【魔法少女なぞか☆ナニカ】続編制作決定!!

五色ヶ原たしぎ

円環する猫目なぞか。





【緊急速報!】 『魔法少女なぞか☆ナニカ』 待望の続編制作決定!!


 その日、大人気アニメ【なぞナニ】の続編制作発表が行われ、ぼくを含む世界中のアニオタたちが狂喜乱舞した。Twitter上では【#なぞナニ続編】というワードが見事トレンド入りを果たし、ぼくらの愛する【なぞナニ】が、世間の幅広い層に知れ渡る良いきっかけにもなったはずだ。


 ぼくは興奮冷めやらぬまま、24時間体制で自らが運営するまとめサイトを更新しまくった。念のために言っておくと、本日ばかりはアフィリエイト収入が目当てじゃない。そんな不純な動機で、神聖なる神アニメを汚してはならないのだ。


 不眠不休の拡散作業。たとえ沢山の脳細胞がお亡くなりになったって、ぼくは【なぞナニ】の再臨を同士と共に祝福する。


 もっと知れ渡れ【なぞナニ】の名よ! 謎解きと百合、そしてヤンデレ魔法少女を掛け合わせたこの名作の魅力を、ぼくはひとりでも多くの人間に届けねばなるまい!


 何度でも言おう!

 その傑作の名は『魔法少女なぞか☆ナニカ』!!


 制作会社はマスト、脚本は長渕幻。

 キャラデザインは青木まつ、そして音楽は梶原雪。


 超絶一流のアニメ制作会社と、ぼくが心から尊敬してやまないクリエイターたちが、深夜アニメ枠で互いの個性と性癖を思うぞんぶんに垂れ流しまくったのだ。


 至極の組み合わせが織りなす重厚な世界観は、甘美にして破滅的。


 主人公の猫目なぞかと、その相棒である明火ぽぷらの心理描写も然ることながら、頼れる先輩、四つ巴ヤミさんが突如として殺害され、物語の序盤で早々にフェードアウトしていくという衝撃的な展開。ご都合主義の一切を排除した手法は、アニオタたちの心に深く牙を突き立てた。


 最高だ。何から何まで最高だ。

 あの感動と興奮を、ふたたび味わうことが出来るなんて!

 しかもなぞナニの続編制作は、すでに劇場版までも予定されているという。


 最高だ。

 最高だと思っていた。


 声優キャスティングの変更を知るまでは──。





【悲報】『なぞナニ』声優キャスト大幅変更! 声ブタ号泣「なぞかの闇を演じられるのは勇気青しかいないだろ!」


 なぞナニ再臨に沸くぼくらに飛び込んだ続報。それは受け入れがたい残酷な真実だった。主要声優陣の大幅な変更。初公開時からおよそ十年の時を経ていれば、そこには様々な事情があるのだろう。


 仕方がない。

 仕方がないことだと、分かってはいるんだ。


 それでもぼくの心には、ぽっかりと大きな穴が空いてしまった。なぞかの名ゼリフたちが、ぼくの頭の中でリフレインしている。


『最後まで笑顔でいてほしい』


 なぞかの言葉は、嘘だったのか。

 ぼくは笑えなかった。ただの1ミリも、笑うことができなかった。


「こんなことならっ! 最初から続編なんて!!」


 ぼくは巨乳美少女がプリントされた抱きまくらを棍棒のように振り回して、家の中をめちゃくちゃにした。ぼくの異変に気づいたお母さんが、「やめて! もうやめて!」とぼくの腰に縋りつく。


「こんなの……。こんなの、わけがわからないよっ!」

「どうしちゃったのタケシっ。昨日まであんなにごきげんだったじゃない」


 穢れがたまりすぎて、ぼくの心の輝きが失われていく。きっとなぞかだって、ぼくと同じ悲しみに打ちひしがれているに違いなかった。なぞかの声を演じられるのは、世界中でたった一人、勇気青しかいないんだ。


 アニメの最終回で、なぞかは未来永劫に終わりのない迷宮入り事件に囚われた。

 彼女自身が「謎そのもの」の概念となり、だからこそ彼女は、生きとし生ける者たちすべての心に寄り添って眠る存在となったのだ。


 安楽なるその眠りを、妨げてはならない。

 なぞかが選び取った結末を、なぞか以外が捻じ曲げることは、絶対に許されない。


 マストも、長渕幻も、青木まつも、梶原雪も、なぞかのこころを忘れたのか。

 なぞかの想いを、叶えたい願いを、忘れてしまったというのか!





