フクロウとキス
真風呂みき
第1話
私、福子。
彼のことが大好きなフクロウよ。
彼はね、毎日森にやってくるの。彼は私が、飢え死にそうなところを助けてくれたがきっかけで出会った。それ以来、毎日会いに来てくれる。
私は彼が大好きだ。
だから、私は毛繕いして身なりを整える。
森の中でも1番大きな桜の木の、1番低いところに生えている枝に、福子は捕まった。桜は咲き乱れて、ひらひらと花びらが舞っていた。お花見日和というのに、福子は桜よりもキョロリと首を180度に回して、彼を探した。
「おーい。」
彼は手を振ってやってきた。
彼は、中年くらいのスリムな長身の男性だ。右手には餌の入った綿の布袋を持っている。彼は笑いジワが目立つ、優しそうな顔をしている。
「待たせたね。」
そして、彼は右手に持っていた綿の布袋を広げ、お肉を少し干からびさせたような餌を取り出して言った。美味しそうなお肉の匂いが福子の鼻をくすぐった。
「これが欲しい鳥さんはどこかなー?」
私はそれを見て、私よー!と言っているのが彼に伝わるように羽をばさばさと広げた。
彼は私のその反応を見てニヤリとした。
「あれーどこかなー?いないなー?持って帰ろうかなー?」
そう言いながら彼は餌をまた綿の布袋へと、仕舞おうとした。彼が意地悪しているのがわかった私は、桜の枝から飛び立ち、彼の頭の上に行った。そして、彼のふわふわの髪の毛を爪で甘く引っ掻いた。
「ぎゃああ痛い!ごめん!ごめんって!やめてーーー!」
彼は慌てて餌を布から取り出して私に差し出した。私は彼の頭から離れ、すぐにその餌に噛み付いた。
そして、彼の肩に捕まり、彼がくれた餌をむしゃむしゃ食べた。
美味しい。口のなかで肉の旨味がとろける。直ぐにお肉は無くなった。
もう終わり?そう思い、私は彼の顔を覗き込む。
「可愛いなぁ。また明日来るよ。」
餌も嬉しかったが、彼がいつも笑顔でそう言ってくれる慈しみの言葉が、私は何より嬉しい。その気持ちが彼に伝わるように、私は顔の筋肉を彼の笑顔と同じように動かして、満面の笑みを送った。
いつもの様に、彼は私に餌をあげると森を出ていった。
普通のフクロウは、夜行性だ。しかし、彼に会うために、私は昼夜逆転している。そのため、昼間は眠いものの、夜に眠ることにしている。夜は、群れの巣に帰っている。巣には、
しかし、私に
神様、どうか、いつか私を人間にしてください。
私は、彼と出会ってからずっと願い続けていた。
桜が散り、もう葉桜になった頃。
彼はいつもの様に森へ来て、私に餌をやるとこう話した。
「なぁ、今日で会えるのは最後なんだ。」
福子は、その言葉を聞いて驚いた。
なんで、嫌だ、嫌だ。
「結婚するんだ。だから、僕はもう、遠くに行ってしまうんだ。」
そんな。
遠くって、もう会えないの?
私は、あなたと
あなたは、その人を愛しているの?
私は、ただただ頭を左右に傾げることしかできなかった。だって、フクロウの私の言葉は、あなたにはわからない。福子は頭を垂らした。彼の顔が見れなかった。
彼に伝えたい事が、こんなにあるのに。
私に人の言葉が話せたなら。
ああ、神様。
どうか……
どうか、私を、今すぐ人間にしてください。
福子は強く願った。
しかし、虚しくも、私はフクロウのままだった。
そして、私は悟った。
そうか、私は、人間になれないんだ。どんなに願ったところで、私はフクロウで、彼は人間なのだ。
私がフクロウだから、彼とは
フクロウでなければ、私は、彼とさよならすることはなかったのだろうか。
「なぁ、なにかして欲しいことはあるか?」
彼は、私の言葉をわからないくせに、優しく聞いてくる。
福子は、人間になれたなら、人間が愛を伝える時、お互いの唇を重ねる「キス」という行為をすることを知っていた。
だから、福子はそれをしたかった。そして、伝えたかった。大好きということを。
でも、フクロウの私にはそれができない。
福子に唇はなく、硬いくちばしがあるだけだ。
だから、福子はその硬いくちばしで、自分の羽根を1枚抜き取った。
羽根は1度抜き取ると、10年生えてこない。命の次に大切な羽根を、私は彼に差し出した。
「……僕にくれるのかい?」
ええ、あなたにあげるわ。
これが私なりのキス。
だからお願い。
私のこと、忘れないで。
彼は私を見つめていた。その瞳は、酷く悲しそうだった。
「……ありがとう。君のことは一生忘れないよ。」
彼は、羽根を受け取った。
そして、私は大きな羽根をふわりと広げ、彼の元から飛び立った。
見えなくなるまで、彼は私を見送ってくれた。
私は、広い、広い青空を飛びながら涙を流した。
私は福子。
彼のことが大好きなフクロウ。
さようなら。
どうか、私のことを、忘れないで。
フクロウとキス 真風呂みき @mahuromiki
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