エピローグ 境界とはいずれ失われるもの
〈人間編〉
ビルが並ぶ街を、土で汚れたトラックが走る。
都会に似つかわしくない無骨な鉄の作業車が止まったのは、やはり都会に似つかわしくない、静かな神社。
トラックから降りた若い男が、車内に向かって問いかける。
「えらいキレイな神社ですね? なんか、壊すのがもったいないような……」
「キレイなのは、ここを買い取った良からぬ宗教団体が、詐欺に使ってたからだ。本家のお宮さんはとっくに移転済みだってよ」
答えたのは、年配の男。
手元の頑丈そうな端末から、現場の指示書に目を通している。
「はあ、元のお宮さんも、またとんでもないトコに売ったもんですねぇ」
「なんでも、詐欺師の方が新しい事業を立ち上げるって、ベンチャーを装って近づいたらしい。今度払い下げられた先は、大手の商社って話だがな」
「神職者を騙そうとするから、事件なんか起きたんスかね?」
「ああ、信者が集団自殺してたってアレだろ。カルト宗教は何するか分からんな」
「ネットじゃ噂になってますよ? 化け物が出るだの、幽霊の声が聞こえるだの」
「今や呪われた神社ってか? ま、おかげで解体費をいつもより余分に貰えたんだ。とっとと、仕事に移るぞ」
端末を放り出して、トラックから降りる年配の男。若い男も、それに追い立てられるようにトラックから資材を持ち出す。
が、神社の奥に立っている人影を見つけて、声を上げた。
「ちょっと、ここは立入禁止ですよ!」
振り向いた人影は、すみません、と小さく答えて、立ち去っていく。
若い男は、それを愛想笑いで見送ろうとし、
すれ違いざまに、顔色を変えた。
「どうした?」
「い、いや、さっきの、なんか、フードの奥に、変な、ミミズみたいなのが、引っ付いてたような……」
「はあ? ネットの見すぎか? すぐ重機も来んだから、さっさとロープ張れ!」
「へえ、スンマセン」
怒声に気の抜けた声で返し、若い男が神社の門前に立入禁止の札を立て、黄色と黒のロープを張っていく。
慣れた動作だ。
一瞬見えたような気がするナニかも、もう見間違えに落ち着いたのだろう。
しかし、ほんの少し、わずか程度にはまだ気になるのか、道路の向こうに目を向ける。
神社の中に立っていた人影――フードを被った大学生くらいの影が、都会の人混みへと歩いて行く。
だが、巨大な重機が排気音を響かせながら視界に割って入ったせいで、それっきり、見失ってしまった。
「今の、バレたんじゃねぇか?」
「だ、大丈夫だよ、た、多分」
「でも、怒られてたぞ」
「うぅ、工事の人、ごめんなさい……」
数日前。
俺は見慣れた自分の部屋で、目を覚ましていた。
カーテンが光に揺れているのを見て、ようやく生きていたらしいと実感する。
視線を動かすと、布団が敷かれていないベッドに、血と土で汚れ、火で燃え落ちボロボロになった服。
どうやら、夢という訳でもないらしい。
起き上がると、後頭部に激痛が走った。
同時に、声。
「ダメだよ、まだ動いちゃ」
声の主を求めて、身体を半分起こしたまま、視界を巡らせる。
誰もいない。
「こっちだよ、こっち」
声の後を追って、目を動かす。
脇腹のあたり、上着に空いた穴から、小さな触手が見えた。
服をまくる。
そこには、人間の身体と同化した、ヨハンナがいた。
……キモい。
「もう、酷い」
「いや、酷いって……なんで分かった?」
「だって、勝手に聞こえてくるんだから、しょうがないじゃない」
そういえば、触手は喰った相手の感情はある程度分かるんだったな。
「つまり、俺はヨハンナに喰われてる訳か」
「分かって言ってるでしょ?」
苦笑しながら、起こしていた身体をベッドに沈める。
先ほど傷んだ箇所が、背中から伸びた触手に受け止められるのが分かった。
「よく、人間の身体と融合できたな」
「大変だったよ? 折れた骨抜いて、火傷した皮膚も剥がして、代わりに触手でつないで。ダメになった筋肉とか、内蔵を動かすのだって……」
「想像するから止めてくれ」
自分も一度は触手になったせいか、妙に生々しい絵が思い浮かぶ。
俺は、頭の中の手術風景をかき消すように、ヨハンナへ問いかけた。
「人間の身体を、気持ち悪いと思わないのか?」
「それは、思うよ?」
「じゃあ……」
「でも――」
今度は、疑問をかき消すように、触手が身体を包み込んできた。
塞がれた視界の中、流れ込んできた想いは、
「アキュラムと、ううん、アキラと一緒にいれるのは、嬉しい」
確かに、自分の気持ちと重なっていた。
〈触手編〉
地球によく似た、青い星を見上げる月の上。
銀色の砂の大地にそびえる、始祖の史跡と呼ばれる石柱の間。
ひっそりと、2つの小さな石碑が置かれている。
ひとつには、「彼方の世界に旅立った英霊の碑」と刻まれ、
もうひとつには、「彼方の世界から巡りついた英霊の碑」と刻まれていた。
そして、双方に「我、美しき融和を謳い、理解を欲しながら、自らは為そうとせず、魔王城からはじき出され、ここに失う」と刻まれている。
そこに、2つの影が訪れた。
ひとつは、巨大な触手の塊、テンタクラー族。
一方の石碑に、石でできた花を添えて、去っていく。
もうひとつは、小さな触手の塊、妖精族。
もう一方の石碑に、古びた本を置いて、去っていく。
2つの触手は無言でしばらく同じ道を歩いたが、やがて別々の道へと歩いていった。
――「まっすぐ触手と歪んだ現代人」完
まっすぐ触手と歪んだ現代人 すらなりとな @roulusu
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