短編19話  数あるあなたの二番ポイントエンター

帝王Tsuyamasama

短編19話

「ねぇ恵作けいさくくん」

「げっ、そう来たか……うん?」

 恵作くんがシェイクしたダイスをカップからボードへ投げ入れて、次の手を考えている。

「恵作くんは、私のこと……何番目に、好きっ……?」

「なっ、急に何聞いてきてんだよっ」

 こっちを向いてくれた恵作くん。

「私は……何番目、かな……?」

「えーっと……そ、そうだな……」

 恵作くんは私から目をそらし、やや斜め上を見ている。

「……二番目、かな」

(二番目……)

「そうなんだ」

「に、二番目だぞ! ありがたく思えよっ!」

 恵作くんは親指を立てている。

「……うんっ」

 なかなか部室で二人っきりになれることなんてないから、私は勇気を出して聞いてみたのに……

(二番目かぁ……)

 恵作くんはうそをつくような人じゃないから、本当に私のことを二番目だって思って言っているはず。

(じゃあ、一番がだれかいるっていうこと……だよね?)

 私の恋は……終わっちゃう、のかな……。

「資料の本持ってきたわよー。って、恵作は相変わらずブロットだらけの戦い方ねぇ……」

「おい見ろよこの本マニアックすぎだろ! てか『手に汗握るラストスパート合戦!』っていうおもしろそうなやつもあったぜ!」

「『バックゲーム・ザ・バックギャモンゲーム』は彩沙あやさが読むのぉー!」

 二人っきりだった室内は、みんなが帰ってきたところでにぎやかになった。


 私たちバックギャモン部は、三年生が六人、二年生が九人、一年生が十人の合計二十五人で活動している。

 最近全国的にテーブルゲーム系の部活が流行っていて、ドミノ部やモノポリー部と同じくらい人気が増えてきたバックギャモン部。サイコロがあるのにいろいろ好きな戦術で戦えて、逆転ドラマも多いのが人気になった理由じゃないか、ってテレビで全国バックギャモン愛好連盟、通称ギャモン愛連の人が言ってた。

 ここの部活でもたくさんの人数で活動できるのはうれしいことだけど、その分二人っきりになることが珍しくなったから、つい勢いで恵作くんにあんなこと聞いちゃって……

(でも恵作くんらしい、かな)

 私、弓永ゆみなが 深雪みゆきは、青海おうみ 恵作けいさくくんにとって二番目の女の子みたいです。

(夏の大会が終わったら、もう引退なのになぁ……)

 私の動かしたいチェッカーは、運悪く身動きできないでいた。


 今は夏休みまっただ中。今日は部活の日だけど、一年生は地域の他の一年生たちとの一年生合同合宿中。二年生は明日地域の二年生大会があるので今日はおやすみ。三年生の私たちだけがこの部室にやってきてる。

 結局さっきの勝負は私が勝っちゃったので、落ち込む恵作くんを横に通り過ぎて、資料を整理している京森きょうもり 知鶴ちづるちゃんとおしゃべりすることにした。

 身長は女の子の中では高い方で、ボブカット。彼女は堅実に戦うタイプで、ブロックポイントで壁を作りながらじりじり前へ進むブロッキングゲームが好き。

「ねぇ知鶴ちゃん」

「なにかしら」

 ちょうど棚の整理が終わったところで声をかけると、こっちを向いてくれた。

「知鶴ちゃんにとって、二番目に好きなものって言ったら、何が浮かぶ?」

「な、何その質問。そうねぇ……」

 知鶴ちゃんは指をあごに当てながら考えてくれている。

「……いちご、かしら」

「いちご?」

 おいしいよねいちご。

「ショートケーキあるじゃない。いちごが主役でおいしいのはわかるけど、あたしはいちごよりも乗ってるクリームが好きなの。だからいちごは二番目」

「私もクリーム好きかなぁ」

「でしょ? 主役じゃなくてもおいしいものなんていっぱいあるわよね」

 私、クリームみたいな人ってことかなぁ?


 次に、資料を眺めてノートにメモしている仲間院なかまいん 彩沙あやさちゃんとおしゃべりすることにした。

 彼女は気分次第でいろんな戦い方をする子。予測のつかないとんでもないムーブで相手がびっくりしてる間にいつの間にか彩沙ちゃんペースになっている、なんていうこともしばしば。

 身長は低くてかわいらしい女の子。今日は髪型カールの気分なんだね。

「ねぇ彩沙ちゃん」

「ほっほぉーこれはおもしろいなぁ……ん? なーにー?」

 メモを取る手を止めてこっちを向いてくれた。

「彩沙ちゃんにとって、二番目のものといったら、何があるかな?」

「二番目ー? うーんなんだろー。あ、うどんかな!」

「うどん?」

「うん! 一番はもち巾着! 三番はこんにゃくかなー」

 うーん?

