第2回、僕の真夏の冒険譚。「KAC1」

薮坂

フクロウの羽根


 茹だるような熱帯夜。僕は自室の扇風機の前に陣取りながら、クラスメイトのユリに電話をかけた。何故かと言うと死ぬほどヒマだったからだ。


 ちなみにユリは高校に入ってから出会った女の子なのだが、ちょっと面白い場所に住んでいる。周囲10キロメートルほどの小さな離島に住んでいて、僕らの高校まで渡船で通っている不思議なヤツ。

 何がきっかけだったのか、今でもそれはよくわからない。とにかく僕はユリを気に入り、ユリは僕を気に入った。そんな訳で僕たちは、こういう風に意味もなく電話ができる間柄になったのだ。いわゆる仲の良い友達ってヤツ。

 コールすること十数秒。電話口にユリが出る。


「なぁユリ、ちょっといいか。大した用じゃないんだけど」


「なんだワタルか。大した用じゃないなら電話してくるな」


 プツッ、ツーツーツー。スピーカから冷たいビジートーン。前言撤回。仲が良いと思ってたのはどうやら僕だけのようだ。しかし簡単には諦めない。

 僕は高校で、諦めの悪い男ナンバーワンの名を欲しいままにしている。某バスケ漫画の3ポイントシュータよりも僕の方が諦めが悪い。再びコールする。ユリは2コールで電話に出た。


「……そんなにあたしに相手して欲しいのか」


「いや、実は死ぬほどヒマでさ。それでユリにちょっと訊きたいことがあって、」


「え? なんて?」


 電話越しにガサガサとノイズ。耳をすませて聞いてみると、これはどうやらバスタオルで髪を拭く音。つまりユリは風呂上がりに違いない。


「なぁユリ、もしかして風呂上がりか?」


「え、なんでわかるの?」


「そんな音がしたんだよ。つまりアレだ、ユリは今、半裸で髪を拭いてる。そうだな? 僕の推理が正しいかどうか確認したいから、今すぐにビデオ通話をオンにしてくれ」


 ツーツーツー。

 クソッ、取りつく島もない。島暮らしのくせに。アゲイン。次は怒らせないようにしないと。


「お忙しいところ大変申し訳ありません。私、ワタルと申しまして、それはそれは身分の低い卑しい者でございます。ところでユリ様。実は折り入ってお伺いしたい儀がございまして……」


「長いよワタル。で、何? 訊きたいことって」


「実はさ。さっきまでMHKドキュメンタリを見てたんだけど、ユリの島にフクロウっているのか?」


「フクロウ? あのホーホーって鳴くフクロウ?」


「そう、そのフクロウ」


 ユリの住む島は自然に溢れている。ほぼ未開の島と言っていいレベル。まだ一度しか訪れてないが、鬱蒼と生い茂る森などには、フクロウがいてもおかしくない雰囲気がある。


「フクロウがうちの島にいるってのは、聞いたことないけど。でもまぁ、いてもおかしくはないよね」


「ほうほう」


「で、そのフクロウがどうかしたの」


「フクロウの羽根が欲しいんだ。なんでもフクロウは幸運を呼ぶ鳥らしくて、その羽根を手に入れられればどんな願いでも叶うらしい」


「なるほどね。それなら探しに来れば? 夏休み、どうせやることなんてないんでしょ」


 確かにユリの言うとおり。高校1年の夏だってのに、差し当たって予定しているイベントなんかない。これではもったいない。夏は待ってはくれないのだ。


「よし決めた。明日島に行く。ただ、ひとつだけ問題があってな」


「まさか、また自作のペットボトルの船で来るとか言うんじゃないでしょうね」


「いや、あれには流石に懲りた。マジで死にかけたしな。そうじゃないんだ、ドキュメンタリによるとな、フクロウは夜行性らしいんだよ」


「そりゃそうでしょうよ。それの何が問題なのよ」


「僕は全く大丈夫なんだが、ユリは年頃の女の子だろ。深夜に出歩くなんて、親御さんが心配しないかと思ってな」


「……は? なんであたしが当然のようにあんたのパーティに加わってんの?」


「加わってないのか?」


「ないわ!」


 ぴしゃり。どうやら僕は深夜のソロクエストをしなければならないらしい。まじかよ、すげー心細いじゃないか。


「とにかく、行くのなら1人で行きなよ。あたしはパス」


「ふん。まぁ仕方ない。こっちだって、ビビリ隊員を入れても足手まといだからな。少数精鋭ってヤツだ。必ずフクロウの羽根をゲットしてやる。明日の最終便でそっちに向かうから、出迎えよろしく。では」


 ユリが電話越しに何か言っていたが、無視だ無視。

 明日の午前中はとりあえず装備を整えよう。僕はお年玉貯金をしていた貯金箱に手を伸ばした。



 ───────────



「……なんなのよ、そのスーパーヒトシくんみたいな格好は」


 翌日、午後6時半、夕刻。渡船で島を渡ると、ユリが桟橋で出迎えてくれた。なんだかんだで優しいヤツめ。


「出迎えご苦労。ちなみにスーパーヒトシくんは赤色だろ。僕は白だ。だからノーマルワタルくんと呼んでくれ」


「どう考えてもノーマル以下でしょ、特に知能が」


 蔑んだ笑いをくれるユリ。そういうのは求めてない。

 僕はカタチから入るタイプだ。冒険といえばこの格好。ピスヘルメットと呼ばれる冒険帽を被って、準備は万端。このピスヘルメットは装飾付き。きっと防御力も高い。どこからでもかかって来い、猛獣ども。


