魔王様が「2位じゃ駄目なんでしょうか」という言葉に感化された結果、ナンバー2の俺が魔王をすることになった件について。

小嶋ハッタヤ@夏の夕暮れ

逆下剋上

 俺の名はジークフリード。魔王様にその身を捧げし魔剣士だ。

 卑賤ひせんの生まれであったが、鍛錬を積み上げることで数多のいさおを立ててきた。魔王様からも望外の引き立てを賜り、今では魔王軍のナンバー2と呼ばれている。

 この日は配下の魔族たちに剣術を指南する予定だったが、急遽取りやめとなった。魔王様より召見を拝したからだ。おそらく新たな指令が下るのだろう。偵察か、潜入か、はたまた掃討だろうか。何であれ俺は勅命に従うまでだ。

 この身は魔王様の道具でいい。そう決めて生きてきたのだから。


 魔王城へと趣き、王の間へと足を運ぶ。魔王様との謁見だ。

「ジークフリード、参上しました」

「おお、来たな」

 魔王様とは長らくお会いしていなかったが、威風堂々たる御姿は健在だった。だが何より感じるのが、圧倒的な力の差。ナンバー2と呼ばれた俺でさえ、魔王様から見れば路傍ろぼうの石も同然だろう。

「ジークフリード。お前の力を見込んで、頼みがある」

「私は貴方様の剣。如何様にもお申し付け下さい」

「そうか。では早速だが……」

 魔王様は俺の肩をぽんと叩き、こう言った。

「お前、オレの代わりに魔王やれ」

 その言葉を受けて一瞬思考が停止した。しかし俺はすぐに意図を掴んだ。

「つまり、私が魔王様の影武者になれば良いのですね」

 魔王様は普段、魔王城にお住まいだ。堅牢な城内に居る限り身の安全は保証されているが、万が一という事もあるだろう。

 だが魔王様は首を横に振っていた。

「違う違う。そのまんまの意味だって。役割交代ってこと。これからはジークフリードが魔王になって、オレ様がナンバー2になるの」

「……はい?」

 俺が、魔王?

 混乱極まる俺をよそに、魔王様は魔水晶を取り出した。

「ほら見てみ」

 魔水晶は過去の映像を映し出すマジックアイテムだ。見ると、大勢の人間が集まって何やら話し合いをしている様子だった。

まつりごとの最中ですか、これは」

「ああ」

 意外だった。魔王様が人間の政治に興味があっただなんて。

「人間など愚かで矮小な存在ですが、頭数を揃えることで知恵を絞ることは出来る。人間の為すことからも貪欲に学びを得ようとするとは、流石は魔王様。目の付け所が」

 と、言っているそばから人間どもが乱闘を始めた。話し合いが白熱し過ぎたらしい。

「いやー、面白えなあ人間どものやることは! こうなるんだったら初めから殺し合いで決めりゃいいのによ!」

「……同感に御座います」

 激しい乱闘が終わったあと、また新たな映像が流れた。

「これこれ。ジークフリード、今からこの女が面白いこと言うから聞いてろよ?」

 見ると、議会では予算削減について話し合われていた。その国は世界一の魔法技術を持つことで有名だが、昨今は税収の減少に難儀しているという。槍玉にあげられていたのも、莫大な国費がかけられている魔法研究所についてだった。

 一人の女が大勢の男たちに囲まれながら弁舌をふるう。

『我が国の魔法技術が世界一であることは誰もが認めております。しかし、直ちに経済へ影響の出ない魔法研究に必要以上の税金を注ぐなど国民が認めますか? それに、例え一位でなくなったとしても我が国の権威は揺るぎません」

