しの魔法レンチンまほうや何時でも出来立てをキープできる保温魔法なんか、凄く得意なんです。それこそ、友達にマホリンピックで家事魔法が種目に有ったら間違いなく優勝だろうねって言われるくらいには」

「へぇー。それは凄いじゃないか。あれって、何気にコントロール難しいんだよね。俺も出来なくは無いけど、ちょっと苦手だな」


 リュートは苦笑しながらそう答えた。

 ヒストの護衛依頼を受けてくれるかも知れないチームは、リュートを含めた五人パーティであり、全員が剣士という変わったパーティであった。しかし、実力やその人間性などは、先程見せてもらったチームカードの評価や、ここまでの会話の感じを見る限り、信憑性の高いチームだと考えられる。


「もう、皆さんは組んで長いんですか?」

「ああ、そうだね。かなり長いかな? なんて言っても皆、幼馴染みだから」


 ヒストの質問に朗らかに答えるリュート。周りのチームメイトはリュート曰くかなりの人見知りらしく、あんまり話すのが得意ではないそうだ。

 そのため、最初の自己紹介の時以外はまともに話をしていない。


「わあ、幼馴染み。凄いなんか、そういうのなんか、憧れます」

「いや、そんなもんでも無いんだけどな」


 キラキラした目で、皆を見回すヒストにチームの皆は苦笑を浮かべた。


「えーそんな事ないです。絶対すご……あっ!」

「あ……」


 興奮ぎみにヒストが手を拡げたとき、彼の手が、飲み物が入ったグラスに当たってしまった。

 そしてそのグラスの中身は、運悪く近くにいたチームの人にかかってしまった。


「ご、ごめんなさい!」

「あ、いや……」


 ヒストは、慌ててポケットからハンカチをだし、拭き取ろうとするが、飲み物の染みはくっきりと残ってしまっていた。


「あ、あの、べ」


 弁償します。と言おうとしたヒストだったが、突然目の前の人に、肩をがっしり捕まれ、驚き黙ってしまった。


「えーと、あの。もう、いいから……」


 それだけ言うと、ヒストの肩から手を離し、料理に目を向けると黙ってしまった。


「ぷっ。何だよラルゴ、照れてんのかよ」


 リュートが吹き出しながらからかうも、ラルゴと呼ばれた男性は何も言わない。


「あ、あの、どういう?」


 ヒストは、頭にクエスチョンマークをつけながら尋ねると、リュートが「ああ」と、納得したように言い、説明してくれた。


「ラルゴはさ、子供とか、動物とかちっこいもんが好きなんだ。そんで君っていう小動物が急に近づくものだから照れちゃったみたいだ」

「あぁ、そうなんですか。でも、あの、ズボン……」

「ああ、大丈夫。着替えなら宿にあるし、そんな気に病む事でもないだろ。そんな事よりだ」

「ん? はい、なんですか?」


 リュートの雰囲気が先程の気の良いお兄さん、だったのが、突然真面目なお兄さんという感じになった。リュートも姿勢を正して彼に向き合う。


「護衛依頼の事についてなんだ。実は受けたいなんて、言っておいて何だけど、一つのだけ問題点があってね」

「えーと。はい。それは?」

「うん。これは、できるだけ早く君と話をしたい、というのと繋がってくるんだけど……」


 少し言いにくそうによどむリュート。ヒストは、静かに彼の話の続きを待った。


「実は、俺たち。この町には二週間程しか滞在しない予定なんだ。だから、星屑洞窟内での護衛契約をするなら、急で悪いんだけど、明日の朝一で、出発させて貰いたいんだ」


 その後、さらに、ヒストがリュートの話を聞くとどうやら彼らは、もうすぐ開催される貝殻祭りに参加するために別の町へ移動する予定なのだと言う。そのお祭りに間に合わせるためにはどんなに遅くとも二週間後にはこの街を出なければならないらしい。


「あの、そんな中どうして僕の護衛依頼を受けようと思ってくれたんですか?」

「ああ、それは、君の人柄に惚れたっていうのかな?」

「え?」

「うん。あのね、君ってさ結構色んな仕事を引き受けてるだろ、さらに泊まってる宿屋でもお金を稼ぐため必死に仕事を手伝ってるって噂も。俺たちそういうのが大好きでね。そんな君が出す依頼ならぜひ力になりたいと思ったんだ」

「あ、あの、なんか照れます」

「いや、実際、町の皆も凄いと噂しているよ。今回この、依頼を見つけたのは星神様のお導きかと思ってね。勿論かなり急な申し出で、君の予定を丸無視するような形になってしまうけれど、もしも良いなら君の夢を叶えるの、俺たちに手伝わせて貰えないかな」

「あ、えーと……」


 本当にラッキーな星神のお導きかと思うくらいの物凄い幸運に、本音では今すぐにでも頷きたいヒストであったが、明日はクレロットとの約束がある。

 しかし、彼らの話からヒストには、悩む時間はあまりないようである。


「あの……」


 少し迷った素振りを見せた末に、ガヤガヤと言う雑踏の中、ヒストは、言葉を紡いだ。

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怠けの剣と学者さん ぽぽい @kirohi

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