熱出して夢心地なアイツに、お見舞いの花を

無月弟(無月蒼)

別冊ハナとユメ

 まったく。高校受験を控えたこの時期に、アイツったらどうして風邪なんてひいちゃうんだか。


 アタシの名前はハナ。中学三年生の女の子。そんなアタシは今、幼馴染みの男の子、ユメの家に来ていた。

 ユメったら、普段は体調を崩したりしないのに、受験まで残り一ヶ月のこのタイミングで、どうして風邪なんてひくのさ。

 プリントを届けにやってきたけど、もし風邪のせいでユメが受験に落ちて、同じ高校に行くことができなかったらどうする?これじゃあ心配で、アタシまで勉強に身が入らないじゃないか。


 家にいたユメのお母さんから、顔を見せてあげてと言われて、ユメの部屋の前までやって来る。

 しかしお母さん、年頃の女の子を、男の子の部屋に簡単にあげて良いのか?

 そんなことを考えながら、ドアをノックする。だけど、返事は返ってこない。眠っているのかな?ユメ、入るよー。


 部屋に入ると、案の定ユメはベッドの上にいて、すやすやと寝息をたてていた。

 規則正しい呼吸が、胸を上下に揺らしている。昔はよく一緒にお昼寝していたけれど、こうして眠っている姿を見るのは随分と久しぶりだ。

 その無防備な寝顔から、何故だか目が離せない。変に胸の奥がドキドキして、このままずっと見ていたいって、思ってしまう。


 だけど生憎、そんな時間は長くは続かなかった。

「うーん」と声を漏らしたかと思うと、もぞもぞと体を動かすユメ。どうやら、目を覚ましたみたい、


「ごめんユメ、起こしちゃった?」

「……あれ、どうしてハナがここに……これは……夢?」

「なに寝ぼけてるのさ?ユメはアンタでしょうが。アンタが熱出したって聞いたから、お見舞いに来てあげたのよ」

「そうだったんだ。ありがとう……」


 まだボーッとした様子で、体を起こすユメ。

 目は虚ろで、顔は赤く火照っていて、いつもはふんわりとしている髪は、寝ていたせいでペタンコになっている。

 風邪で弱っているのが、まるわかりのユメ。だけど、何故だろう?こうしてボーッとしているユメは、なんと言うか……可愛い。

 普段はクールというか、格好つけなユメだけど、今はまるで昔に戻ったみたいな、幼さを感じる。これは……かなり良い!


 だけどそんなアタシの心の声なんて聞こえていないユメは、ベッドから足を下ろして、立ち上がろうとする。そして……


「待ってて。いまお菓子と飲み物を持ってくるから」


 そんなことを言い出した。ちょっと待て、病人が何しようとしてるの!?


「何言ってるの!ちゃんと寝てなきゃダメじゃない」

「でも、ハナが家に来た時はいつも出してるし。昔ジュースがきれてた時はしょんぼりしてたし」

「どれだけ大昔のこと言ってるの!?病人をこき使うなんて、アタシは鬼か?いいから寝てろ!」


 まだ何か言いたそうなユメを、ベッドの上に押し倒す。絵的には何だかとっても不味い気がするけど、ユメを黙らせるためだ、仕方がない。

 言っておくけど、いつものユメなら絶対に、こんなおかしなことを言ったりはしない。しつこいようだけど、普段のユメはクールで格好つけな奴なんだ。

 きっと今は、熱のせいで少し頭がおかしくなっているのだろう。


「いい、ちゃんと大人しくしてるんだよ。それで、調子はどうなの?何かしてほしい事とかない?」

「うーん、まだ少し頭がほーッとしてる。してもらいたい事は……」


 ユメは少し考えて、思いついたように言う。


「手を、握ってほしい」

「えっ……はあっ⁉」


 思わず大声を出してしまい、頭に響いたのか、ユメが顔をしかめる。だけど、叫ぶのも無理ないでしょ。だって、手を握るって……


「ダメ?」

「いや、ダメって言うか……」


 いったい手を握る事に何の意味があると言うんだろう?いや、きっと意味なんて無いんだ。熱で訳が分からなくなって口走っというだけ違いない。でも……


(してほしいことは無いかって聞いたのはアタシだし、ここで無下にするのも可哀想だよね。ええい、ユメは病人なんだから、言う事を聞いてやるか!)


 色々とおかしな気もするけど、アタシは腹をくくる。

 布団の中に手を入れて、手探りでユメの手を探す。やがて冷たい感触があって、それを掴んだまま、布団から手を出した。


 掴んでいたのは、思った通りユメの手。小さい頃は毎日のように手を繋いで遊びに行っていたのに、まるで別人の手のように、触り心地が違っていた。

 同じくらいの大きさのはずだったのに、今はユメの手の方が一回り大きくて、それに何だか、ごつごつしている。少し指を動かしてみると、豆でもあったのか、ぼこっとした感触がある。

 本当に、昔とは全然違う。ユメは決して筋肉質なわけでは無いけれど、やっぱりこれは、男の子の手だ。

 熱のせいか、今は真っ白になっていて。そのため、筋や血管がくっきりと見えて、思わずドキッとしてしまう。


 ええと、これっていつまで握っていればいいんだっけ?もう放してもいいのかな?いや、でもせっかくユメがおねだりしてくれたんだから、そんなすぐに放しちゃ可哀想だよね、うん。

 これはユメの為。ユメが望んだから放さないのであって、断じてアタシがもう少し触れていたいとか、手の凸凹を堪能したいとか、筋や血管を愛でたいとか思っているわけじゃ無い。ここ、重要だから!


