図書係と生き物係の恋愛博打ゲーム -動物トランプ編-

黒鉄メイド

動物トランプ

 放課後。静寂すぎる図書室に、ページをめくる音が響いた。

 その音の主は、他でもない僕であり、他には誰もいない。

 いるはずがない。当たり前だ。

 

 そもそも中学校の図書室の利用人数なんて、月で換算しても指で数えられる程度。

 来るとしても、雨が降った時の待合室か、ノ◯ウェーの森の挿絵に裸体の女性の絵があるという噂を聞きつけた男子連中がたまに見にくるくらいのものである。

 

 しかし、そんな環境は同時に読書をするのには最適だった。

 だから今日も僕は受付カウンターに座り、ただただ本をめくって目を離さない。そして話さない。


「やっほー! 図書係! げんきぃー?」


 だが、そんな読書をする上で最適な空間は、突如として勢いよく開いた扉の音と、外から入ってきた人物の手によって破壊されてしまった。


 誰もない図書室に踏み込んできたのは、制服の所々に泥を付け、軍手をはめた小柄な女子生徒。

 明るい髪色のショートヘアに、顔には元気印の笑顔が輝いていた。


「生き物係、何度言わせる。汚れた格好で入ってくるな」


 僕は相変わらず本から視線を逸らさず、外からの侵入者をたしなめる。


「大丈夫だって図書係、今日はそんな汚れてないからさぁ」


 しかし効果は全くもってなし。

 そんなことお構いなしにと、生き物係はステップを踏んで、真っ直ぐ受付カウンターまで飛び跳ねてきた。

 その姿は、彼女の世話しているウサギたちにとてもよく似ていた。


 受付カウンターまで着いた生き物係は、両手を腰に手を当てて首を下げて、僕の顔を除き込んでくる。

 だから読んでいた本でそれをガード!

 本を顔の前に上げて覆い隠した。


「また顔を隠して、この恥ずかし屋さんめぇ。それで、今日はまた何の本を読んでたの?」

「太宰治の『人間失格』」

「暗っら!? あ、でも最後はどうなるの? 教えて教えて~!」


 生き物係は、見たい映画のエンディングをネットで検索するタイプの人間だった。

 そして僕は溜息をつく。僕はネタバレをされたら、殺意が沸くタイプの人間だからだ。


「旅館のばあさんにえろいことされて、麻薬中毒になって終了」

「やっぱ暗っ!?」


 正確にはその後、『あとがき』というパートがあるのだが、別に教える必要はないだろう。

 

「駄目だよ! そんな暗い本ばっか読んでちゃ! たまには外に出よっ! そうだ! 明日一緒にウサギナデナデしよ〜! 楽しいよぉ〜!」

「臭くて面倒だからやだ」

 

 生き物を世話するなんて大変なことよく出来るなと毎回思う。

 それがこいつの最大の長所であり、利点だろう。様々な意味において。

 

 さて、雑談はこのくらいにして、早く本題に入るとしよう。

 

「それで何しに着たんだ、生き物係。暇なら帰れ。とういうか、とっとと帰れ」

「ひっどいなぁー! 図書係が終わるまで待ってるよ! というか、分かってるでしょ。ゲームだよゲーム! 今日こそ勝って、付き合ってもらうんだから!」

「知らんし、やらん。帰れ」

「なんでぇー! やろうよ~! ねぇ、やろうやろう!」

「身体を揺らすな、読みにくい」

 

 ゲーム。

 それは僕らに取っては、一つの恒例行事だった。

 

 事の発端は幼稚園の頃。

 生き物係が僕と結婚の約束をしたことが原因だった。

 

 生き物係は今でもその想いを持ち続けており、幾度となく僕に告白しては玉砕していた。

 

 そんな彼女があまりにも哀れだったため、僕は思わず口を滑らせてこんなことを言ってしまったのだ。

 