「何のことかな?」

「おでんだよおでんー。一番はどう考えてもおいしい物で、二番目はたまに食べたくなる物が入るよねー」

 知鶴ちゃんと同じく食べ物のことだった。

「食べ物以外で二番目のものといったら、何かある?」

「えー? じゃあオレンジ?」

「果物?」

「違うよー、色だよ色っ。一番はピンク!」

 色かぁ~……。彩沙ちゃんは結構さっと好きな物を答えられるんだね。


 資料(?)を読んで笑ってる素走すばしり 内斗ないとくんにも聞いてみることに。

 内斗くんはちゃっちゃと逃げていくタイプ。逃げる途中にヒットしてはすぐに走り去っていくのが好き。ヒットエンドランが得意技。

 男の子の中では身長は普通くらいかなぁ。私よりも大きい。髪が短くつんつんしてる。

「内斗くん」

「ぎゃーっはっはっは!! この『爆笑! バックギャグン』っておもろすぎあ? どした深雪っ」

 本を下げてこっちを向いてくれた。

「内斗くんは、二番目の友達といったら、だれかな」

「はぁ~? 友達に一番も二番もねぇだろ? てかいきなりなんだその質問」

 あぁなんか変な顔されちゃった。

「ちょっと気になったことがあって」

「じゃあ深雪の二番目の友達ってだれなんだ?」

 う、うーん。

「……出てきません」

「そんなもんだろ? 人付き合いに一番があるとしたら、そりゃもう彼氏とかになるんじゃね? 深雪まさか彼氏いんの!?」

「い、いないよぉ」

「そっか! 彼氏作ったら教えてくれよ! そいつとバックギャモンやりてぇからな!」

「かっ、彼氏だなんて、そんな……」

 一番は彼氏、かぁ……彼氏さん……考えてたら熱くなってきたので、内斗くんから離れることにした。

(じゃあ、恵作くんは彼女さん、いるのかなぁ……)


 恵作くんも資料を読み始めたから、私は自分対自分で一人バックギャモンをしていた。

 ダイスカップを振りながら、チェッカーを動かしながら、ダブリングキューブを手でコロコロさせながら、恵作くんのことを考えていた。

 恵作くんは、果敢にヒットを重ねていくアタッキングゲームが好き。ダブルヒットの快感がたまらないんだって。私も陣形を整える前に打ち負かされたことがある。

(果敢にヒット、かぁ……)

 身長は私よりちょっと大きいくらい。内斗くんよりはちょっと低い。男の子らしい髪の短さで、荷物を持ってくれたり体調を気にかけてくれたりと優しいけど、普段おしゃべりするのも楽しい話題が多かったり……そんな男の子。

「深雪ちゃん、ちょっといいかな」

「あ、はい」

 部長の兵藤ひょうどう 晴太せいたくんが準備室から私を呼んだ。

 彼は相手の戦法に合わせて柔軟に戦術を組み換えつつ、ピップ計算が早くて、このバックギャモン部では一番に強い人だと思う。無茶するときは最高点数であるバックギャモン勝ちが狙えるときくらいだって。


 準備室で晴太くんと二人っきりだ私。

 いつもはそんなに意識することないのに、今はなぜか、恵作くんと二人で準備室にいたら……とか考えちゃう。

「深雪ちゃん、どうしたんだい?」

「えっ?」

「クローズアウトは深雪ちゃんの十八番おはこだろう? 深雪ちゃんらしくない動かし方じゃないか」

「あ、えと、そかな……」

 晴太くんは『今日のエンター&ブロッキングゲーム』という資料の内容を実際のギャモンボードで再現して、私が相手ならどうするかというのを聞いてきていた。

「何か、悩み事でもあるの?」

「う、うーん……」

 さすが晴太くん。私のこともお見通しなのかな。

「や、やっぱりなんでもないっ」

「そうか」

 晴太くんはおもむろに白いチェッカーを持って手ですべすべしだした。

「バックギャモンって、相手がいてこそのバックギャモンだよね。悩み事があるんなら、相手にぶつけてヒットしてみてもいいんじゃないかな」

「そ、そこバックギャモン関係あるかなぁ?」

「自分がプライムを作っていたら、相手はその先には進むムーブすることができない。でも自分の想いチェッカー解き放つベアリングオフするためにはいつかはプライムを崩し、そして心の隙ブロットが出来てしまうはずだ。それでも守っている間に相手へは時間をかけディレイを超えさせて、そして相手の心の内側インナーボードでは偏ってくる相手の想いチェッカー……自分は勝負には勝てても、相手の心は穏やかじゃないだろうね」

 晴太くんにバックギャモンで例えられちゃった……。晴太くんは本当にバックギャモンが好きなんだね。

「深雪ちゃんも、相手の気持ちダブリングキューブ受け止めテイクしたんなら、自分から再提案リダブルしてみるのもいいんじゃないかな。って、深雪ちゃんが何に悩んでるのか知らないけどねっ」

 晴太くんはちょっと笑っていた。

「また気持ちが入らないダンスしている感じになったら、相談してくれるとうれしいな。これでも僕は部長だからね」

 晴太くんはチェッカーをボードに戻した。ヒットされた赤いチェッカーはバーに乗せられた。


 私はまた部室に戻って、自分のカバンから小さなメモ帳を取り出す。そしてボールペンでこう書いた。

『今日一緒に帰りませんか? 校門出て左に曲がったところの公園で待ってます』

 私はメモをちぎって、勇気を出して恵作くんのところへ向かい、肩を叩いた。

「ん?」

 私は自分の口元で左手人差し指を立てながら、メモを右手で手渡した。

 恵作くんは黙ってメモを見てくれて、一度私を見た。

「さ、さっきの話だけどさ!」

 メモを学生服の右ポケットに入れながら声をかけてきた。

「俺、一番はやっぱ自分の戦い方が好きだからなっ! だから深雪のクローズアウト狙いは二番!」

 あ、さっきの二番目のお話?

「つまりー……自分を除いたら、一番は~……な?」

 恵作くんはまた資料『ディバーシフィケーションの魅力と奥深さ』を読み始めた。

(えっ……じゃあ、もしかして……)

 私も恵作くんの隣に座って、ちょっとだけ体を寄せて、一緒に資料を読むことにした。

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短編19話  数あるあなたの二番ポイントエンター 帝王Tsuyamasama @TeiohAoyamacho

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