魔王軍四天王デフテロンの苦悩

魔王軍四天王デフテロンの苦悩

『四天王プロータが勇者達に倒された』

 その情報が他の四天王へと伝わるのに半日とかからなかった。

 プロータは四天王の一番手であり、魔王軍の本拠地へと至る道にて砦を守る役目を請け負っていた。

 そんな彼がやられたということは、魔王軍の陣地へと本格的に勇者達が攻めてきたことになる。

 残された3人の“四”天王は緊急の会議を開くことになった。


「さて、プロータがやられた件だが……」

 四天王の中でもリーダー格のテズァルティが話を切り出した。

「いずれにせよ、勇者どもの歩みを止めるためには誰かが行かねばならぬでしょうな」

 四天王の参謀役トリトンが続く。


「……」

 デフテロンは黙っていた。寡黙な性格というわけではない。

 発言の必要なく分かっていたのだ。

『次は自分が往かねばならぬ』と。


 魔王軍内の階級こそ等しく『四天王』だが、その中にも実力差というものはある。

 強い順に上からテズァルティ、トリトン、デフテロン、そしてプロータだった。

 プロータ亡き今、次に出撃すべきなのは下から2番目であるデフテロンである。暗黙の了解だった。

 視線を向けてこそいないが、テズァルティとトリトンの圧はデフテロンへと向けられており、彼自身もそれを理解していた。


「我は今後の対策や抜けた穴について魔王様と相談しなければならぬ……」

 テズァルティは2対の腕を上下に組み、わざとらしく悩みだした。

「私も万が一に備えて部下と策を練り直す必要があるので……」

 トリトンは眼鏡を直しながら、資料らしき紙束をペラペラとめくる。

 その言動がその場しのぎであることは、誰の目にも明らかだった。


「……ならば、吾輩が往きましょう」

 とうとう2人からのプレッシャーに耐えられなくなったデフテロン。仕方なく自ら立候補した。


「おお。やってくれるかデフテロンよ」

「では、ご活躍を期待していましょう」

 どうせ心からそう思っている訳はない、初めから用意していた言葉だろう。

 武力一辺倒のデフテロンでも、それくらいのことは理解できていた。


 デフテロンには特に勝算があった訳ではない。

 ただ単に、この会議という名の茶番を直ちに終えたかっただけであり、他の2人もそれは同様であろうことは分かりきっていた。


 デフテロンが会議室を去ろうと扉に手を掛けたとき。

「おおそうだ、デフテロンよ」

 テズァルティが呼び止めた。

「なんでしょうか」

「“例の言葉”、忘れるなよ」


“例の言葉”。言われて思い出したが、デフテロンはどうにも気が重かった。


 *


『会議』から2日。戦支度を整えたデフテロンは部下と共に砦に陣を構えていた。その砦は勇者達の進路上にあり、勇者到着まで約1日であった。


 砦では投石機の設置や兵糧の搬入で大忙しである。そんな中で無駄話をしている者がいた。

「しっかしよぉ、プロータさんは本当に強かったのかね」

「確かに……勇者といっても人間4人だろ? そんなのに負けちまうなんてな……」

 2人の魔物はデフテロンの配下の者である。


「おい」

「ん……はっ! デ、デフテロン様!」

 サボっている2人を見かねてか、デフテロンが直接声を掛けた。

「喋るのもいいが仕事をしながらにしろ。手が止まっているぞ」

「は、はい!」

「申し訳ございません!」

「それとな」

「ほ、他にも何か……?」


「プロータのことを馬鹿にするな。次に聞こえたら……貴様らをどうするか分からんぞ」

 その言葉が脅しでないことは2人にもよく分かった。



「はぁ……」

 砦の最上階で、デフテロンは深いため息をついた。

「どうかされましたか、デフテロン様」

 彼の側近であるディオが、心配に思ってか声を掛けた。

「ああ、すまない。このところ忙しかったからな」

 この2日、物資の手配や砦への移動で慌ただしく、落ち着ける暇などなかった。


「これでようやく、親友を弔うことが出来る」

「親友……? もしやプロータ様のことなのでしょうか」

「そうだ。吾輩は奴とは魔王軍入隊時の同期でな。何かと気が合うことが多かったのだ」


「互いに切磋琢磨し、戦場で実績を残そうと奮戦した。ときに奴の槍と吾輩の剣を交えることもあった。ともに小隊長を務めたこともあった。それから数十年を経て晴れて共に四天王となったのだ。」