 そんな風に一人であれこれ考えていると、ユメがくすくすと笑い出した。


「なに?」

「何でもない。ハナの手、冷たくて気持ちいい。あ、そうだ」


 するとユメは何を思ったのか、握ったままの手をそっと動かして、自らの頬に当てた。


「うん、やっぱり気持ちいい」

「ちょっ、ちょっと⁉」


 ユメはすっごく幸せそうだけど、アタシは大慌てだ。こらこら、いったい何をやってるの⁉

 これはさすがに、振り払った方が良いかな?いや、でもこんな恍惚の笑みを浮かべているのを見ると、無下には出来ない。しかーし、このままじゃアタシの心臓が持たない。そのうちユメに聞こえるんじゃないかってくらい、激しく波打っているんだから!

 はっ、もしやこれはユメの仕掛けた罠か?風邪ひいて自分だけ受験勉強ができないものだから、アタシの足を引っ張ろうって魂胆なのか?確かにこれじゃあ帰って参考書を開いても、全然頭に入ってきそうにないけど……ええい、ユメなんかに負けてたまるかー!


「ハナ、どうしたの?一人で変な顔して」

「誰のせいだ⁉」

「もしかして、俺のせい?まあいいや、表情がころころ変わって、ハナ、とっても可愛いし」

「ふおっ⁉」


 思わず変な声が漏れてしまった。


「ふふふ、可愛いのはいつもの事か」

「こ、こらー、アンタ何言ってるの⁉言っておくけど、女の子の手を握ったり、可愛いって言ったり、そう言うのを軽々しくやっちゃダメなんだからね。そんなのは、好きな子にだけしてやってよ」

「好きな子……じゃあ、大丈夫。俺、ハナのこと好きだから」

 

 笑みを浮かべるユメに、心臓を鷲掴みにされた気がした。

 あああああっ、もうっ!何なの今日のユメは⁉よほど悪い病気にでも、かかったんじゃないの?

 だけどユメはそんなアタシをじっと見ながら、もう一度体を起こしてくる。


「ハナ、信じてないね。どうすれば信じてくれる?」

「ちょっ、ちょっとユメ?顔が近いって!」

「キスしたら、信じてもらえるかな?」


 握っていた手を放して、今度は両手でアタシの両頬を掴んでくる。冷たい感触に一瞬震えたけど、そんなの気にしている場合じゃない。

 い、いくら何でも、キスなんて。いや、でもキスをしたら、正気に戻ったりしないかな?って、何バカなこと考えてるんだ。だいたいこんな事したら、後で気まずい思いをするに決まってる。あ、でももしかしたら熱のせいで、ユメってば今やってる事を忘れちゃうかも。だったら……って、ユメは忘れても、アタシはがっつり覚えてるじゃん!そんな状態で、これからどうやってユメと顔を合わせればいいんだ⁉


 自問自答を繰り返すアタシ。だけどそしている間にも、ユメの顔がだんだんと近づいてきて、頭の中がぐちゃぐちゃになっていって、心臓とか肺とか、体中の色んな物が壊れそうになっていって……


「あっ、あっ……」

「どうしたの、ハナ?」

「アンタはアタシを悶え殺す気かー!」


 耐えられなくなったアタシはユメの頭を引っ叩いてしまっていた。バコーンって言ういい音が響いたよ。

 病人を殴るとは何事かなんて、言わないでほしい。本当に悶えすぎて、何かが致死量に達して、死んじゃうかと思ったんだから!


 えっ、いくら何でも、それは大げさじゃないのかって?それがね、ちっとも大げさじゃないんだよね。

 実は、ビックリさせちゃうかもしれないけど、アタシはね……ずっと前から、ユメのことが好きなんだよ!

 ほら、驚いたでしょ。でもまあ、そう言う事なの。

 で、考えてもみてよ。そんな好きな男の子に恍惚の表情で迫られたんだ。死にもするでしょ。

 ああ、でもキスは、ちょっともったいなかったかも……


 殴られたユメはそのまま眠ってしまい、アタシは命からがら、部屋から出て行った。

 ユメのやつ、元気になったら覚えてろ!





 とまあそんなわけで、色んな事があったお見舞いだったけど、翌日には熱が下がって、ユメはケロッとした顔で、通学路に現れた。昨日の事なんて、すっかり忘れて。


「ハナ、ハーナ、どうしたの?今日は機嫌悪いみたいだけど」

「誰のせいだ!アンタ昨日、熱でうなされて何をしたか忘れてるでしょ?」

「えっ、俺何かした?」

「色々変な事を言ってくれたよ。アタシの事をかわいいとか、好きだとか……」


 さすがにキスをされそうになった事は言えなかったけど、これでも十分恥ずかしいだろう。さあユメ、アタシと一緒に、悶絶地獄に落ちるがいい。

 だけどユメは平然とした様子で、小首をかしげながら一言。


「別に変って訳じゃないね。いつも思ってる事だし」


 ……どうやらユメは、まだ少し熱があるみたいだ。

 これ以上は何も言う気になれなくて、諦めて学校へと向かうアタシとユメ。




 アタシ達が付き合うようになるのは、もう少し先のお話だ。

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熱出して夢心地なアイツに、お見舞いの花を 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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