2番目

@muuko

グリオットチェリー

 とろりと光る蜜の底に沈んでゆくのは、深くて濃い赤色の塊。


 ゆっくり、ゆっくりと沈んでゆく。蜜はひたすらに甘く、私の頭の奥をじわりと痺れさせる。


 ✳︎


 水曜日の4時間目、真ん中に置かれた像を囲んで、静かな教室では鉛筆が紙を擦る音と、生徒の作品を見て回る先生の足音だけがよく聞こえる。先生は時折生徒のスケッチブックを覗き込んでぼそぼそと小さな声で指導している。

 像を挟んで向かい側にいる先生は、今夏川カレンと話をしている。カレンは私の友達だ。二人とも目線はスケッチブックにあるけれど、先生がカレンのそばに顔を寄せると、大きな黒目がかすかに潤んだように見える。


『付き合ってるらしいよ。あの2人』

 噂好きなクラスメイトがここだけの話と言ってクラスの女子全員に話していた。

 先生と、生徒。現実ではあり得ない組み合わせに現実的な女子達は踊らされなかったし、何よりカレンは純真が人の形して歩いてるみたいに初心な子だから、そんなことあるわけないじゃんって誰も信じなかった。噂は噂のまま広がることもなく消えていった。

 そう、噂はあくまでも噂だ。本当のことなんて、周りの誰にもわからない。


 カレンはずっと前から先生が好きだった。先生と交わした秘密を、以前私にこっそりと教えてくれた。

 私は2人の関係をどうこう思わないし、誰かに言うつもりもない。だからカレンは私にだけ話してくれる。秘密の恋のときめきも、喜びも、押しつぶされそうな不安な気持ちも。


 ふと、像の向こうの先生と視線が絡む。カレンのもとを離れると、ゆっくりと、時間をかけて教室を半周して先生が私の後ろに立つ。


「見せて」

 耳を撫でる低い声。体を傾けて先生にスケッチブックを見せる。

「ここ。こういうタッチで描いてごらん」

 先生の細くて、でも骨ばった右手が私の右手を包むようにして、2人でスケッチブックにに鉛筆をのせる。

「また後で」

 他の誰にも聞こえない囁きを残して、長い人差し指が私の手の甲に触れて離れた。


 授業終わりのチャイムが鳴るとクラスメイト達が一斉にスケッチブックを閉じる。

「早く早く、いつものとこでお昼食べよ」

 カレンが駆け寄ってきて私の腕を引っ張って急かす。いつもの場所で、いつものように彼女は私に話すのだ。大きな黒目を潤ませて、頬を赤く染めて。先生と彼女だけの秘密のひと時を。

 私はカレンの友達だ。カレンが秘密を打ち明けられる、唯一の。


 ✳︎


 誰もこない美術室に2人だけ。

 あなたは私を抱き寄せて机に座らせると、細くて骨ばった指で、手のひらで私の背を撫でる。制服越しに、ゆっくりと。私は両腕をあなたの首に回して、舌を絡ませる。

 しばらくそうした後、あなたは私の頬に軽くキスをして、耳元に口を寄せていじわるそうに囁く。


「いいの? あの子に隠れてこんなことして」

 返事をする代わりに、もう一度あなたの唇を塞ぐの。

 深く深く沈んでゆく。甘い甘い蜜で私を満たして。


 彼は美術の非常勤講師。初心で可愛い彼女がいるのに私と平気でこんなことができる碌でもない男。

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