2 屑星の町

「おい、坊主もうすぐ着くぞ」

「本当? ありがとう。おじさん」

 一つの古い荷馬車が、荷物と青年を乗せてカタコト進む。

 馬車に揺られ、どこか期待に満ちた眼差しをしている人がいた。

 彼の名前はヒスト。彼は、青年と、少年の境に居そうな雰囲気の男であり、考古学を学んでいる駆け出し考古学者である。彼の乗る馬車の進行方向には、それなりに栄えていそうな町が見える。

 とある辺境の町。皆はそこを『屑星の町』と呼ぶ。

 その町の近くには、いつからあるのか誰も知らないほど古い洞窟がある。

 そして、そこにはこれまた古い剣。通称『怠けの剣』があるという。

 その剣は、それは腕の良い鍛治師がそれは素晴らしい材料を用いて作った作品と言われている。

 しかし、そのわりに性能がとんでもなく低いと言う名前負けした剣。『名負けの剣』とよばれ、そこから更に現在の『怠けの剣』と呼ばれるようになったと言われている。

 そんな、人々から忘れられたその剣を、学者の卵であるヒストは、手に取り見てみたいと思っていた。

 性能が悪いというのはヒストからすればどうでもよい。それには歴史的な価値があるかもしれない。また、鍛治師がその剣を作ろうと思った経緯。使った材料。その時代の背景。

 そういったものを一つずつ紐解けば、もしかしたら、また何か新しい事が分かるかも。

 そんな動機から、ヒストは、どうしてもその洞窟、通称、星屑洞窟の奥にあるという「怠けの剣」の所まで行き、そして、できればそれを持ち帰りたいと思っていた。

 もちろん、行きたいのなら勝手に行けば良いのであるが、そうはいかない理由がある。

 その理由とは、洞窟の魔物が長年の変異により、凶暴化、さらに強化されていき、並の人間では奥までたどり着けないというものである。

 もしも戦えないものが奥までたどり着こうとするならば、その時は、護衛を雇うのが定石である。

 しかし、護衛を雇おうにも、この辺境の地。スターラ辺境伯の治める町の一つ『塵星の町』まで来るのに、ヒストは既に大分お金を使ってしまっていた。

 さらに、今、馬車の主にお金を支払えば、ヒストの懐はかなり寒くなる事が予想される。

 あの洞窟を護衛しながら奥まで着いてきてもらおうとすると、とんでもない金額がかかるに違いない。少なくとも今の財布事情ではどうしようもない、

 一応、しっかりと準備を行えば、ヒストだけで洞窟に入って奥まで行くことは出来ない事も無いが、往復するのは少し苦しいかもしれない。

 だからといって、ここまで来ておいて諦めれば、何のためにここまで来たのか分からなくなる。


「ほい。到着だ」

「おじさん。ここまでありがとう。これ報酬ね」


 ヒストは、そう言って何枚かの紙幣を相手に渡した。


「おう、ありがとな坊主。……。だが、こんなには要らねえな。こいつは返すよ」

「え? でも、良いの?」

「ああ良いって。坊主のお陰で俺も色々助かったからな。そんなに貰ったらバチがあたっちまうよ」

「そっか。ありがとうおじさん。思ったより懐が寒くならずにすんだよ。また、機会があったら乗せてね」


 ヒストは、ピョコンと馬車から元気に飛び降りた。そして、馬車の主に手を振りながら彼は、町の方へと掛けていった。

 辺境町屑星。地図の端に位置しており、名前からしても何も無さげだが、意外と近くに財宝を溜め込むダンジョンが多いため、ダンジョン町として栄えている。


『カランコロン』

「いらっしゃいませ」

「こんにちは。宿を探しているんです。部屋は空いていますか?」


 元気よくヒストは、宿屋の受付係に 声をかけた。


「ええ、勿論。でも、お父さんかお母さんはどうしたの? 一緒に居ないと危なくないかい?」


 受付係は心から心配そうにヒストへ尋ねる。ヒストは、寂しそうに笑うと答えた。


