2番目の杭が気になってしょうがない

naka-motoo

2番目の杭が気になってしょうがない

 高校に行く途中に貯水池というか湖があるんだけどさ。そこに等間隔で木の杭が立ってるんだよね。


 湖面から50cmぐらい突き出てて、全部で10本、並んでるんだ。


 そもそもその杭がなんのためにあるのかってのも疑問なんだけどさ、なぜだかいつも遅刻しそうな時間ギリギリでそこを通り過ぎるのに、どうしても振り返っちゃうんだよね。


 左から2番目の杭をさあ。


 幼なじみのクーコと一緒に自転車で通りかかった時に、こんなことがあったんだけど。


「ブッド! ありゃあなんちゅー鳥だっけ?」

「クーコ。一応女の子なんだから『ありゃあなんちゅー』とか言うなよ。ありゃあ、アオサギだよ」

「でもさ、こんなたくさんいると気持ち悪いよな」


 クーコがスカートばきでロードバイクというきわどいアングルすら意識外に追いやられるような異様な光景だった。


 10本の杭の1本ずつにアオサギが1羽ずつとまっているのだ。


「ブッド、1本だけいねーぜ」

「ほんとだな。左から2番目だ」

「やっぱりか」

「なんだ?」

「この間はでっけークサガメどもが甲羅干ししてたんだよ。一本ずつな」


 俺はその光景を想像して鳥肌が立った。


「でな、やっぱりいねーんだよ。2番目だけ」

「ふーん。なあ、クーコ」

「ほいよ」

「アオサギやらクサガメどもが一斉に杭に登ってる事自体異常な気がするんだが、じゃあ、その異常な状態になってない2番目の杭は正常ということなのか。それとも、他の杭と違うから異常なのか」

「いきなり哲学るなよ。異常なやつらとその中の異常なんだからどっちも異常だろよ」

「間違いない」


 そして今日は人間が1人ずつ杭に立ってる。


 片足立ちで曇天だが雨は降ってないのに傘をさして。


 やはり2番目の杭には誰もいない。


「クーコ、どう見る?」

「どうもこうもねえよ。学校行こうぜ」

「でも、人だぞ?」

「じゃあ訊きゃあいいじゃねえか。よー、おっさん!」


 クーコ。全員おっさんだぞ。


「なんだー?」


 うわ。一斉返信された。クーコは堂々たるもんだ。まったく怯まない。


「なにやってんだー?」

「杭に登ってんだー」

「なんでー?」

「こうするとラクなんだわ、体がー」


 クーコは満面の笑みでえくぼまで作って可愛らしく俺を見る。


「だと。さ、学校行こうぜ」

「いやいやいや。疑問が湧きまくるだろ」

「なら、核心訊こうか? なあ、あんたらー。どうして2番目の杭には誰もいねえんだー?」

「熱いのだ、2番目は」

「だと。行こうぜ」


 そうはいかんだろう、人間として。

 俺はクーコに宣言した。


「俺はクーコの彼氏としてこの事態を打開する」

「誰が彼氏だとー!?」


 どこからひねり出したのか、クーコは俺の背中を棍棒のようなものでえぐった。


「ぐあっ!」

「彼氏じゃねーだろ。幼なじみだろうがよ!」

「クーコ、それ・・・」

「今日の調理実習で使うスリコギだよ。すり鉢でゴマすって、ほうれん草を和えるんだよ!」

「お嬢さん」


 9人全員でクーコを呼ばわった。


「なんだ」

「今日、土木実習は?」

「あるぜ。だからこれも持ってる」


 クーコは月極め駐車場に看板でも立てる時に使うようなでっかい木槌を片手で、ぶうん、と振り出した。

 どこから? というのは愚問だろう。


「お嬢さん、それでこの2番目の杭を打つのだ」

「ええ? めんどくせー」

「ならば彼氏どのと一緒に」

「だから幼なじみだっつってんだろうが! まあいいや。ブッド、一緒にやろうぜ」


 なんにせよクーコが興味を示したのは厚遇だった。

 3番目のおっさんが4番目のおっさんとタンデムして場所を空けてくれた。

 3番目の杭に俺とクーコで立って木槌を振り上げる。


「くっつきすぎだ、ブッド!」

「離れたら落ちるんだよ!」


 木槌のヘッドが重すぎる。

 イナバウアーのような状態で4番目の杭のおっさん2人を痛打した。


「おおっ!」


 バザーン、と水柱をあげるおっさん2人。


「わり」


 の一言で済ますクーコ。

 絶妙だ。


「よっけ! 今度こそ!」


 バザーン!


 1番目のおっさんを痛打した。


 同様のことを3回繰り返し、ようやく2番目の杭を打った。


 ガコ。


 打った瞬間、杭が凹んで俺とクーコは危うく水面に転落しそうになる。


「もっと打つのだ!」


 水に落ちたおっさんどもも全員俺とクーコを叱咤する。

 ここが踏ん張りどころだ。


「そりゃ!」


 土木実習の時にスーパーバイザー教師から叩き込まれた気合を入れるコツを潜在意識から引き出し、打撃した。


 ゴコっ!


 音はしないが俺とクーコは幼なじみらしくしっとりと重ね合わせた互いの手の温もりを感じながら、木槌が杭を打ち込む感触に甘美なまでに酔っていた。


 同時に、ピロパラリロリン! ピロパラリロリン! というけたたましい、やや歪んだ電子音が鳴り響く。


 おっさんどもが全員スマホを取り出す。


「やったぞ! 幼なじみたちよ!」

「快挙だ!」


 おっさんどもの言葉の文章としての読解はできるが意味不明だ。


 俺とクーコは木槌を金銀鉄の斧のように湖深く沈め、自分たちのスマホを取り出した。


「ブッド。これなんだ?」

「エリアメールみたいだな。『2番目の杭がスゥイッチだった。髭を生やした男が飛び出した』?」


 俺とクーコがこの地方都市の狭量なエリアメールで誤認情報に嵌められているその瞬間、北極点から宇宙空間に向けて放出されたアイパッチに髭を生やした巨大なオヤジ型の飛行物体を、各国の衛星が全世界に動画で一斉配信していた。


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