密室はXXで出来ている
澤田慎梧
密室はXXで出来ている
「ねぇ、本当に開かないの……?」
「ああ、びくともしねぇ。こりゃ、外から南京錠かけられてるな……」
文字通り、押しても引いてもびくともしない扉を前に、二人して途方に暮れる。
「こんな漫画みたいなこと、本当にあるんだね……。体育倉庫片付けてて、鍵閉められちゃうなんて」
――そう。俺と幼馴染の
放課後、体育委員の当番で片付けをしていたら、誰かが外から鍵をかけてしまったらしいのだ。
燿子の言う通り、まるでどこぞの漫画みたいなシチュエーションだった。
その手の漫画だと、体育倉庫に閉じ込められた二人はなんだか「いい感じ」になることが多い。
エロい漫画だったら、そのまま「大相撲体育倉庫場所での大一番」が始まることだろう。
でも、実際に閉じ込められて分かったんだが……こんな場所でいい雰囲気になったり、更には欲情したりする連中は真正の変態に違いない。この体育倉庫はおおよそ、トキメキやエロとはかけ離れた場所だった。
埃っぽいし、案外と照明が明るいので雰囲気も何もない。
そして、なんと言っても臭いが酷い。
ありとあらゆる体育用具が詰め込まれたここには、熟成された汗と血と土の臭いが充満している。
使い込んだ雑巾の臭いを濃縮したような、鼻をつく臭いの中でときめいたりエロい気持ちになったりしていたら、それはただの変態だろう。
逆に考えれば、
その燿子の様子を横目で窺うと――
「んっ? 何見てんの? ……あ、分かった! エロいこと考えてるんでしょう! ダメだからね!」
等と、わざとらしく俺から距離をとった。
もちろん、ふざけているだけだ。本気で俺を警戒しているわけじゃない。
――燿子とは幼稚園以来の幼馴染だ。お互いの家が近いわけではないが、同じクラスになることが多く、自然と仲良くなった正真正銘の腐れ縁。
とは言え、お互いに異性として意識していないかと言えば、それは微妙なラインで……同じ高校に進学したのも、二人で示し合わせてのことだったりする。
「
「ない。ロッカーの中だ。燿子は?」
「あたしもー。くっそう、わざわざ体操服に着替えたのが間違いだったか……」
俺も燿子も、制服を汚すのが嫌で体操服に着替えていた。そして着替えの時に、揃ってロッカーにケータイを置きっぱなしにしていたらしい。
「気が合う」と言えば聞こえがいいが、どちらかと言うと「揃って間抜け」だろう。
「大声、出してみる?」
「今日は部活もないから、誰も気付かないと思うぞ?」
この体育倉庫は校庭の片隅に建てられていて、校舎とはかなり距離がある。大声を出しても、恐らくは届かない。
おまけに今日は部活が一斉に休みなので、校庭には誰もいないはずだった。
「じゃあどうすんのさ! このまま明日の朝まで閉じ込められたまま?」
「いや、流石にそれはないだろ。体育倉庫の鍵が、まだここにあるだろ? 体育教官室の誰かが鍵がないことに気付いてくれれば、遅くても下校時刻までには見に来てくれるって」
そう。普段は体育教官室で管理しているこの倉庫の鍵は、今は俺が持っている。
学校という場所は、鍵の管理には非常に厳しい。下校時刻に鍵が返却されていないとなれば、必ず確認に来るはずだ。
「下校時刻かー。……まだ、だいぶあるよ?」
「だな。ま、仕方ない。大人しく待とうぜ? ……トイレとか、ちょっと心配な気もするが」
「……いざとなったら、そこのバケツに――」
「おいこら、やめろ」
お互いに猫を被ることもなく、こうやって下品な話だって平気でする。心地よい、俺達だけの距離感だ。
……でも、燿子のことを女子として全く意識していないわけじゃない。