『ゲームでもして僕に勝ったら、付き合うくらいならいい』


今にして思えば、あの時の僕は心底なまでのアホだったという自覚がある。

罪悪感にかられてとはいえ、軽々しく口に出してはいけなかったんだ。


それ以来、生き物係は僕を捕まえては様々なゲームを挑んできては、こちらも全て撃沈していたのだった。


「お願いだよ〜! そんなに時間もかからないから!」

「やなこった」

「そんなに……私と付き合うのが嫌なの……?」

「うっ」


 生き物係は眉を落とし、しょぼくれた顔を見せてきた。

 

 その姿は、雨に濡れて弱っている小犬のようで、僕に罪悪感をひしひしと感じさせてくる。

 

 これだ──僕が口を滑らせてしまった時も、こいつはこの表情をしていた。

 

 いつも見せてくる明るい笑顔はなく、どこまでも弱った悲しげな表情。

 

 やめてくれ……それを見せられたら、言葉に困ってしまうじゃないか……


「……一回だけだからな」

「と、図書係大好きぃ!」

「こら、離れろ! お前今泥んこだらけじゃないか! 後臭いんだよ!」


 先ほどまでウサギ小屋にいたのだろう。草やらフンやらが混じった独特の匂いが鼻の中に微かに入ってきた。

 

 生き物係を引き離し、早くゲームをして帰ってもらうことにしよう。

 

「それで、一体今回は一体何で勝負するんだ?」

「ふ、ふ、ふ! ちょうどこないだ買った、これを使って勝負だよ!」

「動物トランプ……?」

「そう! 可愛いからつい買っちゃったんだぁ〜! だから今日は神経衰弱で勝負だよ!」


 生き物係は、トランプの封を切って、おぼつかない手つきでカードをシャッフルし始めた。


 カードには、一枚一枚、様々な動物とその動物にまつわる雑学が書かれており、見ていて飽きない仕様となっていた。

 

 なるほど、確かこれは面白い。僕少し欲しくなってきてしまった。


「そして今回は特別ルールとして、このジョーカー二枚も使うよ。これを引いたら、3ペア分やマイナスだからね?」


 生き物係が掲げたジョーカーにはフクロウが写っていた。

 

 もう一枚のジョーカーを引き、雑学の欄を見ると、

 

 『不幸鳥と呼ばれて忌み嫌われたり、逆に『不苦労』と言われて幸福の象徴として見られることもある』

 

 と書かれており、まさにジョーカーに相応しい動物と言うことが示されていた。


 にしても、マイナス3ペアか……。


「ジョーカーは二枚だから、下手すれば6ペア分がマイナスになるのか」


 そうなるとなかなかに厳しい。

 トランプの合計枚数は、ジョーカー二枚を含めて五十四枚。

 

 ジョーカーのマイナス分を含めると、奪い合うのは18ペア。

 互いに9ペアずつ取れば同点。

 ジョーカーを取らず10ペアを獲得できれば勝利となる計算だ。


 前述した通り図書室には誰もいないため、生き物係は大きく手を広げて、受付カウンターにカードを豪快に並べていく。

 そして──ゲームが始まった。

 

「やったぁー! 揃ったぁー!」


 最初にペアを揃えたのは生き物係。

 彼女はそれを皮切りに、次々とカードを揃えていく。


 明らかに揃えていくペースが早い──。

 先程から、引いたカード全てが、ペアとして成立している。

 イカサマか……?

 

 いや、こいつに限ってそれはない。


 生き物係は良くも悪くも嘘を付けない。だからブラフもかけれないし、何かを仕組むなんてこともできるはずなんだ。

 

 それは、長年一緒にいた僕だからこそ確信できる事実だった。

 

 そもそもそんな事が出来たなら、僕だって付き合うことには前向きになれたさ。


 イカサマでないのなら、思い当たるのは一つ。

 

