第3話 奥サマは怒る
メリルのスライムディザスター討伐からおよそ一月が経った。
大元であるスライムディザスターは人知れずメリルが倒した為、スタンピードは起こらず、「なんかウィードスライムの量が多いな」という程度で落ち着いている。
ルークも警戒は解いてないが上層部より一応の終結という形で通常業務に戻ったようだ。
忙しかった時のストレスが緩和されたからだろうか、本来の優しい面持ちに落ち着いたルークは仕事着へと着替えながら言う。
「仕事も落ち着いたし、今日のディナーは"トリトン"でどうだい?」
「ほんと!?行く行く!ルーク君大好き!」
「ははは、メリルは現金だな」
王都アレクサンドリアレストラン"トリトン"
2年前からできたレストランであり、今なお繁盛が続く、人気レストランだ。
オーナーのこだわりが感じられるヴィクトリア調の内装は日常を忘れ、心地よい異空間を演出する。
ドレスコードもあいまって格式が高そうではあるが、少し奮発すればといった絶妙な値段設定もあり、上流を憧れる中間層に絶大な支持をうけている。
メリルは今夜のドレスのコーディネートを考えつつ軽やかな足取りで家事をおこなった。
「準備はできたかい?」
「ばっちり!」
白を基調とし、花柄の刺繍をポイントに据えた清楚を醸し出すそのワンピースは自慢の一張羅である。
アクセサリーを身につけ、ご機嫌なメリルは準備万端であった。
いつもだったらあと少しと言われ、30分は待機しているなとメリルの元気な返事に苦笑いのルーク。
家の前に待たせた馬車へと乗り込み、行き先はもちろんトリトンへ。
トリトンでは相変わらずの人気であった。
馬車からの降車から席までの案内をしてくれたギャルソンにチップを弾みつつ席へ向かう。
滅多にない外食、滅多に味わえない雰囲気は道中、今日あった出来事やメニューへの期待といった何気ない会話でさえメリルにとっては一種のアトラクションであった。
ルークとの楽しいひと時。
リストでメニューを確認していると後ろからコツコツとヒール特有の床を叩く音がこちらに迫ってきた。
「これはこれはルーク様、ご機嫌よう」
メリルの背中から聞こえたその女性の声色は強く、自信に満ち溢れていた。
メリルは火照った体がすーっと冷めていくのがわかった。
「次期局長と呼び声高いルーク様をお見かけしたので是非ご挨拶をと」
スラッと170㎝はあろうかという高身長に加えてツヤのある腰丈の黒髪。
赤いタイトドレスは自らの素材を最大限に活かす為、意匠を凝らした逸品である。
そんな美女、ベアトリスがやってきた。
「ベアトリス様!。ま……まあ俺なんかより局長にはキュベレさんがなるだろうけどね。それよりベアトリス様も今日来てたということはウェールズも?」
「ベアトリス、いきなりどこ行くんだよ……ってルークじゃないか!」
ウェールズ・スプラウト、身長180㎝を超え、勉学、武術を高レベルで修めた王都に存在する貴族、スプラウト子爵家の3男坊であり、学習院時代からのルークの親友であった。
その親友との突然の邂逅に2人は挨拶を交わし、談笑を始めた。
メリルは居心地の悪さを感じる。
それはなぜ?
せっかくのディナーに自分そっちのけでウェールズと話だしたから?
違う。
メリルはルークの立場を理解しているし、そもそもウェールズのことは嫌いではないのだ。
「しかし、次期局長と呼び声高いルーク様がまさかルーファなんかと結婚するなんて夢にも思いませんでしたわ。人の良いルーク様にいったいどんな色仕掛けを使ったのやら」
「……!。……メリルには俺の方からお願いしたのです。それにルーファというのもおやめ下さい」
ルーファという植物がある。
その植物は繊維質で完熟をすぎ、そのまま放置しているとスカスカになり、繊維だけが残る植物だ。
洗い物などに使うために重宝する一方、その言葉を人に使った時は中身が無い=魔法が使えない人間を指す差別用語になるのだ。
メリルはなにかにつけて突っかかってくるベアトリスがかなり苦手であった。
ベアトリスは伯爵家の次女である。
その動かしようのない事実は大きな壁となってメリルに立ちはだかっていた。
年齢は同じ18歳で同じ学習院に通っていた、しかし上流貴族と平民の差というのは如何ともしがたいのだ。
理由もあり、メリルは元々目立ちたくなかった。
サイコメトリーで周囲の思考を読み解き、周りからはなるべく地味に思われるように立ち振る舞った。
……が、メリルの美貌がそれを許さなかった。
地味に地味にと目立たない存在を目指した結果。
男子たちの憧れる高嶺の華と君臨することになってしまったのだ。
思春期真っ只中のベアトリスが心を寄せた男子は悉くメリルのファンだったのである。
ベアトリスも元々魔法差別主義者ではないし、最初から嫌味を言ったりしない。
そういうことの積み重ねが今の状況をつくりだす原因となっていたのだ。
メリルはジッと耐えた。
目を伏せ、嵐が過ぎ去るのを待つ。
するとなにか、嫌な予感がした。
これはベアトリス……は関係ない。
いったいなにが「お前ら動くな!手を頭に乗せて一歩も動くんじゃねぇ!」
粛々とした店内に大音声が響く。
声の 発信源は5名のグループの男達だった。
そのグループの一人の男に羽交い締めされている女性がいる。
その他の男はこちらに手を翳してすでに魔力を集中させている。
「お前ら変に動くなよ、いいか?魔力も動かすな。動かしたらそいつには火だるまになってもらうぜ。よーし、そこのお前。この店の金を持ってこい」
ひっひっひっとにやけづらで男は言った。
しかし、この時メリルは限界だった。
なんて日だ!!
