ミステリーとして扱えないミステリー

九十九 千尋

二つの謎


 某日、都内の某所にて事件があった。

 小説のネタにせんと記事の概略を読んだ時、私は首を傾げた。

 事件は殺人であり、犯人の目星も殺害方法も分かっている。

 だが、が横たわっている。


 私は何度か読み返して、事件の内容を頭の中で補完することができた。

 予め言っておくが、この文章内では、二つの謎に関する明確な答えを示さないこととする。もちろん、答えは有るのだが……。

 それと、殺人事件である以上、胸糞悪くなることは予め忠告しておきたい。


 ただ解ったこととしては、このままではミステリー小説としては扱えない、ということが解った。




 事件の概略はこうだ。


 被害者は……仮称をAとしておこう。

 身長:162cm 体重推定:66kg

 Aは真面目な会社員で、三つ年下の女性と結婚しており、公私ともにトラブルのない人生を送って来た人間だった。悪いうわさも聞かず、借金は住宅ローンぐらいだ。

 持病はないが、数年前に大きな手術を外国で受け、その影響もあって投薬を行っている。


 加害者をBと仮称しよう。

 身長:183cm 体重75kg

 Bもまた、真面目な人間であった。家庭は持っていないが、牧師である両親は健在。雑貨の販売員をしており、Aとはそこで客と店員という関係で知り合ったらしい。

 親の影響もあり、敬虔で熱心な教徒でもあった。ちなみに、カルトの類ではない。


 二人は、雑貨店の店員と客という関係であったが意気投合し、プライベートでも付き合いがあるような関係であったという。

 だが、BはAを絞殺し、その後Aを複数回、自身の拳で殴打した。

 現場はBの勤める雑貨屋からAの自宅がある路上、少々人気のない場所で犯行は行われた。直接の死因である絞殺の凶器はAの着用していたネクタイである。

 動機は「Aの存在は間違っているから」とのこと……。


 この動機でありながら、Bは精神鑑定をパスしている。いたって精神状態は正常であり、薬物なども彼の体内からは検出されなかった。

 Bは本当に「Aは間違った存在なのだ」と思い、殺害したのである。

 これが一つ目の謎である。


 

 さて、これだけでは動機が謎であるというだけの話である。

 だがここに、もう一人の登場人物が加わるとややこしくなる。


 Aの奥さん、仮称はCとするべきか、Aの奥さんの方が解りやすいか……解りにくいかもしれない。

 身長:165cm 体重:57kg

 彼女は長年不妊治療を続けていたが、ここ数年は行っていない。理由を彼女は「子供は既に授かっていた」と、事件の事を聞いた警察に涙ながらに語ったらしい。続けて「私はを失ったのだ」と語ったらしい。

 ショックによる流産などではない。なぜなら、彼女が妊娠していた記録はどこにも残っていないのである。

 ちなみに、Bとの面識はなかった。


 ここで謎が浮き上がってくる。

 Cは妊娠しては居なかった。だが、子供も失ったかのような供述をしている。

「彼女が失った子供は、どこにいたのか。なぜ失うことになったのか」

 これが二つ目の謎である。



 さて、ここまで事件を振り返ってみて、この事件は本当にネタとしては扱えないな、と、私は確信を持った。


 これは、このままではミステリーとしては扱えない。

 ミステリーにおける「ヴァン・ダインの二十則」という物を知っているだろうか? アメリカの推理小説家S・S・ヴァン・ダインが示したもので、ノックスの十戒と同じく、ミステリーの鉄則とされるものだ。まあ、もちろん事件を元ネタに改変したものを出せばいいのだし、作品が面白ければ十戒も二十則も破る作品は多いが……核心部分がそもそも触れるのだ。

 このまま出せば、ヴァン・ダインの二十則の二番目に触れる。



 2.作者は読者をペテンにかけるような記述をしてはいけない。

 


 さて、事件の詳細は、あなたの脳内で補完できただろうか?

 では、二つの謎の答えは、どうなっただろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ミステリーとして扱えないミステリー 九十九 千尋 @tsukuhi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