 女は天に拳を突き上げ、こう叫んだ。

『ですから私はこう言いたい。二位じゃ駄目なんでしょうか!?』

 その言葉を聞いた魔王様は、あろうことか拍手をしていた。

「いやいや。目から鱗ってのはこう言うんだろうな。この女、いい事を教えてくれたよ。オレ様は別に一位で居続ける必要なんかないわけだ」

「め、滅相もありません! 魔王様はこの世の最上に御座おわす方! 常に一番手でなくては!」

「は? お前、オレの考えにケチつけんの?」

 瞬間、全身が総毛立つような感覚に襲われた。

「い、いえ! 柔軟な考えをお持ちであると再確認した次第で御座います」

 その答えを聞いた魔王様は、上機嫌に「だよなー、そう思うよなー」と言った。

 あの時の魔王様が放った殺気。あれは本気のそれだ。うかつな返答をしていたら最期、跡形もなく燃やし尽くされていただろう。

「だいたい、魔王なんて退屈なだけなんだよ。だだっ広い城で、こうやって魔水晶で遠見をしているだけの毎日。気が狂うぜ、こんなの」

 豪奢な魔王城にて、どっしりと構えてくださればそれでいいのだが……。

「じゃ、そういうわけだジークフリード。オレは魔王を降りるから、後は頼むな!」

「承知致しました魔王様」

「やり直し! これからはオレ様がナンバー2になるんだから、もっと偉そうに言え!」

「は、はあ。では……」

 俺は生唾をごくりと飲み、恐る恐る言った。

「頼まれました……。スルト、さん」

「おう、任せたぜ! 魔王ジークフリード様!」

 こうして俺は、この日から『魔王ジークフリード』となったのだった。




 魔王城を明け渡された俺だったが、案の定やることがなくて持て余していた。なので普段は日課の鍛錬を続けていたのだが、この日だけは別だった。

 謁見の間にて、俺は一人の女と相対していた。

「お久しゅう御座います。魔王ジークフリード様」

 四天王の紅一点であるヴァナディースだった。跪いた姿勢だったが、その美しさは少しも損なわれていない。

「本日は魔王ジークフリード様へご報告に参りました」

「少し前まで同輩だった女から敬語を使われるのは落ち着かないな。もういい、楽にしてくれ」

「あらそう? じゃあ遠慮なく」

 ヴァナディースはすっと立ち上がり、挨拶代わりのウィンクを飛ばした。

 見目も麗しいこの女は『魅了』を始めとした精神支配系の魔法を使う。当然、俺に『魅了』は効かないが、その魔法の恐ろしさを知っているだけに気を抜くことはできない。

「どうだ、そっちの具合は?」

「四天王はもう散々よ。魔王……じゃなかった、スルトさんのおかげでね」

 四天王とは、魔王様に次ぐ地位に居る四人組のことだ。俺もかつては四天王だった。

 四人の実力は拮抗しており、誰が上で誰が下というのは本来無いのだが、主に俺が場を仕切っていたためか『ジークフリードが四天王のトップ』ということになっていた。魔王軍のナンバー2と呼ばれたのもこのためだ。

「スルトさん、ジークフリードの後釜だからって偉そうにアレコレ無茶なこと言うのよ。こっちも断りづらいから従わざるを得ないし」

「はは。想像つくよ」

「けど、今回だけは笑い事じゃ済まないのよ」

「……何があった?」

 ヴァナディースは魔法を行使し、目の前に映像を浮かび上がらせた。

 そこには一面が焦土と化した大地が広がっていた。

「ここ、どこだと思う? ヴィーグリーズよ」

「なんだと!? あの緑豊かな王国が!?」

「スルトさんが『早い話、人間どもを皆殺しにすればいいんだろ』とか言い出して。全力で暴れまわった結果がこれよ」

 何ということだ……。草木も生えぬほどに滅してしまっては、これから先ろくに生き物も住めなくなってしまう。

「こんなこと続けてたら、世界が丸焼けになるのも時間の問題よ! お願い、ジークフリード。貴方が直接、スルトさんを叱って!」




「久しぶりじゃん、魔王ジークフリード様」

 ヴァナディースたっての願いにより、スルトさんと話し合う機会をセッティングされた。

「こないだもまた、人間どもの住む国を灰にしてきたぜ」

 また新たな被害が出たか……。ここは俺が正しく言って聞かせなくては。例え相手が元魔王様であろうとも!

「その、スルトさん。人間どもを焼き払うのも良いのですが、その後のことを考えると……」

「その後ォ? 何よ、その後って。人間を一人残らず滅ぼして、魔族だけの世界を作るのが正しくないって言うんですかァ?」

「いや、その……」

 近くに居たヴァナディースが「頑張れ!」とエールを送ってくれた。そうだ、ここでガツンと言わねば!

「魔王ジークフリード様ァ? 文句あんなら殺り合いますゥ?」

「スルトさんの言葉が全て正しいです間違いありません」

 駄目だった! 駄目でした!

 あの人の威圧感に敵うわけがない! そもそも俺の心はどこまでいってもナンバー2であり、魔王様の部下。逆らうことなんて不可能だ。

「でしょぉ! ほら、仲直りの証に魔水晶でも見ましょうよ。また人間どもが面白いことやってますよ」

 映像には議会が映し出されていた。しかもまた「2位じゃ駄目なんでしょうか」の国だ。だが様子が様変わりしていた。

「この国、しょっちゅう元首が変わって面白えんスよ。今日はどんな殴り合いが見れるかな」

 瞬間、俺の頭に閃きが走った。




『これより、魔王様からのご通達があります』

 魔水晶に、覆面と首輪をつけられた男が四つん這いになって歩く映像が映し出された。その背に「新たな魔王」が跨っている。

『では、魔王ヴァナディース様よりお言葉を賜ります!』

 そう。今度はヴァナディースが魔王となったのだ。

 議会の映像を見て閃いた俺は、すぐさまスルトさんに提案した。「これからは魔王を四天王の持ち回りにしませんか」と。あの国は議員も元首もころころと変わる。それを参考にしたのだ。

 何故だか人間のまつりごとに興味のあるスルトさんは「面白いッスねそれ」の一言で快諾してくれた。

 俺ではスルトさんに歯向かうことなど出来ないが、他の四天王ならば手綱を握ることもできるだろう。

「しかしヴァナディースめ、やり過ぎだろ……」

 まさかスルトさんに『魅了』が通じるなんて。元魔王も、今やヴァナディースのお馬さんと化している。

 ともあれ、これで世界が焼け野原となる事態だけは防がれた。あとはヴァナディースが適当に職務を全うしてくれれば……。

「魔王として命じます。世界中から良い男を連れて来なさい! 人間だろうと魔族だろうと関係ないわ。私の美貌に相応しい男を集めて、極上のハーレムを築き上げるの!」

 ……は? 何言ってるんだ、あいつ。本気か?

 そうだ。他の四天王が魔王になった時の危険性は考えていなかった。

 もしや、これから先も頭の痛くなる日々が続くのだろうか?

 俺は「ただのナンバー2であった頃に戻してくれ!」と心の中で叫んだのだった。

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