差出人:Jun Eto<eeeetoooo4563.78@jvxnet-c.co.jp>

宛先:Odamari<ih8showTu@sfsmail.com>

送信日時:20XX/07/11,Tue,22:02

件名:(no subject)


土曜はすみませんでした。茉莉の前で潰れたんは多分初めてだったと思います。わりかんにしといてくれてありがとう。朝気付いたら上新庄の玄関やった

俺も茉莉のことが好きやったことがある。ことがあるっていうか、ずっとやった


それやったら早く言えと思ったやろ。


それでも薫と付き合ってたやん、と茉莉は思うやろ。


俺もそう思う。でも俺ヘタレやから あとジャッキアップもできひん。


負けないための確実な方法は最初から賭けないこと

ていうのはほんまやとおもう


でも、今さら言うても仕方ないけど、俺はほんまのことしか言われへんから聞いてほしい。東が茉莉の写真を撮りたいて言うてた時に、俺は隣でアホぬかせ、茉莉は俺のじゃと思った。でもよくよく考えてたら茉莉は俺の何でもなくて、茉莉はもう忘れてると思うけど、俺あの日はライブ行くって言うてたんも全然それどころじゃなくて、結局すぐ帰ってふてねしました。我ながら情けなかった。そのあと東からは、茉莉は俺のこと完全にただの友達やと思ってるて聞いて、それもだいぶこたえた。

知らんやろうけど



茉莉は本当に、全然男はいい、と思ってるか、それかどっかにすごい好きな人がいて黙ってるか、そんなとこやと思っていました。謎でした。でも、俺は茉莉と友達でよかった。男と女としてどうこうとかいうことになると、くだらんことで喧嘩したり腹立ったりあるけど、茉莉とはそんなしょうもないことが一切なくて俺は良かった。変な言い方やとは思うけど、茉莉は彼女とかより得難いひとです。


何が言いたいのか自分でもようわからなくなってきました


実は土曜茉莉と会う直前に薫と結婚することになりました。そのことと、転勤のことを話すつもりやった


いろいろほんまにごめん

ごめん

日曜仕事忙しかった? 俺は玄関で寝てたせいで風邪引いた。






 「俺も」、か。

 「も」、な。


 四日後、私はようやく順君のメールを開いたのだった。

「なっがいメール」


 臼井先生は相手に好きだと言われてああいうことになった。

 同じ言葉を私は東君の口から聞いたけど、アホか、と思った。

 私は私で、その一言が言うに言えず、長いこと悩んだ。そして結局その言葉は使わなかったけれども、言いたかったことはどうやら伝わったようだった。ただ、言ってしまって駄目にしてしまった。

 何なん。言葉って。

 いっそのこと、これを言うと間違いなくこういう事が起こりますよ、て最初から決めといてほしい。バルスとか。

 そんな話を、ずいぶん経ってから智にした。

 理解ってのはつまり願望や、って昔の人も言うてるけどな、とそのとき智は教えてくれた。「自分の聞きたいようにひとは他人の言葉を聞く、てこと」


 順君からはそのあともう一度だけメールが来た。「どうしてんの。俺は飛行機がいやや。土産とか欲しかったら言うて何でも買うたる」という短いものだった。私は、心から、気をつけてね、ちゃんと帰ってきてねと言いたかった。そんでまた会いたい、と。でもメール作成の画面を開いては閉じ開いては閉じ、結局何も返せなかった。

 自分の名前に従って、私があの中途半端な一言さえも完全に殺して、本当に一切黙っていればずっとあのままいられたのだろうか。おだまり。カミサマからのそういうお告げ。

 あのとき死ぬ気で我慢して、そうかそうかとただ聞いていたら、今頃どうなっていたのかな。黙っていてもいつか伝わることがあったのかな。

 そんなことを考える。

 私は毎日順君のことを思い出す。順君はどれくらい私のことを思い出すのだろうか。そもそも私のことを思い出すのだろうか。またいつか笑っておしゃべりできることがあるのだろうか。ひさしぶりー、とか言って。

 智と、私みたいに。


 雨なんか一滴も降らない日が続き、夜には紺色の空に天の川が輝くのを見上げて、七夕は旧暦でせなあかんでと順君が言ってたなと思い出しながら、明日着ていくブラウスとハンカチにアイロンをかける。

 いい加減に巻いた髪が、朝晩だけは確実に涼しくなってきた空気を含んで朝っぱらから乱れていくのを、順君がいた時にはもっとちゃんとしてたんやけどと手で直し、出勤してマネキン夫婦の塵を払う。

 粒あんが嫌いやったなと順君は、と思いつつ、月見団子をどこの店で買うか真剣に悩む第二水曜の定休日。

 早朝から稲刈りの準備をやっている田んぼの脇を歩きながら、大連の新米もおいしいのかなと考えて、出勤してマネキン夫妻を新しい衣裳に着替えさせる。

 台風の運ぶぬるくて強い風を浴びながら、順君とこは大丈夫かなと出勤し、台風も中国まではさすがに行かないのかと思い至って、フロアマットに掃除機で「バカ」と筋をつける。

 お隣の柿の木が鈴なりに実をつけているのを仰ぎ見て順君の眉毛の切れ目を思い浮かべ、出勤して掃除機のコードを引っ掛けてマネキン夫妻をなぎ倒す。

 週一本の勢いでアトリックスを消費し、

 太陽は連日あっという間に落ち、

 私は毎日毎日順君のことを考える。わたしはそれを、誰にも言わずにいる。


 そうして長袖を羽織ってやってくるお客を前に、グアムの説明のはずがハワイになるどころか、イースター島がタスマニア島になったりフロリダがシチリアになったりするままに、日暮しウェディングカウンターに向かう私の心に浮かぶよしなしごとは、かつ消え、かつ結び、私の日常を蝕んで久しい。満面の笑みで、おめでとうございますを繰り返すうちに、もう冬がやって来る。私の部屋の本棚には、あの白い封筒が入っている。中を見ることはないけれど。

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おだまり 灘乙子 @nadaotoko

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