深夜、仕事開始
黒秋
男の仕事
その日は雨が降っていた。
これから仕事と考えると憂鬱で仕方が無い。
さてまずは自己紹介をしようか。
私の名前はジャック。
なんというか、これは仕事でよく使う
偽名のような物で中身はただの日本だ。
好きなものは朝のニュース番組の占い、
今日も見たが久しぶりに運勢は1位だった。
私の仕事は実力もそうだが
運も時に重要だと考えている。
そして嫌いなものは…雨だ。
傘を差しながらだと片手が塞がって
大事な時に 素早く動けない。
それに、美味しいはずのタバコが
少しシケている気がして気に入らない。
さて。面倒でも仕事は仕事だ、
重く腰掛けた椅子から立ち上がって
私はドアを開けた。
豪雨、までとは行かないが
雨具を装備しなければ私のお気に入りの
コートはずぶ濡れになってしまうだろう。
今車に乗っている分はまだ良いが…
やはり雨は嫌いだ、
なんというか…煩わしい。
ジメジメとして、うるさくて…嫌だ。
傘立てから愛用の大きな傘を取り出しながら
そんなことを考えて闇夜の外出は始まった。
家を出て数十分。着いたのはとある商店街。
日中は活気ある場所だが
夜間、しかも深夜を迎えると
薄暗い街灯とシャッターが連なる
奇妙な場所へと変化してしまう。
商店街を抜け、暫く歩けば
上司から受けた仕事場所に着く。
今夜の仕事は警備の仕事だそうだ。
とある重役2名(内、片方は上司)が
その場所にて会談を行うらしい。
あまり聞かれたくない話だそうなので
警備は最低限。私ともう一人。
上司から信頼を寄せてもらっているのは
素直に嬉しい。
が、上司からの命令で
見た目が暑苦しいから装備は最低限にしろ、
なんてよく分からないことを言われており、
今日は愛用している 物 の中から
特にお気に入りの一丁のみ懐に入れている。
いつもは様々な道具を扱って
仕事を達成するのだが、これ一種のみだと
つまらない感覚を覚える。
「…おっと、少し遅れたか」
いつもは30分前に現地に着いて仕事を行うが
現在の時刻が既に約束の30分前だと
私の腕時計が示していた。
「まずいな急ごう」
「おっとその心配はいらねぇぜ」
商店街の店の一件からその者は姿を現した。
「……貴様は?」
「なに、あんたとあんたのチームの敵さ。
なぁジャックさん」
…ジャック、という名前は
一般人は知る由も無い偽名である。
目前の派手なスーツの男は
私の正体について知っているようだ。
「…ほう、そうか、では名前は?」
「ネームレスってことで一つ。
ーーーさて、この先に行かれたら
ちょいと困るんだ、足止めさせてもらうぜ」
「遅刻はあまり良くないのでな。
時刻通り行かせてもらおう」
ーーーあらゆることにおいて、
先手を撃つことは大切である。
ネームレスがへらへらと笑っている隙に
自らのコート内部に隠された
それ を取り出し、構えて 放った 。
バシュン、バシュンと特有の音が鳴り、
ネームレスの胸部に弾丸が突き刺さる。
ネームレスはそのまま後ろに倒れ、
動きを停止した。
「…しけているな」
この言葉はネームレスに向けてもそうだが
自分自身に向けての言葉でもある。
この先使う弾薬の確認をしたが
今日に限って拳銃内の物以外を忘れている。
この後も激しい戦いが予想できる。
…面倒なことをしてしまった。
ーーーしょうがない、
ネームレスの持つ武器を拝借しよう。
そう思い、ネームレスの死体に近づいて、
懐に手を突っ込もうとした瞬間。
自らの浅はかさをまた知ることになる。
「バーカ」
ネームレスは閉じていた目を開き、
いつのまにか持っていた大型のナイフで
私の胸から肩にかけての
斜めに切れ込みを入れた。
対応が早かったお陰で深い傷は
回避出来たものの出血は免れない。
「ッッ!」
「防弾ベストくらい考えろアホめ」
ネームレスがスーツを捲ると
胸に突き刺さった弾丸は
防弾ベストにガッチリと止められていた。
私は瞬時に後方へ跳んで射撃を再開した。
今度は勿論防御が何も無い頭部に向けてだ。
バシュン、バシュン。
と二連続で放った弾丸の一発は
立ち上がるネームレスの胸部へと向かったが
残りの一発の弾丸は正確に
奴の頭蓋へと放たれていた。
通常なら致命傷だろうが、
ネームレスという男は異常だった。
撃ち込まれた弾丸全てが弾かれ、
商店街のシャッターに叩きつけられたのだ。
「…!?」
「ふっ、凄いだろう?
弾丸を刃物で弾き返すなんて
サムライでも到底できまいよ」
弾丸を弾き返すとは簡単なことでは無い。
あのとてつもない速さの弾丸を目で捉え、
得物を当てるという行動は
常識ではありえないことだ。だが。
「集中すれば弾丸だって斬れる。
…お前が軽装だって事は事前に聞いている、
いつものように 厄介な小細工は
使えないってことも知ってるんだぜ?
