第2話 奥サマの力


「はあ……」


陽も落ち、夕闇に染まる時刻。


王都アレクサンドリアにある自宅のリビングの椅子に座り、うなだれ、溜息を吐くルーク。



ルークはアレクサンドリアにある、冒険者自由組合、通称、ギルドの統括主任という立場にあり、日々上から下からの対応を迫られる立場であった。


言わば中間管理職である。



ルークの能力の高さを表すように齢21にしてこの立場につき、日々、仕事に勤しんでいる。



落ち込むルークにメリルはすぐに話かけない。


というのもルークはある程度自分で考え、その物事の方向性をつくったあとに話す性格だからである。


理路整然とした彼の性格を熟知……いや、サイコメトリーで感じとり、ベストなタイミングで彼に質問をする。



「ふふ、ルーク君。特に今日は疲れてるね。いっぱい走りまわったかな?」



「!やっぱりメリルには分かるんだな。聞いてくれるかい?」



春というのは繁殖に適した季節である。

それは魔物も例外ではなく、この時期は毎日が多忙を極めるのだ。


しかし、例年通りであれば忙しさも想定の範囲内であるが今年はどうも違う。



特別に魔物が多いわけではないのだ。


むしろその逆で例年に比べてか極端に少ないとの報告である。



商人や農民などからすれば魔物の害が少なく今年はいい一年だなんて会話がチラホラ聞こえてくるが、ギルドとしてはなぜ少ないのか?といったことがわからない以上、楽観視できないのだ。


人々の命にかかわる為、王都、ギルドひいてはルークは最悪の事態を考えている。



"スタンピード"



約200年前に起こったという最悪の魔物災害。


ギルドにある、王都歴史書にその前兆として一時的に魔物の数が減ると記載されていたのだ。



上層部からは報告の如何を迫られ、部下は楽観的で対応の速度が遅いように感じられる。



ルークは最近この件であっちコッチを走り回っていたのだ。



「この件でやっかいなことは伝承通りにスタンピードだとしても発生するのがウィードスライムであると言われるとこなんだ」


「ウィードスライムね」



ウィードスライム


ウィード(雑草)の名をつけられているようにいつのまにか出現しているメジャーな魔物。



雑魚の代表というべき魔物で、冒険者登録したばかりの低ランク冒険者でも1日で10体は余裕で倒せる。


その程度の魔物である。



「俺はこの件は甘くみてはいけないと思ってる。200年前だからといって冒険者達が今より弱かったなんてことはないと思うからね」



ルークはそういい終わるとまた一つ溜息をついた。


「魔物被害も重要かもだけどルーク君も無理しないでね?」



「まああと調査日数もあと少しだから大丈夫だよ」





明くる日、メリルはいつものようにルークの見送り、炊事、洗濯、掃除などの家事をこなし終わったあとふいに出かける準備をする。


「なんだか嫌な感じがするのよね」



動きやすい服装に着替えると迷うことなき足どりで歩み始めた。



国策による道路整備でできた綺麗な石畳の王都から外れていくようにメリルは進む。




王都アレクサンドリアの門をくぐり、都外へと至る。


草原が広がり、見渡しが良い。


チラホラ冒険者を見かける。



メリルは人目につかないように森へと向かう。



「ここなら大丈夫……みたいね」


クレヤボヤンス、サイコメトリーで周囲を確認。



メリルは第六感の知らせる場所へとテレポーテーションにて跳んだ。




「あちゃー、なんでここにこんなのが……」



メリルが跳んだ場所は王都より西に40キロほど進んだ山の麓であった。


転移先にいたのは



スライムディザスター


と言われる巨大なスライムの塊であった。



魔物には討伐等級というものがあり、人が永い年月をかけ、算定した魔物の強さ、危険度を表す指標がある。


先に述べたウィードスライムは最下級のG級に位置づけされている。



ではこのスライムディザスターは?



……等級はない。



無い?等級を付けられないほど弱いのか?