「どこで買ったのよ、そんな服」


「大手通販サイトアマゾネス。冒険セットで検索した」


「アホすぎるわ、あんた。死んでも骨だけは拾ってあげるから。とりあえずこれ、餞別」


 ユリはそう言うと、僕にアイスを渡してくれた。ガリガリさんソーダ味。少し前に買ってくれていたのか、アイスは少し柔らかくなっている。


「普通、差し入れって言わないか?」


「餞別であってる。死んでこの世から去るかも知れないんだし」


 ユリはビーサンをペタペタと鳴らし、僕に近づいてきた。僕はアイスを受け取る。ありがとうとお礼を言う。

 夏の薄着のユリに、少しだけどきりとした。これで中身が暴虐でなければ、もっと良いのだけど。


「なぁユリ、本当に一緒には来ないのか」


「行くわけなかろうが。ていうか、そんなにフクロウの羽根が欲しいの? なんで?」


「冒険するのに理由がいるのか?」


「……まじめに聞いたあたしがバカだったよ」


 踵を返し、手をヒラヒラさせて去って行くユリ。

 よし、僕も行くか。この鬱蒼と生い茂る森へと。

 僕は浜の裏手から始まる、ほぼ未開の森に足を踏み入れた。



 ──────────



 いやいや。

 いやいやいやいや!


 夜の森は冗談になってない! 初めこそ、川口探検隊よろしく意気揚々と森を探索していたものの、夜の森マジヤバイ。本当にヤバイ。

 出発から2時間。完全に陽は沈み、あたりは闇に包まれている。その中を一歩ずつ歩く僕、なのだが。

 ヤバイ。夜の森、完全にナメてた。ライトを点けるだけで訳わからん虫にアタックされるし、顔に蜘蛛の巣(だと思われる)が張り付くし、さっきからナニカに追跡されてる気がするし。

 ナニカって何だだと? こっちが聞きたい、誰か代わりに振り返ってくれ!

 まだ幽霊的なモノの方がまだマシだ、僕を追跡しているナニカは、絶対実体を持っている。これ、クマとかだったらどうすんだよ。勝てねーよマジで。

 とりあえず、こういう時は落ち着こう。呼吸を整え、素数を数えるんだ。2、3、4、5……。あれ、なんかおかしい気がするけどまぁいい。


 少し落ち着けた。よし下山だ。さあ下山だ。こんなところにいたら気が狂ってしまう。

 しかし問題がひとつある。最短で下山しようと思ったら、振り返なければならない。つまり、追跡者とやりあう必要が出てくるかも知れないってことだ。

 どうする? ちょろっとだけ振り返る? それとも緩やかに弧を描いて大回りのUターン?


 どうしようか、次の行動に迷っていると。

 ぽん、と肩を叩かれた。


「うぼぇあぁー!」


「うるっさいな! 少し黙れ!」


 腰が砕けて半回転。尻餅をつく。ガクガク揺れるピスヘルメットのつばを手で押し上げると。そこにいたのはユリだった。


「ユリ……? なんでここに?」


「父さんに聞いてみたのよ。そしたら、この島にフクロウはいないんだってさ」


「いない、だと? シマフクロウは? 島に住んでんじゃないのか?」


「シマフクロウはもっと北でしょ。次に何かするんだったら、もっと調べてからすることね」


「そうか……」


 がくりと項垂れた。いや、これは安堵の項垂れだ。人気のない森の中で、ユリに出会えた。それが何よりも安心したのだ。

 ここは悔しいが、ユリに感謝しなければ。と、思っていると。

 ユリは僕のピスヘルメットを無遠慮に触りだして、そして何かの部品を引き抜いた。ブチッという音が、密着していた頭蓋に響く。


「おいユリ、何をする!」


「これが欲しかったんでしょ?」


 ユリに手渡されたそれ──何かの鳥の羽根。ピスヘルメットに最初から、装飾用として付けられていたものだ。


「それ、やっぱりフクロウの羽根だよ。さっきググって調べたから間違いない。冒険する帽子だから、ゲン担ぎなのかもね。あんた、最初から持ってたってことよ」


「なんてこったい……」


「既製品だから効果は薄いかもよ。で? フクロウの羽根にどんな願いを掛けようとしてたのよ」


「……これは、ユリにあげようと思ってたんだ」


「あたしに?」


「もうすぐユリの誕生日だろ。だから」


 ユリは少し照れくさそうに笑った後で、嬉しそうな声で言った。


「一応お礼、言っとくよ。ありがとね。誕生日プレゼントが帽子の飾り羽っていうのは、なんか複雑だけど」


「ユリはその羽根に何を願うんだ? 既製品だから効果は薄いかも知れないが」


「そうだな。とりあえず、ワタルがこれ以上バカやらないように願うよ。死なれたら夢見が悪いし」


 にしし、というマンガみたいな笑い方。よほど恥ずかしかったのか、ユリはそんな笑い方をしていた。つられて僕も笑う。

 冒険の果てにこんな笑顔を見れたのなら。やっぱりこの先も、冒険はやめられない。


 ユリの願いは叶わない。これに続いて、第3回、第4回と僕の冒険は今でも続いている。


 だけどそれは、また別のお話。

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第2回、僕の真夏の冒険譚。「KAC1」 薮坂 @yabusaka

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