 生き物係がカードを揃えられている理由──それは多分、彼女の特性によるものだ。


 言ってしまえば、生き物係はどんな動物からも好かれるのだ。

 道端を歩く猫だろうが、散歩中の犬だろう、動物園にいる動物ですら、引き寄せられるようにして彼女に寄ってくる。


 そんな嘘のようなすごい能力を、生き物係は持ち合わせていた。


 でもまさか、印刷された動物にもそれが適用されるなんて思いもしなかった。

 だがこいつならあり得る──そう確信できた。


 しかしこれは思った以上にまずい展開になったぞ。

 少しでもペアを揃えて、差をつけなくてはならない……。

 そう焦った矢先で、僕はやらかしてしまったのだ。

 

 めくったカードに描かれていたのは、こちらを見つめる丸い瞳をした鳥。

 僕はそれを見て、手から汗が噴き出した。


「このタイミングで……ジョーカーだと……!?」


 めくってしまった。

 まさに最悪のタイミングで、不幸鳥は僕の手元に降り立ったのだ。


 これにより、僕にはマイナス3ペア分のハンデが加わり、せっかく揃えた札は紙くずにへと変わった。


 くそっ! 少し焦りすぎた!

 生き物係が絶好調なこのタイミングで、これは痛い。このまま大差をつけられてしまえば、もう追いつくことは不可能となる。

 

「おや〜、やっちゃったねぇ図書係ぃ〜? これで勝利からは遠ざかっちゃったよぉ〜?」

「まだ勝負はついてない。とっとと引けよ、後そのにやけ面やめろ」

「はら! はらをつままらいれろ〜!?」 


 チシャ猫のように歯を見せてきた生き物係の鼻を、鬱憤ばらしに摘んでやった。

 

 だが心情的にはあまり余裕はない。

 首に刃物を突きつけられた錯覚に襲われながら、手に汗握りつつ、生き物係がカードをめくるところを見つめる。


 これ以上、引かれるともう跡がない。

 僕は息を呑み、生き物係はカードをめくった。


 「ありゃ? 外しちゃったか……残念……」


 あっぶない! どうにか首の皮一枚繋がった!

 だが、依然ピンチには変わりない。


 その後も互いカードをめくっていき、僕はカードの場所を変えたり、なるべくめくられていないカードには手をつけなかったりと、様々な策を講じたりはしてみたが、生き物係との差を大幅に埋めることは出来なかった。

 

 そして勝負は、最終局面へとたどり着く。

 

 生き物係は現在8ペア。

 僕は6ペア揃えているも、ジョーカーのマイナス効果が働いて、実質3ペア分しか獲得していない状況だ。


「やったー! 揃った!」

「くっ!」


 ついに生き物係が9ペア目を揃えてリーチをかけた。

 最早彼女の勝利は目前。


 生き物係がジョーカーを引けばまだ巻き返しも考えられるが、そんなのは狸の皮算用。卓上の空論にすぎない。

あのどんな動物にでも好かれる生き物係なら、ジョーカーすら避けていくだろう。

 そんな期待は最初から捨ている。


 だがそれでもないか?

 なにか逆転の手立てはないのか……!?


 全身に汗が流れる感覚を感じながら頭の中で策を探す僕を、生き物係は高揚感溢れる顔で見てきた。

 

 それは、目の前に近づいた報酬を今か今かとと待ち望む者が見せる、期待の眼差し。

 人間が最も幸福に感じられる、『欲しい物が手に入れる瞬間』の甘美を、生き物係は存分に味わっていたのだ。


「こ、これでようやく、私と図書係が恋人になるんだ……! えへへ……それじゃあ朝毎日おはようのキスしたり、ご飯の食べさせ合いっこしたり、一緒に動物たちと触れ合えるんだぁ……はぁー! 漲ってキター!」


 中学生にもなって、そんな甘々な想像を沸きあがらせる生き物係に、思わず頭を抱えてしまった。

 

 だから嫌なのだ、こいつと付き合うのは。

 そんな恥ずかしいことを学校の中ですれば一発で学校中の話のタネとなってしまう。

 

 それだけはなんとしてでも避けたかったが、ここまでくるともう神頼みしか出来ることはなかった。

 

 お願いです、神さま。あのアッパラパーなハイテンション女とだけは結ばれないでください。


「後一枚……後一枚揃えば付き合える……! うーんと……これだぁ!」


 生き物係が引いたカードは──外れ。

 ふぅー! ありがとう神様! そしてなんて心臓悪いんだ、これは!