違う。



強い、強すぎるのだ。


スライムディザスター、名前の通り災害として扱われる魔物である。



ギルドがこれに等級をつけないのは無駄死にを防ぐ為であった。


下手に等級をつけるとギルドは報奨金を出す必要がある。



すると過去には無知で無鉄砲な冒険者達が一攫千金を狙い、大勢が命を散らしていったのだ。


無駄死にを防ぐ為にこういう方策へと成ったのである。


時たま武勇伝を作ろうと挑むものが命を散らしてはいるが、大幅に冒険者の死者が減った。



ディザスター種は国が討伐隊を組み、対応せねばならない程の強敵なのである。



「おっきいスライムだなー」


メリルにディザスターの知識は無い。


おっきいスライムという認識だ。



スライムディザスターはメリルを食料と認識したのか不定形な身体でメリルへと向かっていく。



「ん?あ!すごい!ウィードスライムがいっぱい集まってこんなに大きくなったんだ!へー……げ……凄い数……王都の人より圧倒的に多い」



サイコメトリーで対象の情報を読みとるメリル。


読みとった情報では王都の人口80万人を悠々と超える数のウィードスライムだった。



その数30億匹



知覚する生き物を全て食べる災害種の名にふさわしい恐るべき魔物。


スタンピードは更に増えたウィードスライムがスライムディザスターの形を保てなくなり、ウィードスライムが大量に散り散りになって起こる現象だった。



「まあ、とりあえず…」



それが、どこにでもいそうな1人の人間。

ただの主婦という肩書きの人間に。



「燃えちゃえ」



蹂躙される。




王立魔物研究所:魔法生物部班長バログスは語る


「ええっ?スライムディザスターの怖さ?そうだねー何が1番怖いかな…」


やっぱりスライム特有の溶解液ですか?


「んー……確かに凄い溶解性だと言われてるね。一瞬にして金属とか溶かしちゃうし、液の拡散範囲もかなりって記述あるしね」



それは怖いですね。

では、対抗するには溶けないような装備を作る必要がありますね。



「ああ、それはあるんだよ。ミスリル硬化ガラスで作られた粘性のある素材のヤツで値段はけっこう高いけどまあ大量に作れるやつだね」



え?じゃあスライムディザスターってすぐ討伐できそうな…


「そう思っちゃうよねー。……僕が考えるスライムディザスターの怖さなんだけど、それは防御力にあると思うんだ」



防御力……ですか?



「そう。……スライムって魔法生物って分類なのは知ってるよね?」



はい、初等院で習いました。


「魔法生物の特徴ってわかるかい?」



ん〜……一般的には、それぞれ核という人間で言う心臓があり、血肉の通わない特殊な生命体である。


「ふむ、続けて」


魔法生物に一貫した特徴はなく、それぞれの種ごとに異なる……まあこれくらいしか……



「ははは、ダメじゃないか。魔法生物の特徴はあと一つあったでしょ?」


え?ありました?


「魔法防御力の高さだよ」



あ!確かにありましたね!


「ふふふ。で、話は戻ってスライムディザスターだ。スライムの弱点は?」


核です。あとは……火ですね。



「火は魔法でつける?」



はい



「ダメだよ正確に答えなきゃ。正確には松明に魔法で火をつけて、その火をつける。でしょ?」


同じではないですか?


「違うんだなー。改めて今度やってみるといい。スライムに直接火の魔法を浴びせても全くびくともしないよ。まだ詳しくは分かってないけどそれがスライムの特性というか……相克、魔法に対する絶対耐性であると言われているね」



へ〜、そうなんですか。


「そのかわり、木や油といった1つ物理的な何かを挟むだけでたちまち弱点に早変わりだけどね。……で、何が言いたいかっていうと、スライムディザスターもその特性を持っているってこと」



……それは……なんとまあ



「分厚いゲルに包まれ核を攻撃は至難の業、魔法は効かない、火をつけようにもディザスター自体が火を持つ者へ大量の溶解液を撒き散らす。……はっきりいって逃げるが1番さね」



何か特殊な方法でも火をつける方法はないんですか?



「……まあ断言できるけど。



そんな方法無いよ」








「燃えちゃえ」



メリルがスライムディザスターへと手を翳し、発火能力で着火する。


落雷でも落ちたのかという轟音と共にスライムディザスターを中心に燃え上がる火柱。



それは高さにして100mは優に超える火柱だ。



「あっちゃあ。やりすぎちゃった」


てへ、と頭をポリポリするメリルによって災害の名を冠した魔物の生涯はそこに途切れた。

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