2番目争奪戦

楠秋生

一番にはなりたくない

 オレはずーっと一番だった。幼稚園のときも、小学校にあがってからもずっと。


 低学年の頃までは、なんとも思ってなかったんだ。どちらかっていうと、一番で嬉しかったくらい。それにオレはダントツで一番だったから、いいもわるいもなかった。


 だけど五年生になってタツヤが転校してきて、意識が変わったんだ。


「やった! オレよりちっちゃいヤツがいる! もう一番前じゃねぇ!」


 ……一番前ってイヤなことだったのか?

 

「オレ、前にならえ、の時に自分だけ腰に手をやるのがイヤだったんだ。へへっ。オレよりチビがいてよかったぜ~」


 それまで気にしてなかったのに、そんなことを言われるとなんだか居心地が悪くなった。すぐ後ろでタツヤが毎回のように「オレは一番前じゃねぇ」と嬉しそうに呟くのが、しゃくにさわった。

 くそーっ。伸びてやる!

 一番前じゃないと喜んでいるけど、タツヤとオレは一センチほどしか変わらない。夏休みの間に伸びて、二学期には二番になってやるぞ。




 オレは毎日小魚を食べた。そのおかげか、ぐんっと背が伸びた。田舎へ行ったときもおばあちゃんに「大きくなったねー!」と驚かれた。

 だから自信があったのに。


「よっしゃー! 今回もオレの方が高い!」


 悔しいことに、タツヤも同じように伸びていたんだ。ほんの数ミリなのに、大げさに喜ぶタツヤ。

 悔しがってみせるのはしゃくにさわるから、オレは負けても知らん顔をしていた。内心では、三学期こそ二番になってやる! と闘志を秘めて。




 それなのに、三学期もまたタツヤに負けた。


「お前、牛乳を飲まないから背が伸びないんだよ」

「たいして変わらないお前に言われたかないや」

「へっへーん。勝ちは勝ちだよーん」


 おどけて変な躍りをする。


「六年になるときには、絶対に勝ってやる!」


 挑発に乗って宣言してしまう。しまった。いらないこと言っちまったぞ。


「楽しみにしてるぜ~」





 六年になったらクラスが別れることを密かに期待していたけれど、残念ながら同じクラスになった。見た感じでは、今回もほぼ同じ身長だ。


 実はこっそりずるっこをしてしまった。底の高い靴を履いてきたんだ。もちろん上げ底で五センチもかわるようなやつじゃない。エアーが入ってて足への負担が軽くなるっていううたい文句の普通の運動靴だ。家を出るとき、瞬間的にそっちを選んでしまった。タツヤはいつもペタンコの靴を履いている。


 ずるっ子って言われないかな。……やっぱりずるいかな。


 自分でも何か悪いことをしてしまったような気がして、ドキドキしてきた。


「うわぁ~。負けちまった~! 一番前だ~! やられた~」


 背中合わせで比べて「カケルのが高いよ」の言葉を聞いたタツヤが、大げさにリアクションする。「くっそー!」としゃがみこんだとき、アイツの視線がオレの足元に……。

 バレたか? どくんと胸が鳴る。


「ずっりー! カケル、その靴はずりーよ!」


 タツヤが大声でオレの足元を指さして言う。


「たまたまこの靴履いてきただけじゃないか。そんなこと言うなら、脱いで比べようぜ」


 バレたことに内心ほっとして、改めて勝負に挑んだ。

 結果はまたしても惜敗。でもバレずにそのまま二番になるよりすっきりした気分的だった。




 そして夏休み明け。

 今回は最初から靴を脱いで勝負をした。


「やった! 今回も二番目だ!」


 タツヤが小躍りして喜ぶ。小魚をいっぱい食べたり、鉄棒にぶら下がってみたり、たくさんジャンプをしてみたりといろいろやったのに、やっぱり勝てない。しかも毎回ほんのちょびっとの差。

 悔しがっているオレの目に、異様なモノが飛び込んできた。


「タツヤ! お前、かかとになんかつけてないか!?」


 踊っているタツヤの足のうらが見えたのだ。かかとが四角く膨らんでいる。


「えっ?」


 ギクリと固まるタツヤ。


「足のうら、見せろよ」

「見つかっちまったか~。これならバレないと思ったのになぁ」


 ペロリと舌を出して頭をかくと、靴下を脱いで足のうらを見せた。

 そこには四角く折り畳んだ紙がセロテープで張りつけてあった。


「ぶふーっ。なんじゃそりゃ!」

「タツヤ、そこまでやんのかよー」

「お前ら、そういうのをどんぐりの背比べっていうんだぞ」


 本気で競いあってる俺たちを見て、周りの奴らは笑うけど、六番と七番とか、十二番と十三番とかいうのとはわけが違うんだ。一番と二番では、前ならえのときの格好が違うんだ~! 

 

 ちぇーっと言いながら、もう一度背中合わせになる。

 これでオレの勝ちだ! と誇らしげにはかってくれた友だちの顔を見ると。


「カケル。やっぱりお前のが負けてるよ」

「マジか! 小細工なんかしなくても勝ってたんじゃんか。やったぜ~!」

 

 負けを二重にされたようで、なんとも悔しい。来学期は小学生最後の勝負だ。なんとしても勝ちたい‼️





 冬休みが終わる前日、オレはいつものように近所のコウタロウの家に宿題を見せてもらいに行った。


「いつもわりいな」

「あの、さ。カケル、背伸びたよね」

「んあ? あー、そうだな。これでやっと一番前じゃなくなるぜ。小学校ラストになってやってやったぜ!」

「ボクが一番になるんじゃないかなぁ」

「お前、この頃縮んだもんな」


 ししし、と笑って言うと。


「ボ、ボク。一番前なんて、自信がないよ」


 コウタロウは泣きそうな顔をしている。

 そう、なんと二学期の間にタツヤは筍みたいにぐんぐん伸びて、二番目争奪戦からはずれてしまっていたのだ。かわりにこのコウタロウが二番目争いの相手になる予定だった。


「一番前って、重大責任じゃない」

「へ?」

「進む方向を間違えちゃったりしたら、みんなが間違うんだよ」

「そんなの、オレ、しょっちゅう間違えてるじゃん。先生がオレの頭をグリって向き変えてるの、見たことあるだろ?」

「そんなの、ボクにはムリだよー」


 本気で泣きそうだ。

 あー、こいつ、前に出るタイプじゃないもんなぁ。


「今、比べてみるか?」


 ……うーん。オレの方がほんの少し高いな。


「やっぱりボク、一番前になっちゃうんだぁ。どうしよう~」


 本気で悩んでやがる。オレやタツヤが嫌がっていたのとは別の理由で。


「しょうがないなぁ。オレが一番前になってやるよ」

「どうやって? みんなで比べっこするのに」

「この前、タツヤがやってたみたいに細工するんだよ。オレがつっこまなきゃ問題なしだ」


こうしてオレは、二番目の座をコウタロウに譲り、六年間一番前という不名誉を手にした。



 まぁ、いいか。最後の一回がどうこうなったって、オレがちっちゃいことにかわりはないもんな。


 タツヤとの攻防であれだけ固執していた二番目の座をオレは友情のために諦めた。


 へっ。オレってかっこいいぜ!

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2番目争奪戦 楠秋生 @yunikon

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