 急いで勝てる算段をたてないと、心が保たないぞ……。


 冷や汗を流しながら考えを巡らす僕の視線に、不意にジョーカーのカードが目に入った。

 そこに描かれたフクロウは、真っ直ぐ僕を見つめいる。

 なんて不吉なタイミングか、こんな時にやめてほしい。縁起でもない。

 だが瞬間、何かが引っかかり、そしてある事に気がついた。


 生き物係のカードを揃えるスピードが、最初に比べて明らかに落ちていたのだ。


 最初こそイカサマを思わせるくらいの速さで揃えていたというのに、後半になるにつれてその勢い遅くなっている。


 そこには、なんらかの理由があるように思えた。

 そしてそれこそが、解決の糸口になると感じた。

 

 疑惑は仮説を立てて、仮説は確信へと変わる。

 間違いない、あの時から生き物係はおかしかった。と、いうことは──!


 僕は今まで避けていた開かれてないカードを、あえて片っ端から開けていき、あるカードを探す。

 逆転に導くための一手。

 そしてそれを、ついに見つけた──!


僕が手にしたのは、もう一枚のジョーカーだった。


「あらら、残念だったね。またジョーカーだよ。これでもう、図書係に勝ち目は無くなったね」


 余裕の笑みを浮かべる生き物係。

 だがそれを見ても、もう僕が動揺をすることはない。


「いいや、これを探してたのさ。この状況を打開するための──切り札をな」


 僕は、フクロウの絵柄が描かれたその切り札を取る。

 これでいい。

 これでもう、生き物係はペアを揃えることは出来なくなった。


「もうお前の負けは確定した。それじゃ、反撃返しだ、覚悟しろ──」

「っ!?」


 それを皮切りに、僕は次々とペアを揃えていき、生き物係の成績まで一気に追いついていく。

 

 生き物係も必死の抵抗とばかりにもがくが、ペアは一向に揃わず、額からは汗が滲み出ているのが見えた。


 ──そして、勝負は喫した。


「……どうして……なの? どうして負けちゃったの……? あんなに勝ってたのに……」


 成功からの転落は、どんな時でも辛いものだ。

 生き物係はひどく落胆し、瞳は虚空を見つめていた。

 

 だから、僕は理由を説明してやることにした。


「生き物係が負けたのは、勝利を確信したからさ」

「どういう……こと?」

「つまり、勝つことがプレッシャーになって、本来の能力を制限しちまったんだよ」


 現にカードが揃わなくなったのは、僕がジョーカーを引いてからだ。


 あの時から少しずつ生き物係は勝利に現実味を感じて、本来持ち合わせていた勘や、感覚、思考が鈍ってしまい、その結果負けたのだ。


 この事実に気づいてなければ今頃、僕の方が負けていただろう。本当にタッチの差だった。


「今回も僕の勝ちだ。もう諦めろ」

「うぅ……今回こそは……絶対に付き合えると思ったのにぃ……いけると思ったのにぃ……! うぅ……っ! 絶対に! 絶ぇー対ぃに諦めないんだから! うわぁ〜んっ!!」

「あ、おいちょっと……たく、毎度毎度なんなんだ、あいつは……」


 涙を周り中に撒き散らせながら、生き物係は図書室から勢いよく飛び出していった出ていった。

 

 私物のトランプはそのまま広げられたままで、カードに映る動物たちは主人が居なくなってしまったからか、寂しそうな目線で僕を見つめてきた。そんな気がした。


 僕はその中から一枚のカードを拾い上げ、掲げて見た。


 「不幸鳥と呼ばれたり、逆に福を運ぶと言われたりするて話は本当だったんだな、お前」


 僕はそう、カードの中にいるフクロウに向かって話しかけたのだった。

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