終わりだ、ジャックよぉ!」
私の拳銃、メルトテックリボルバーの
装填数、つまり弾丸の数は六発。
四発は無駄にしており、
尚且つ余分な弾丸を車に置き忘れている。
一発。弾丸を奴の脳天に叩き込まなければ
ならないがこの状況で撃てば
確実に奴の神技で跳ね返されるであろう。
…好機を作るしかない。
「さぁ、切り刻んでや
真横へと走った。
シェルター集合地のここで唯一
ガラス扉のそこに全力で走る。
「ハッ!甘ぇ!」
ガラス扉を勢いで破壊し、
店内に強引に入って
ひとまず隠れることに成功したものの、
入店した瞬間に私の太腿に
鋭い痛みが突き刺さった。
「ぐっ……投げナイフか…」
先程、私の胸を切り裂いたものとは違う
小ぶりの刃物。
そのナイフは骨近くまで刺さっていた。
さらなる痛みを覚悟して、
脂汗をかきながらナイフを引き抜く。
…声にならない声が出るが
今はそれどころじゃない。
奴を倒す方法を考えなくては。
「はっは!!袋の鼠ってやつだなぁ!
近距離での俺のナイフは負けなしだぜ?
そんな狭いところに逃げた時点でOUTだ!」
外から笑みを孕んだ凶悪な声が聞こえる。
確かに化け物じみた刃物使いを前にして
近距離で戦闘を仕掛けるのは無茶だ。
やはり拳銃の弾丸を
命中させる必要があるが…
どうすれば、奴の防御をかいくぐって
弾丸をぶつけられるのだろうか。
「………分からん」
あまり良い案は浮かばなかった。
奴の足音が一歩ずつゆっくり近づいてくる。焦れば焦るほど脳内が濁る。
おかしくなった脳は
ふと今朝の占いコーナーを思い出した。
今日の運勢1位は私だ、
…全くもって、どこが運勢1位なのか。
確かどんな占い結果だったか…
ラッキーアイテムは何か言っていたな。
「今日はスーパーラッキーデー!
身の回り全てが君を助けてくれるよ!
どんなピンチに陥っても
一発逆転間違いなし!
ラッキーアイテムは…」
ラッキーアイテムは何だったか、
確か…何か一文字だったが…。
…私は占いの内容を
完全に信じているわけでは無い、
だが、何かに迷った時、
天啓とまではいかないが占いというものは
選択する時に指針となってくれるのだ。
「一発逆転が有る…
身の回りの物が助けてくれる…か、
身の回り。そういえばこの店はいったい…」
ライターという薄暗い明りを手にし、
辺りを見回す。
暗闇に蠢くそれらを見て、
古びた回路に電流が流れたかのように
一つの大まかなアイデアが浮かんだ。
「ジャックぅ?何処だぁ?」
真っ暗な室内にネームレスが侵入を始めた。
無数にある棚の間を徘徊しながら、
徐々に店の角、私の隠れている地点へと
歩を進めている。
浮かぶ愉悦を楽しみながら
ネームレスはゆっくりと歩み続け、
遂に俺のいる逃げ場の無い
一方通行の行き止まりへと踏み込んで来た。
「追い詰めたぜぇ…なぁ、
その手に持った袋で何をしようってんだぁ?
まさか、それを投げて気をそらして
鉛玉をぶちこむっていうチンケな考えか?」
「…」
「へへ、終わりだ、ジャック、
老いぼれは先に地獄に行ってな!」
「地獄へ行くのは貴様だ」
持っていた袋を投げつけるも
難無く瞬時にその袋は引き裂かれる。
「無駄だっ…?…っっなんだこりゃあ!!」
袋の中身は釣り餌に使うような虫だった。
よく分からない液体で包まれて
包装されていた餌用の虫を奴は被り、
そのスーツを汚したのだ。
「テメェ…っ!殺す!」
「おっと、邪魔をしてやるなよ。
貴様の足元の奴らの食事をな」
「足…元……ぐぁ!?こりゃあ!?」
事前にゲージを開けて放っていた
ハムスターなどのネズミ類 数百匹が
一斉に奴の餌に飛び込んだ。
彼らはハムスターの種なんて
ファンシーな物だけじゃなく
こういった エグいもの も案外食べる。
「くそっ!スーツの中に!くそぉ!!
…だが!だがテメェの銃からは!
絶対に目を離さねぇぜぇ!
このままテメェを切り刻んだあと、
ゆっくりネズミ供を殺してやらぁ!!」
「鼠もダメか、私なら発狂しかねんな。
…なら仕方ない、奥の手を使おう」
ネームレスが飛びかかってくる瞬間、
背後に設置されている籠二つを開く。
するとその籠から勢いよく、
二体、いや二羽が飛び出した。
ラッキーアイテム
「 切り札 をくらえ!」
二羽の 梟 は籠を飛び出した勢いで
それぞれ男の肉体を嘴で突き刺した。
「っ!?おおおぉおッッッ!?
「最下位は…ごめんなさぁい双子座の貴様」
痛みによって生まれる僅かな隙を狙って、
弾丸は動き出し、奴の頭部を破壊した。
ーーーこうして俺は生還した、
ネームレスが今日の運勢最下位の
双子座かどうかは知らないが
運が無かったことだけは確かだろう。
それに比べて私は幸運だった
ここがペットショップで、
ラッキーアイテムの梟がいてくれたお陰で
この勝利は得れたんだ。
適当な物語ならここでめでたしめでたしだが
私には残業が…いや、腕時計はそろそろ
始業時間を差そうとしている。
私は本業すら行ってないわけだ。
このラッキーさとはかけ離れた痛みを放つ
腿を最低限止血して立ち上がる。
さて上司は無事だろうか…
まあ多分、大量に押し寄せる敵に耐えながら
私を待っているのだろう。
やれやれ、一服しようと思ったが
少し走るとするか。
傘をペットショップに忘れていることを
全く気づかないほど、外界は静かだった。
深夜、仕事開始 黒秋 @kuroaki
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