なにもしていない自分がなんでこんなに嫌味を言われないといけないのか?
ルークとの楽しいひと時なのに。
ベアトリスだけでも嫌だったのにいきなり強盗!?
ってか君らなんなの?強盗とかなら銀行行けば!?
すでに怒りのボルテージは最高潮であり、怒りを発散する為に力を解き放ってしまった。
「念動力(サイコキネシス)!」
ーーーーある家屋内にて
「……おい、最近全然依頼がねぇじゃねーか」
「しるかよ……くそ、何がスタンピードだ。ウィードばっかで金になんねーし。なんでブラックボアすらでてこねーんだよ!」
苛立ちをかくさず近くにあった物を蹴飛ばす男。
その家屋にはチーム"荒ぶる雄鷲"の男達が集まっていた。
「最近はスってもしけた金しか持ってねーし。どうすんだ?行商でも狩ってくるか?」
この冒険者チーム"荒ぶる雄鷲"は実はギルドの目の上のタンコブだった。
盗み、恐喝、ゆすり、たかり、噂では殺人にまで手を染めているとも聞く。
そんなチームが冒険者としてやっていけるのか?
本来なら無理、というかそもそも犯罪である為、牢屋にぶち込まれる。
彼らが中々捕まらないのはリーダーであるヨバルの策略のせいである。
ヨバルは短絡的な犯罪を犯さない。
ギルドの冒険者登録の際に提示される承諾書。
びっしり書かれた法的な条文、普通に生活していればこの条文に触れることはあり得ないので、一般人で読む人はまずいない。しかしヨバルは一言一句飛ばすことなく読み、そして理解する。
ギルド側のできること、こんなことをすると身辺調査が入る、実は強制と思っていたことが任意だった等、新しい発見ばかりだった。
ヨバルは抜け道、稼ぎ方をしる男だった。
自分の言うことをよく聞く4人のバカを配下……チームへと加入させたあとは正規の依頼をこなしつつ、ギルドの裏をかきつづけ、迷惑な小金稼ぎを始めた。
しかし、今回のスタンピード問題で彼らは金欠に陥った。
チーム結成から初の金欠である。
それはもちろんメイン収入の依頼の減少の影響だった。
まあ正確には討伐系の依頼の減少で、手伝い系、特に収穫作業や運搬系の仕事などは過去最高だったのだが。
その辺は彼らの好き嫌いによるものだ。
「ヨバルどうするよ?」
「……強盗、なんてどうだ?」
チームの男は自分の耳を疑った。
1番注意深い男だと思っていたヨバルがそんな無謀な犯罪を口にだすとは思えなかったからだ。
「強盗って……アレクサンドリア銀行は世界一の鉄壁をほこるんだぜ!?常駐する警備兵は王の近衛兵並の強さだ。絶対無理だって!」
「だれが銀行をやるっていった?」
「は?じゃあ何処を強盗するんだ?」
「……レストランだ」
「おいおいおい、ヨバルどうしちまったんだ?レストランで強盗してパスタでもいただこうってのか?あんなとこ食いもんしかねぇじゃねぇか。……ああ、食い逃げね。食い逃げだと拘留がたしか4日か……あれ?案外悪くねーか「バカ、ちげーよ。きっちり金を頂くんだよ」」
男の考えを否定するヨバル。
「いいか?飯食うとこに近衛兵並のやつなんてまずいない。何故だ?」
「……盗まれるものがないから?」
「そうだ、今日とれたての野菜が盗まれるーっていって命がけで抵抗するか? 食材を盗む奴はいても誰も金を盗もうとは思わない。ここまではいいな?」
「でも、レストラン程度なら売り上げも大したことないんじゃないか?犯罪の重さの割に合わないんじゃ?」
「お前らに前言ったよな?仕事するにも法律ってのがある。労働法っていうが……まあ詳しくはいい。いいか?よく聞け?今の法律では、レストランとかってのは毎月25日に銀行へと入金が定められている。管理しやすいからってんで銀行への入金は一日一日ではなくまとめて行われる。つまり」
「24日に行けば1ヶ月分の儲けが!」
「そうだ!銀行に比べて大した兵もいねー。安全確実なんだよ」
「じゃあ、どこを襲うんだ?」
「そうだな………やっぱり今、1番人気のレストラン
"トリトン" だな」
「念動力(サイコキネシス)!」
「ぐわーっ!な!?なんだ?急に衝撃がぎゃーーー」
荒ぶる雄鷲はボロ雑巾のようになり、すぐさま憲兵へと突き出されるのだった。
「い、痛い。な、なに?何が起こったのよ?」
頭にタンコブがつくられたベアトリス。
ちゃっかりベアトリスにも超能力を使っていたメリルだった。
奥様は超能力者 @aaejgp
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