「両親は、居ません。ちょっと色々あったもので、僕一人で旅をしているです」

「え!? あら、ええと。それは……。そうだったんだね。えーと、じゃあ一人部屋で大丈夫かい」

「はい。お願いします」


 先程とは、打って変わり、明るい笑顔で答えるヒストに、受付係の女性は、ホッと胸を撫で下ろしたようである。


「えーと、どのくらい滞在する予定?」

「うーん、きちんと決まっていないけど、三ヶ月位を考えています。それで、あの……」


 ヒストは、もじもじしながら、宿屋の受付係を見上げた。


「あら、どうしたんだい?」

「三ヶ月分の宿泊料はギリギリあるんですけれど、これを全額払うと今日のご飯を食べられなくなってしまうんです。だから、お皿洗いでも薪割りでもしますから、少しだけ割り引きをしてくれませんか?」


 不安げに瞳を揺らしながら尋ねるヒストに、受付係の女性は、朗らかに笑いながら答えた。


「なんだ、そんな事かい。うちは一ヶ月以上の宿泊なら長期滞在割り引きがあるから大丈夫だよ。それに、そうだね……。薪割りを手伝ってくれたら今日の夜ご飯と明日の朝御飯をサービスしてあげるわ。どうだい」

「本当? わー。ありがとう! お姉さん」


 心の底からあげたようなヒストからの歓喜の声に宿屋の受付係もにこやかにしていた。


「やだよ。お姉さんなんて、そんな年じゃ無いよ。私はこの宿『星巡り』の女将マチルダって言うんだ」

「そうなんですね。では、これからしばらくよろしくお願いしますマチルダさん」


 満面の笑顔フルスマイルでペコリとお辞儀するヒストに対して、マチルダは、「こちらこそ」と微笑えんでいた。


 その後ヒストは、宿屋のお手伝いをこなし、更に空いた時間は、仕事を紹介してくれる所に行き、日雇いの仕事をこなしながら、お金を稼ぐ。

 ヒストは、戦闘に関すること以外なら、比較的何でも器用にこなせる人間であり、選り好みせずに、様々な仕事を効率よく、的確に片付けていた。そのため、依頼者からの人気も上々であり、たまに指名依頼が来るようにもなった。

 さらにヒストは、お金儲けと平行して町の異邦人についての情報を集め、護衛として良さそうな人材のチェックも行った。

 そうこうしている内に一ヶ月が過ぎた。

 ヒストの手元にはそれなりのお金が貯まっていた。


「こんにちは!」


 元気な声が仕事紹介所『仕事星』に響きわたる。


「あら、こんにちはヒストさん。今日もお仕事をお探しですか?」


 カウンターまでやって来たヒストに、顔馴染みとなった受付の人が声をかけた。


「うん。それもなんですけど、僕の護衛依頼を受けてくれる人をそろそろ探そうと思って」


 そう言いながら、ヒストは、前日に書いて準備していた、依頼申し込み書を受付に渡した。


「あ、そうなんですか。では、承りました。こちらで確認等行ってから張り出しをしておきますね」

「はい。お願いします。後、今日もお仕事を探しているんですけれど何かありますか?」

「あぁ、それでしたら……指名依頼が二つありますね」

「本当? どこからですか?」

「えーとですね。一つはクレロットさんの所の家事手伝いで、もう一方は、郵便屋さんの代筆事務のお手伝いですね」

「そうですか。分かりました。じゃあ、両方お受けしても良いですか」

「あ、はい。分かりました。依頼受理の手続きをしておきますので、どうぞ気を付けて行ってきてください」

「はーい。ありがとうございます」

「あ、いつもの事なのでご存じとは思いますが、代筆事務のお仕事はいつもどおり、十四時までに、郵便屋の事務室へ来て欲しいとの事です」

「分かりました。じゃあ、行ってきまーす」


 必要な手続きを終えると、ヒストは、受付係へ元気に挨拶しながら、クレロットの家へと向かった。

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