「KAC3」とわに、ともに

神辺 茉莉花

第1話シチュエーションラブコメ

 夏本番を目前に控えた七月上旬。バーチャルリアリティを駆使したホラーアトラクション施設で受付のバイトをする美愛は、自らのシフトをPCで見て満足そうにうんうんと頷いた。

「最近頑張ってるね。どうしたの?」

 隣でアーモンド形の大きな目を輝かせ、いたずらっぽい笑みを浮かべる女性はアーニャ……通称アニーだ。同い年ではあるが、カシルフ星の女性はそのほとんどが年齢以上に大人びていて美しい。もちろんアニーも例外ではない。

「ね、教えてよ。もしかして彼氏へのプレゼント資金?」

 客の波が一段落ついたのをいいことに、アニーが好奇心全開でずいと美愛に身を寄せた。

 近い。

 その距離の近さとほのかなせっけんの香りに美愛の鼓動が高鳴る。

「あ……えと、彼氏じゃないんですけど、好きな人に贈り物をしたくて。出会ってから半年間、ずっと好きなんです」

 ――伝わってほしいけど、今伝わっても困る!

 ほんの少し温度を上げた頬を片手でさりげなく触ってから、美愛はそう言った。

「えー、気になるなぁ。誰?」

「まだ内緒です!」

 ふざけているのか何なのか、くにゃんと美愛の肩にもたれかかるアニー。さらさらつやつやの髪がむき出しの腕を撫でる。

 触れたところが熱い。

 つ、と目を動かすと入口の扉が動くのが見えた。

 それとほぼ同時に手元のパソコンに『女性:一 ミナガワ サユリ 様 来館回数:二回。男性一 トミオカ シュン 様 来館回数:三回』と表示される。顔認証システムによる自動集計だ。昔は来館者に対して律儀にアンケートをとっていたらしい。

「ほら、次のお客さんが来ますって!」

「むぅ……」

 頬を膨らませるのもギャップがあって可愛いけれど、今はそれにほのぼのとしている場合じゃない。

 やや無理やりアニーを引きはがして、ニコリと外向けの笑みを顔に張り付ける。そうして美愛は型どおりに『いらっしゃいませ、こんにちは』と唇を動かした。




 美愛がアニーのことを好きだと意識するようになったのは、この施設でバイトをして一ヶ月を過ぎたころだった。その日は利用者の発案で館内のレストランでサプライズが計画されていた。

 プロポーズだ。

 聞けば初めてのデートがこの施設だったらしい。

 初めてのデートと同じコースをたどり、初めてのデートと同じものを食べ、そして告白したい。婚約指輪は持ち歩くと不自然なため、当日レストランにつくように届け、食事が終わったころに銀色のドーム型の蓋をかぶせて彼女に提供するかたちにしたい。

 それが希望だった。

 だが、前日の深夜、思いがけないことが起きた。予想をはるかに超える降雪だ。正確な予測で知られる気象衛星〈ひまわり三十九号〉も万全ではないということが、改めてネオ・ジャポニカに知れ渡った日だった。

 そしてその悪天候は物流に大きな影響を与えた。婚約指輪を運ぶはずのドローンが飛ばないというのだ。物が物だけに、無理に飛ばして途中で飛行不能になったら……もしも風に煽られて墜落なんてことになったら最悪だ。

 レストランスタッフを含め、関係者が青ざめた時だ。アニーがすっと手を上げて提案した。

 手紙に想いを書いてハートの形に折り、それをサプライズとして渡したらどうでしょうと。

 結果としてプロポーズは大成功。

 安心したのか感動が移ったのか、報告を聞いて涙ぐんだアニーを見て、美愛は愛しいなと思った。

 そこから数カ月。思いは消えるどころか深まるばかりだ。




 来週の金曜日、アニーにちゃんと想いを伝えよう。

 少しドキドキする触れ合いがあったその日の勤務後、美愛は家と職場の間にある大型複合施設に足を運んだ。

 ――給料の何ヶ月分なんて出せないけど……。

 向かったのはカジュアルジュエリーのコーナーだ。軽いと思われるかもしれないが、重くてうざいと思われるのも嫌だ。翌週もアニーの隣で働くわけだし。

「お客様、確かこの前もいらしてくださいましたよね? 気になるのがあったらお出ししますよ」

 AIっぽい店員と会話する。狙っているのはネックレスだ。銀色のハート形の上のところに小さなダイアモンドが付いている。

「それ、ものすごく人気のデザインなんですよ」

 にこやかな店員の笑み。

 一点ものであるため予約を勧められたが、来週の木曜日、購入するまでそのままにしておきたかった。願掛けみたいな気持ちもあったのかもしれない。購入するまでそのまま展示されていたらこの出会いを運命だと信じよう、告白はきっとうまくいく、みたいな。