 それから眠れない日々が続いた。『魔法少女なぞか☆ナニカ2』の放送日は、もう目と鼻の先にまで迫っている。今となっては興味のないことだが、新しくなぞかの声を演じるのは【水無瀬ねがい】らしい。


 正直に言おう。


 彼女の名前を聞いたとき、ぼくが「ああ、やっぱりね」と思ったのも事実だ。水無瀬ねがいは若手の中で一番の実力派だし、何を隠そうこのぼくだって、勇気青の次に好きな声優さんなのは認める。


 ──認めるよ。だけど水無瀬ねがいは、あくまでもぼくにとっての二番目なんだ。


 今のぼくは、水無瀬ねがいを受け入れられない。なぞかの言葉を借りるならば、「誰かが用意した偽物かもしれない」って、そう思ってしまうんだ。


 ぼくはうつろな気持ちのままで、毎日スマホゲームに明け暮れていた。30を過ぎてもアルバイトすら始めないぼくを見るたびに、お母さんはこれ見よがしのため息をつく。


 ──このままじゃダメだ。ぼくの魂には、穢れがたまっていくばかりだ。


 そう思ったところで、ぼくはTwitterを立ち上げるのが精一杯だった。スマホゲームのスタミナ回復待ちのあいだに、気分転換になるニュースでも探そうとトレンド欄を覗く。


 すると、どうだろう。


【#勇気青】【#勇気青なぞナニ】【#キャスト変更の理由】


 気になるトレンドワードがずらり並んでいるではないか!


 ぼくは適当なリンクをクリックした。すると勇気青本人が、今回のなぞか役を辞退した理由を吐露するインタビュー記事へと辿り着いたのだ。


 ふるえる心で、ぼくは記事を読み進めた。そこには声優・勇気青の本心が、飾らない言葉で赤裸々に綴られていた。またたく間に涙が溢れて、スマホの液晶が滲んでいく。穢れたぼくの心が、浄化されていくのがはっきりと分かった。


 ぼくの語彙力ではきっと、勇気青の想いを正しく伝えられない。だからこそぼくは、彼女の言葉を原文ママでここに書き記そうと思う。


「私のなぞかは、10年前に眠りにつきました。彼女が迷って、苦しんで、多くの痛みと引き換えに選び取った結末です。私は今でも、なぞかの想いが皆さんの中に息づいていると思っています。だから私も、このように大きな選択をさせていただきました。迷いと、苦しみと、多くの痛みを引き換えに」


 勇気青は続ける。


「私の後輩でもある、水無瀬ねがいちゃんが演じるなぞかを、受け入れるのも受け入れないのも皆さんの自由だと思います。今回の声優キャスト変更に皆さんが戸惑い、悩み、時には苛立ってしまう気持ちが私には分かります。だって私にも、大好きなアニメキャラクターが沢山いるから。誰が1番だとか2番だとか、決められないくらいに沢山いるから」


 ──1番でもなく、2番でもない。


 勇気青の言葉が、ぼくの中に染み込んでいく。身勝手な優劣に縛られていた、愚かなぼくの中に。


「皆さんに、想像してみてほしいことがあります。遠い日に私を卒業した【猫目なぞか】という女の子に、もう一度魂を吹き込んでくれる子がいる。その水無瀬ねがいちゃんが背負っている覚悟の重さと、魂の美しさを想像してみてほしいんです。それでも彼女の魂が、【猫目なぞか】にふさわしくないだなんて思いますか? 私は、こんなに多くの方に愛されている【猫目なぞか】は、とても幸せな女の子だと思っています」


 ぼくは自分自身を恥じた。人知れぬ決意を秘めた水無瀬ねがいのことを、「誰かが用意した偽物かもしれない」だなんて表現したことを。


 ぼくの思考は、ぼくの行為は、他ならぬなぞか自身を穢す行為だったと気付かされたのだ。





 ぼくは今、自室のテレビの前で体操座りをしている。膝を抱えて、背中を丸めて、何かに怯えるように。


 あと3分で、【魔法少女なぞか☆ナニカ2】が始まるのだ。


 本当は怖い。新しいなぞかに出会うのが、心の底から恐ろしい。けれど。


 それなのにどうしてだろう。

 ぼくはこんなにも待ち遠しいんだ。





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