「そうだったのですか……先ほど部下を叱っていたのには、そういう理由があったわけですね」

「まあそうだな。しかし先のことは我ながら大人気なかった……どうも奴を馬鹿にされるのは許せなくてな」

「親友でしたらそれは当然のことでしょう」


 デフテロンはプロータのことを思い返していた。

「何よりもな……あいつは心が強かった」

「心……ですか」

「ああ。プロータは敵が強くとも決して諦めない、不屈の精神を持っていた。……おそらく吾輩よりも強い。きっと最期まで気高くいたのだろうな」

 デフテロンは伝令からプロータがどのように討ち死にしたかまでは聞けていなかった。亡骸は見られず、遺された槍だけが彼の下に届けられていた。

「……それではデフテロン様。この度の戦は敵討ちでもある訳ですか。とても心苦しいことで……先ほどのため息もそれで」

「う、うむ。それはそうなのだが……」

 デフテロンは口を閉ざしてしまった。


「どうかなさいましたか?」

「ん、ああ。実を言うと溜息の理由は別にもあってな」

 デフテロンは大きな目玉をキョロキョロと動かしている。

「あぁ……これは四天王の2番手、つまり吾輩の地位の者に伝えられていることなのだが、勇者のような敵対者に対してな……」


「“奴は四天王の中でも最弱”と言わなければならんのだ」



「……は?」

 ディオは思わず素の反応をしてしまった。ポカンと口を開けたままである。

「はっ! し、失礼いたしました」

「いや、良いのだ。そのような反応になるのも当然だ。吾輩も前任から聞いた時は同じようになった」

 デフテロンは快くディオを許して笑っている。

「さ、さようでございますか。それで……何なのですか、その言葉は?」

「うむ。なんでも『1人目を倒せたからといってその後も上手くいくと思うなよ』と威圧するための言葉、だそうだ」


「では、何故その言葉でため息が?」

「簡単なことだ。プロータは吾輩にとってかけがえのない存在だった。戦いにばかり明け暮れて所帯も持たなかった我らにとっては互いが家族のようなものだった。そんな大切な親友を“最弱”と言ってけなせる訳がないであろう」

 デフテロンはニヤリと笑う。

「デフテロン様……」

 デフテロンの優しく凛々しい性格こそが、四天王として部下を率いることの出来ている所以であった。

 ディオもこの人格に憧れて部下となった1人だった。


「しかし、あのプロータがやられたとなるとな……」

「デフテロン様……?」

「勇者どもはかなり実力があるようだ……やはりハッタリを効かせたほうが良いのだろうか……」

「えぇ……」

 一転して煮え切らない態度である。先ほどまでの凛々しさが嘘のようであった。


 *


 翌日。勇者達が遂にデフテロンの待ち構える砦へとやって来た。

 勇者一行はリーダーの剣士、盾役、魔法使い、回復役とオーソドックスな構成の4人組であった。


 デフテロンは自ら最前線へと赴き、勇者一行へと威圧をした。その傍らには側近のディオもいる。

「よく来たな人間の勇者どもよ。四天王が1人、プロータに勝てたようだな。やつは強かったであろう。しかしこのデフテロンは貴様らにやられるつもりはない」

 デフテロンは内心では『プロータの株を落とすことなくプレッシャーを与えられた』と自負していた。


「……ククク」

 勇者一行はしばらくキョトンとしていたが、声を抑えるようにして笑い出した。


「どうした? 何がおかしい」

 デフテロンは目つきを一層鋭くして勇者一行に問いかけた。

 剣士はこう答えた。

「いや、そのプロータってやつ四天王だったんだなと思ってな」

「……は?」


 剣士は話を続けた。

「確かに他の魔物に比べりゃ多少は強かったと思うけど。でも俺たちにかかれば楽勝だったし。なぁ?」

 剣士が他の仲間へと尋ねる。仲間は笑いをこらえながらもうんうん、と同意していた。


 デフテロンは、もともと青みがかっている顔が、その面影をなくすように赤くなっていた。その様子を間近で見ているディオは「デフテロン様?」と声をかけるが反応はない。

 勇者達はそんな様子には一切気がついていなかった。


「ホント馬鹿みたいに向かってきてさぁ。いい加減負けを認めて大人しく死んでろよって思ったよね」

 勇者達が一言話すたび、デフテロンの顔は赤くなり血管が浮き出てくる。


『プロータは敵が強くとも決して諦めない、不屈の精神を持っていた』

 デフテロンのその言葉を思い出したディオ。彼は勇者達がデフテロンの地雷を踏み抜いていることに容易に気がついた。


「本当しつこくてウザかったなぁ。今思い出しても笑えてくるよ。アハハハ——」


 次の瞬間、デフテロンは剣——人間の体躯からすれば大剣だが——を引き抜くと、すぐさま左から右へと振った。それにより先頭にいた戦士の首は空高く跳ね上がった。

 右腕はそのまま最高点に達すると、戻る勢いで盾役の首を落とす。鎧は一切のヒビが入ることなく斬り裂かれた。

 勢いよく振り下ろされた剣は地面に突き刺さったが、デフテロンはそれを足で蹴り上げると左腕に持ち替え、魔法使いと回復役の頭をまとめて薙ぎ払った。

 勇者達は自らの首を一瞬で落とされたことにも気づかないままに、数秒笑い続けた後に息を引き取った。

 勇者達の胴体は生きていたままのバランスを見事に保ち、倒れることはなかった。


 *


「四天王デフテロンよ。此度の貴殿の活躍を魔王ヴァシリアの名の下に讃える。以後、より一層精進するがよい」

 デフテロンは勇者を倒すという功績により、魔王直々に勲章を授かった。


 ディオらデフテロンの部下によって伝えられた彼の戦いぶりによって魔王軍の士気は上がり、晴れて人間の国を侵略することが出来た。



 戦争が終わったのち。

 デフテロンの部屋には剣使いである彼が使うとは思えない、傷ついた槍が飾られていた。

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