2番がいちばん

瀬塩屋 螢

私のいちばん

 二つのトロフィーをたずさえた彼がやって来たのは、式のフィナーレに上がる最初の花火と同時だった。


 ビシッと着込んでいたであろうスーツのネクタイを緩めて、少し怒っているのか、表情はもはや鬼だ。原因が自分なのは重々承知だが、元が固い顔なんだから、もう少し笑う努力をしろと言いたい。


「主役が抜けてきちゃダメじゃん」


 肩で息をする彼に、火に油を注ぎかねない言葉と、ピッチャーの水をぐ。冷たいグラスを「ハイ」と近付けると、更に眉間にしわが寄ってしまった。


「お前、言える、立場じゃ、ないだろ?」


「ははは~」


 気の所為せいだろうか。彼の喉以上に乾いているであろう笑いが、やけに響いて聞こえる。


 町の明かりだけで、十二分じゅうにぶんに明るい部屋とは言え、来客が来た以上電気を付けない訳にはいかない。

 電気のスイッチを軽く押すと、部屋に血が通ったようにオレンジ色の光に包まれた。

 予期しないまでに近付いていた彼と一瞬、視線が重なる。強くて鋭い光がある瞳だ。

 私は慌てて、グラスと交換で受け取ったトロフィーに視線を落として、そのまま彼の元から窓際に逃げる。

 彼の瞳に映れるほど、私は綺麗ではない。


 彼の瞳に充てられ、すっかり落ち着きを無くした心に平穏を取り戻すべく、彼から手渡されたトロフィーを見つめる。

 今回のトロフィーは年に一度あるファッションショーのデザインの大会だった。

 トロフィーには毎度ながら丁寧な事に、土台部分へ『TOUKO MINA』と私の名前が彫られている。金属製のはずなのだが、彼が握っていたおかげで、まだほの温かい。その温もりにつられるように、私はついにくすりと笑ってしまう。

 まったく、律儀にこちらのトロフィーを渡してくるあたり、彼は真面目だ。妥協なく真っ直ぐなのだ。

 それに比べて、私は。とても卑怯ひきょうで嫌な人間だ。


「いっつも言ってるんだけどなぁ、私これ欲しくないって」


 ほら、こんな言葉だって言える。彼が折角持って来てくれたのに、これで少しでも私の事を嫌いになってくれないか。なんて打算的に考える。


「それは、俺たちが決めることじゃないだろ」


 間髪入れない彼の声は、こんな狭い部屋じゃ奥まで届いて来てしまって仕方ない。

 声だけでなく、彼も私の方へ近づいてくるようで、木の床面が何度か擦れる音がした。


皆南みなが来たくないのは分かるけどさ。


「やっぱり俺は賞を取った以上、表彰されるべきだと思う」


 少し気遣うようにしつつ、それでもはっきりと名取なとりは私にそう告げた。


「一番じゃないんだもの、行く気になれないわ」


「いつも舞台袖で、お前のアシスタントからトロフィー渡される俺の身にもなってくれよ」


「それは、ごめん」


 違う会社の彼に頼むほど、私の会社での位置は特殊で浮いている。だから、うちのアシちゃんも、私も、同郷の彼に甘えている。

 それでも、行きたくない。あんな気分はもうごめんだ。


「名取はさぁ、裸の王様って知ってる?」


「? そりゃあもちろん……」


「私の服も時々、そうなんじゃないかって思う」


「透明ってこと?」


「そう」

 

 確固たるデザインの意思もない、ただ観衆いっぱん受けする服。リサーチにリサーチを重ね、他人ひとが好むモノから外れないデザイン。

 そんなもので賞を取ったって、虚しいだけ。

 名取のように、自分の気に入るものに妥協せず、賞を取れる人がいると余計にそう思う。


「俺はそうだとは思わないけどな」


 ふっと力を抜いたような名取が、肩寄せるように近付いて、私と同じ花火の上がる空を見上げる。


「服はみんなかのためにあるんだ。好きなものを形にすることが正しいってわけじゃない」


「名取がそれ言うと嫌味だよ」


「俺とか他の奴らとかはさ、平凡だからちょっとくらい凝らないと個性が出ないんだよ」


皆南は違う。


 得意じゃない癖に、私を元気にしようとわざとらしく笑って見せる名取の唇が私の名前を形作る。


みんなかじゃない自分の感性を持ってる。それを知ったうえで、みんなかを理解する努力をして、こうして賞を取ってる。本当にすごいと思うぞ」


「……」


 言いたい理屈は分かる。それでも納得できないのは、デザイナーのさがなんだろうか。 


「満足いかないみたいだな」


「自分の中の一番をみんなの一番にしたいと思うのは我が儘?」


「かもな。皆南なら俺はできると思うけど」


 随分とあっさりと言ってくれる。

 それが出来れば苦労はしないって言うのに。


「たかがリサーチしたくらいで、賞がとれるほど世の中甘くない。皆南のデザインと相まってこそだろ」


「言い過ぎだよ」


「いーや。長年大会で争ってる俺が言うんだ間違いないさ」


「、」


「リサーチしたモンと皆南の感性をすり合わせていけば、いつか絶対ちゃんと皆南が表彰台に上がる日が来るよ」


 彼の熱に浮かされるように気付けば、私は首を縦に振っていた。名取に言われたら出来そうな気がするのだ。


「ゆっくりでいいさ。今だって賞を取ってるんだからさ」


 焦るなよ。とでも言いたげな優しい手が頭の上に降りてきて、軽く叩く。子供扱いにも似ていて、少しムッとしたので彼の方を向くと、本当に優しい目をしていて、何も言えなくなる。


「てか、なんで俺がお前を慰めなきゃならないんだよ。万年二位は俺なのに」


 おどけて言う名取の言葉を聞きながら、私は窓の向こうに散った最後の花火の残像を眩しく見上げることにした。彼と一緒にいれば、いつかはこの手にあるトロフィーの金色を受け入れられる日が来る。そうだといいなと、思いながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

2番がいちばん 瀬塩屋 螢 @AMAHOSIAME0731

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