「あ……いえ、来週また来ます。ラッピングはしてもらえますか」

「はい、もちろん可能です」

 少し、肩の力が抜けた。

 ――来週もちゃんと働かないと……。

 それでも自然とわき起こる高揚感は止めようがなかった。




 そしていよいよ想いを伝えると決めた前日。あえて考えないようにしていたことが起きた。

 急に施設長から仕事を頼まれた美愛は、閉店間際に滑り込んだ店内で目を見開いた。思わずショーケースに冷や汗をかいた掌をべったりと押し付けてしまう。

「あのっ、ここにあったハートのネックレスは?」

「申し訳ございません、お客様。つい先ほど別なお客様が購入をされていきました」

 きっとこのAIの中では先週交わした会話がデータとして呼び起されているのだろう。ただし「だから先週言いましたよね」などと言わないくらいにはきちんと店員をやれている。

 ……でも、そんなことで美愛の気持ちが落ち着くわけではない。

 動揺を押し隠して隣のネックレスに目を走らせる。そしてその隣。

 ――駄目。どれもピンとこない。

 金額を上げれば、もしかしたら求めるのと同じような、あるいはそれ以上のアクセサリーが見つかるかもしれない。でも……そういうことではない。

「失礼ですが、プレゼントをお考えでした?」

 これも先週の会話「ラッピングはしてもらえますか」から導き出したものらしい。美愛はこくりと頷いた。

「大事な方なんでしょうね」

 ――大事……。そうだ、大事な人だ!

 遅くまで仕事をする熱心さと、明るい笑顔と、機転と……。

 シャンデリアを模した灯りがふいに涙でにじんだ。

「もしよろしければ、どんな方に贈る予定だったのか教えていただけませんか」




 翌日、勤務時間終了後。美愛は従業員用の休憩室で待つアニーと向かい合った。室内に西日が差しこみ、部屋全体が明るいオレンジ色に染まっている。

「どうしたの? 困りごと?」

「困りごとというか……」

 ――ああ、やっぱり綺麗。女神みたい。

 キラキラの目に背中を押されて美愛は口を開いた。話があるんです、と。

「うん? どうしたの?」

「先輩、私、前に言いましたよね。好きな人に贈り物をしたい、って」

「う……うん」

 ふうわりとしたせっけんの香り。つやつやの髪。きめの細かい、陶器みたいな肌。思いやり。明るさ。真面目さ。照れた時に見せるはにかんだ笑顔。

「私、先輩のことが好きです! これ……受け取ってください!」

 思い切って出した言葉とアクセサリー。

「もしよろしければ、どんな方に贈る予定だったのか教えていただけませんか」そう言ったあの店員が勧めてくれたものだ。

「好き、って……美愛ちゃん、それ本当?」

 ――うん、大好き。

 頬が熱い。耳がじんじんする。鼓動がものすごく速くて……駄目、死にそう。恥ずかしい。でも返事を聞くまでは死ねない。聞きたいけど……聞きたくない。でも知りたい!

「あたしも……美愛ちゃんのことが好き」

「ほんとっ!?」

 アニーの白い肌に朱が差していた。頷いて、ゆっくりと瞬きをする。一歩、美愛との距離をつめた。

「かわいくて、一生懸命で、誰に対しても明るくて。美愛ちゃんがここに来たばっかりの時、施設長が棚からファイル落としちゃったときあるでしょ」

 首肯。

 陽の光がだんだんと空に還っていく。どこかで鳥がさえずった。

「あのときさ、誰よりも先に駆け寄って書類を拾うより先に、施設長に『お怪我はないですか』って聞いたじゃない? あたし、それ聞いた時『ああ、いいな』って思ったの。ほかの人に取られたくないって思ったの」

「じゃあ……」

 美愛の掌からアクセサリーを入れた小箱の重みが消え、またすぐに重さが増した。

「これ……」

「いっせーので、で同時に開けましょ」

 美愛のなかには小箱に入っているのが例のダイアモンドのネックレスだという予感はあった。そしてそれは的中する。煌めく眩い輝きがそこにはあった。

 一方、アニーの方は予想外だったらしい。アーモンド形の大きな目を真ん丸にして息をのむ。衝撃が収まると、室内にぱぁっと花が咲いた。

「カシルフ星の人にとってはラピスラズリがダイアモンドの代わりだ、って聞いたの。宝石言葉は『永遠の誓い』」

「そう。この青が空と海の色を意味していて、それがいつまでも続きますように、って。好きな人とずっと一緒にいられますように、って」

 好きな人とずっと一緒にいられますように。

 それは、ダイアモンドに込められた意味と同じだ。

「美愛ちゃん……」

「アニー先輩……」


 今まで秘めてきたもどかしい想いを埋めるかのように、ふたりは深く、強く抱擁を繰り返した。

 濃さを増した夕陽だけが、ふたりを見守っていた。

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