チェンジチャレンジ

変太郎

たった1日の出来事

わたしは霧山歩夢きりやまあゆむくんのことが好きだ。このことを本人に伝えてはいない。伝えておかなかった自分が憎い。交通事故に遭った霧山くんは、わたしの想いに気づくことのないまま、植物状態になった。死んでないとはいえ、わたしの生きる意味は無くなったと言っても過言ではない。だったら何もかも捨てて霧山くんに会いに行こう。そんな馬鹿げたことを企んだ。そして今夜実行する。

入院中の霧山くんのところへ、一体どうやって会いに行くというのだろうか。無論、表立った手段はない。ならば法を犯す。

もう命なんてどうでもいい。わたし、病んでるかな?

取り敢えず彼が入院している病院の前に来た。が、そこからどうしたらいいか思いつかない。すると、雨が降ってきた。大雨だ。

真っ黒の空を無意味に覆う雲たちがわたしに向かって水を垂らしている。雲の上に行ければ雨は当たらない。雲の上に行きたい。

今夜は月明かりもなく、人工的な灯りのみで照らされた都会は、とても幸福を帯びているようには見えなかった。


わたしの体は雨晒し。真冬の寒さに鼻垂らし。ティッシュを取り出し鼻に当て、用を済ますと人の居ない路地裏の方へ投げた。そして向き直ると、そこでは紛れもなく怪奇現象が起こっていた。今世で話題となる都市伝説といえば、UFOや長髪を垂らす女の幽霊などだが、そこにはなんとも時代遅れな青く揺らめく"人魂"が浮遊している。死さえ恐れていない今のわたしに恐怖心は皆無。好奇心だけで満ちていた。その怪しげな灯りが、何か訴えかけている気がした。

すると、本当に訴えかけてきた。

「君に幸あれ。幸福は奪うものだ。なりたい人になれる能力を授ける」

明らかに精神状態が狂ったわたしは、二つ返事で礼を言う。

「ありがとうございます! こんなわたしを救ってくれて!」

自分がおかしいのだとわかっているだけ良いと思っている時点でもう駄目だ。

「なりたい人の顔を正確に想像し、想いを込めればその人と入れ替わることができる。魂と魂の交換だ。大抵はその場に相手がいないと想像力が足らず、失敗に終わる。そして、入れ替わったときには自分の体を相手が使うということはしっかりわかっておきたまえ。あとは君次第だ」

妙に意志の籠もった声に、責任を感じる。幸せを人から奪えと言う割には、奪う対象を気遣ってるし。

「とにかくありがとうございます!」

結構大きな声で言った。夜の都会を徘徊する輩の目線が集中した気がしたが、そんなことはもうどうでもよかった。霧山くんの苦しみを肩代わりすることができるなら。気づけば雨は止んでいた。


わたしはあの人魂が言ってたように、自分の体を使うことになる霧山くんのことを考えた。どうしたらできるだけ楽にその後の人生をわたしとして生きれるか。まず、スマホより紙の方が良いと思い、コンビニでメモ帳のボールペンを買う。それから公園に行って、灯りの下のベンチに腰掛ける。微かな灯りに目を凝らしながらたくさん悩んだ。その結果、わたしは賭けに出た。普通、ただのクラスメイトの体を使って生きるなんてことを、そう簡単に受け入れはしないだろうから、自分の気持ち全てを明かして本気でぶつかろうって。

しっかりこの能力についての説明を書き、知っているか知らないかもわからないけど、霧山くんの現状も書いた。その上で、最後にちょっとした恋文を添えて。


いざ入れ替わるとなると、緊張や責任、不安や背徳感が込み上げてくる。今更、騙されているのではという疑いさえ生まれてきて、一言で言えば恐い。一度落ち着こうと、深呼吸すると、人魂が言っていたことを思い出した。「大抵はその場に相手がいないと想像力が足らず、失敗に終わる」と言う発言。わたしごときの片思いで、成功させられるのだろうか。


手には入れ替わった時にすぐに見てもらえるよう、メモを。目を閉じて、意識を集中させる。普段の自慰行為のときのように鮮明に理想を思い浮かべる。段々意識が遠のき、自分がどこにいるのかわからなくなる。わたしは……誰?




目が覚めると、僕は公園のベンチに座っていた。何があったのだろうか。なんだか力を入れにくい。あれ? 右手から何かが落ちた。

砂のついたそれを拾って見ると、何やらメモらしい。箇条書きではなく、手紙のような感じで長文が綴られている。女性の字だろうか。

完全に日が暮れた公園のベンチで、記憶も曖昧な中、失礼ながら長文を読む気にはなれなかった。なので、誰が書いたのか、それをまず確かめようと思った。だから始めに一番下を見た。そこには一ノ瀬単いちのせひとえと書かれている。ああ! 思い出した!