正直、燿子は可愛い。そこまで男子にモテるタイプってわけじゃないが、まあ、燿子を狙ってる奴は何人か知っている。
おまけに今は体操服。体の起伏がはっきりと分かってしまうので、すっかり女の子っぽくなってしまったシルエットが否応なしに目に入ってくる。クォーターパンツからわずかに覗く
……もし体育倉庫以外の場所に閉じ込められていたら、俺も少しはエロいことを考えていたかもしれない。少し。本当に、ほんの少し――。
「――ね、ねえ。雅史ってさ、彼女作らないの?」
「ほ、ほぇ!?」
「……『ほぇ』ってなんだ、『ほぇ』って」
――実を言うと、ほんの少しだけエロいことを考えてしまっていた。そんな所にそんな質問が飛んできたものだから、変な声が出てしまったのだ。
しかし燿子のやつ、このシチュエーションでそれを聞くか? 俺からどんな答えを引き出したいんだ、こいつは。
「ねぇねぇ、どうなの?」
「どうなのって、なんだよ突然。……そういう燿子はどうなんだよ?」
「質問に質問で返さない! ……ちゃんと答えて」
ズイッと、こちらに顔を寄せて問い詰めてくる燿子。その瞳は心なしか潤んでいる。おまけになんだかいい匂いもする。体育倉庫の悪臭を打ち消す程の、いい匂いが。
――しかも近い。非常に顔が近い。
流石に照れくさくて、視線をずらそうとちょっと顔を下げたら、そちらには燿子の体操服の胸元から覗く、明らかに
思わずゴクリ、と喉が鳴る。
ああ、さっきまでの俺はただのアホだったらしい。埃っぽかろうが臭かろうが、そんなことは全然関係ないのだ。
誰にも邪魔されない場所で、憎からず想っている女の子にこんなふうに迫られて、オチない男がいるはずがない!
思わず燿子に手を伸ばしかけて……必死に止める。
いいのか? こんな、テンションに流されるみたいな感じで燿子に手を出してしまって。でも、俺達の関係を一歩進めるには千載一遇のチャンスだし! どうする俺? どうする!?
――等と、俺が自問自答を始めた、その時だった。
「おーい! 誰かいるのかー!?」
扉の向こうから、誰かの呼びかける声が聞こえてきた。
この声は……体育教師のヤキソバンだ。いつも昼にカップ焼きそばばっかり食べているせいで、あだ名が「ヤキソバン」になってしまった独身アラフォー男の声だ。
助かった……?
「あ、はーい! 中に誰もいませーん!」
「思いっきりいるじゃないか! 待ってろ、合い鍵持ってくるから……」
「お願いしまーす! 実はさっきから尿が限界デース!」
さっきまでの雰囲気はどこへやら。ヤキソバンの声が聞こえると、燿子はいつもの調子に戻っていた。
「やった、これで出られるね」と俺に屈託のない笑顔まで向けてきやがる。
……分からん。こいつの考えていることが、本当に分からん。
こっちはまだ、ドキドキしてるのに!
結局、ヤキソバンに助けられた俺達は、着替えを終えると別々に帰路についたのだった――。
* * *
――その帰り道。燿子は親友の雪子へ電話をかけていた。
「――あ、雪っち? うん、あたし~。ごめ~ん、せっかく手伝ってもらったのに失敗した~!
も~、あの朴念仁全然乗って来ないんだもん! しかも、ちょっといい雰囲気になったらヤキソバンの奴の邪魔が入ってさ~。
え? 『だったら小細工しないで、自分の部屋にでも呼んで告ってみれば?』……いやいやいや、あたしの部屋にあいつを入れるとか……考えただけでも恥ずかしくて死ぬわ!
お願~い、また一緒に作戦考えて?」
策士なのか純情なのか、よく分からない燿子だった。
(密室は恋心で出来ている 了)
密室はXXで出来ている 澤田慎梧 @sumigoro
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