同じクラスだけどほとんど話したことないな。そんなことを考えているとその上の文が目に入った。

「ずっとずっと好きでした。今も霧山くんのことが大好きです。」

「ええぇ!」

驚いて思わず一人で声をあげた時、その声が女の声、一ノ瀬の声であることに気づいた。


わたし(霧山歩夢)は、自らの容姿を確かめようと、あまり好んで使わない公衆トイレを珍しく使った。しかし、鏡を目的として入ったとはいえトイレである。男子トイレに入ろうとすると、中で用を足していたサラリーマンが驚いた顔でこちらを見たので、急いで女子トイレに入った。なんかいけないことをしてる気分だ。

鏡に映っているのは紛れもなく一ノ瀬単の顔、体である。理解できるけど理解できない。

その真相はあの手紙に書かれているのでは?と察したわたしは個室に入って手紙を読んだ。すると、そこには作り話のようなことが書かれていた。

とにかく、一ノ瀬単と霧山歩夢が入れ替わったということだろう。

にしても大胆なことをしてくれたものだ。それから、一ノ瀬が僕を好きだったなんて初耳だし、結構可愛いからとても嬉しい。ただ、一つ気になるのが、一ノ瀬単の魂は僕の体にあるのかということだ。だとしたら恐らく意識は殆ど無い中、病室で眠っていることになる。そんな……。わたしは一体どうしたらいいのだろうか。

「その能力を存分に使って自由に生きたまえ」

なんだ? 声のした方を見ると、青い人魂が揺らいでいる。もしかしてこれって手紙に書かれてたやつ? "それ"は、それだけ言い残してちょっとすると消えてしまった。

じゃあ、取り敢えずお互いの魂を戻そう。えっと、一ノ瀬の顔……。しっかりと思い浮かばない。今までそんなにじっと見つめたことなんてないからなー。逆に一ノ瀬は俺を見ずに入れ替われたのか。す、すげーな。

何度か試したが、案の定成功はしなかった。

でもよく考えてみれば、一ノ瀬は僕が一ノ瀬の体を使うことを望んだわけで、僕を助けるために肩代わりしてくれたのだ。

だったらいっそ、もうぐちゃぐちゃにしてやってもいいかな。一度死んだようなものなんだし、生き返ったとなればちょっとの悪事許されるよね?

一応初めの入れ替わりは、対象に一ノ瀬の体を預けることになるので、誠実そうな人を選んだ。が、そこであることに気づいた。何故一ノ瀬と僕が入れ替わった時にはこの能力が体側に残ったのに、今回は魂側に残っているのだろうか。

「感情がしっかりしていないやつには必要ないからな」

ついには姿を現さなくなった人魂が言った。

そのあとは奇抜なファッションの人、夜遊びが激しそうな人など、1時間ごとくらいに乗り換え、それぞれの体での活動、そして入れ替わられた側の混乱する様を楽しんだ。

そのうちに朝になる。病院が開く時間が来ると、再び真面目そうな人を選んで入れ替わり、いろいろやって、一ノ瀬の魂が眠る病室に入ることができた。

今更になって大変なことをした気になってきた。

「好き好き好き好き好き好き好き好き!」

誰かが好きを連呼している。声のする方を見ると、なんと今度は赤い人魂が浮いていた。


ふと、窓に映る自分を見ると、馴染みのない体がそこにあった。もう何がなんなんだろう。これは夢かな?

なんか得体の知れない赤い人魂が僕の名前と好きを連呼してるし。そんなに霧山くんが好きかよ!ってもしかして、この魂は一ノ瀬の!?

「君、一ノ瀬?」

「え! もしかして聞こえてました?」

「うん。因みに僕霧山だけど」

「かぁぁぁぁー」

「なあ一ノ瀬、なんで入れ替わったりなんかしたんだ?」

「え、なんかわたしもよくわかんないけど、助けられるかなって」

「そんな簡単に自分を捨てんなよ!」

「ごめん」

「今なら自分の顔を見て元に戻すことができる。一ノ瀬は知らないかもしれないが、自分の体に戻れば、それまで入れ替わってきた人も全て元どおりだそうだ。こんな変な救い方しなくても、一ノ瀬が俺のこと好きってわかっただけで、だいぶ救われたから」

「え! う、嬉しいけど恥ずかしいぃ……」

「じゃあ、戻すぞ」

「うん」

はたから見たら独り言を言っている成人男性でしかない僕を冷たい目で見る看護師のことは忘れて、本当の自分の顔で脳内を満たす。こんなに自分の顔のこと考えたの初めてかも。ばいばいこの世界。ありがとう一ノ瀬。





目を覚ますと、そこは公園だった。どうなったのか覚えていないはずなのだが、何故かスッキリしている。にしても少なくとも霧山くんがわたしの体を使ったはずなのに公園にいるのは何故だろう? ロクでもないサラリーマンが酔っ払って寝たのだろうか。

いつもの癖でパーカーのポケットに手を突っ込むと、何か紙のようなものが入っている。

取り出して広げると、文字が書かれていた。それも、霧山くんから、わたし宛に。


「もしかしたら一ノ瀬じゃない誰かのもとに渡っているかもしれませんがそれでもいいです。これは僕の遺書のようなものです。一ノ瀬、僕のために色々とありがとう。自分で言うのもなんだけど、君を助けた青い人魂、多分僕の魂だ。自分でも記憶はないんだけど、ちょっと僕の悪いとこが出ちゃってたみたい。まあ、一ノ瀬のおかげでなんだかんだ悔いなく眠りにつくことができました。本当にありがとう。僕も単が大好きです!」
















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