水の星のガーディアン
結城藍人
水の星のガーディアン
「敵海賊船、発砲!」
次の瞬間には、口径二十センチのタキオン・ビームが我が船の左舷至近をかすめていた。重巡航艦クラスの武装があるというのはハッタリではなかったのか。
「敵海賊船より通信! 『ただちに機関を停止せよ、さもなくば直撃させる』」
通信士から報告が入る。ここで決断を下すのが船長である私の仕事だ。
「やむを得ん。
「
「防御スクリーン動力、
「
機関長、副船長、
それにしても、狙われやすい積荷であることは確かだが、まさか仮装巡航艦クラスの大型海賊船が出てくるとは思わなかった。三百メートル級の船体は、この船と大差ないが、こちらが
「ワープアウト反応あり。全長三百メートル、質量五万トン級。本船と同クラスの貨物船と思われます」
「積荷を奪うための船も用意していたか。周到だな」
タキオン探知機の三次元モニターをのぞき込んでいた探知手が報告してきた内容を聞いて、思わずつぶやいてしまった。
「かさばる荷物ですからね。にしても、確かに高価な機械ではありますけど、何でこんな工作機械を欲しがるんだか」
そう返してきた副船長に、私は今回の積荷が狙われる理由を説明する。
「こいつは、ただの工作機械じゃなくて超高精度マザーマシンだ。ミクロン単位の精度を要求される機械部品を作る工作機械を作れる母機にあたる。こいつがあれば、超空間歪曲を行う
それを聞いた副船長は口笛を吹いて肩をすくめた。
「なるほど、そいつは海賊どもも欲しがるわけですね。
「それどころか、図面と資源さえあれば宇宙船の新造だってできるようになる。ただの宇宙海賊から、場合によっては
副船長の甘い認識を訂正すると、彼はあらためて事態の深刻さに気付いたようで、憤りを込めて言った。
「何でそんな大事な機械の輸送に護衛のひとつも付けないんですかね!? ウチの船も確かに最低限の自衛はできる程度の武装はありますが、あんな大型海賊船は相手にできないですよ。いくら目的地の水惑星『アクアリス』が連邦に正式加盟したばかりの新興国だからって、防衛用の宇宙艦隊ぐらい持ってるでしょうに!」
それに対しては私も同感だ。ただ、護衛が付いてないワケでは無いのだが。
「護衛自体は居るんだがな。頼りになりそうもない『フクロウ』が一羽だけだが」
「『フクロウ』? ああ、あの『オウル』って名前の小型武装船ですね……って、アレ護衛だったんですか!? そういや、あの船はどこ行ったんです? 出発時は本船に付いてきてたのに、最初のワープアウト時からいなくなってましたけど」
「船長は隠れて護衛すると言っていたがな。まあ、あの船長も若くて頼りになりそうもなかったが」
「こうやって襲われたら奇襲でもするつもりだったんですかね。まあ、小型の海賊船が相手なら有効な手かもしれませんけど、あの『オウル』って船は連邦軍から放出された型落ち駆逐艦を改造したモンでしょう? こんな大型海賊船には太刀打ちできないんじゃないですかね」
「だから出てこないんだろうよ。さて、そろそろ海賊どもの船が近づいてきたな。距離と相対速度はどうだ?」
副船長との会話を切り上げて探知手に尋ねる。
「両船とも本船の後方に回り込んでいます。距離は武装海賊船が二十宇宙キロで相対停止状態になりました、貨物船の方は十五宇宙ノットで接近中です」
「いつでも撃てる状態ということだな」
背筋を冷たいものが伝う。普通は、宇宙海賊といえども積荷を奪った船を無闇に破壊したり、船員を虐殺したりはしない。そんなことをすれば連邦軍や銀河
そんな風に考えていたときだった。探知手が突然驚愕の叫び声を上げた。
「本船右舷、五宇宙キロの距離に船影出現! 全長百メートル、質量二千トン級……『オウル』号です!」
「ワープアウトしたのか!?」
何てバカなことを! せめて海賊船団の背後にワープアウトすれば奇襲も狙えたのに!!
だが、そんな私の思いを探知手が即座に否定する。
「いえ、ワープアウト反応ありません。本船の横に忽然と現れました……いや、重力波異常検知。これからワープするのか?」
ますます不可解な報告が返ってきたので、私は内心で首をひねった。ワープアウトせずに忽然と姿を現したというのはステルス機能を持つ船ならあり得る。だが、そこからワープしようというのはどういうことだ? 自分だけ逃げようとしているのか? だが、それなら姿を現す必要は無いはずだ。
「重力波異常、小規模です。二千トン級の船がワープするには足りません。ただ、超空間通信を送るにしては大きすぎます」
さらに探知手の報告が続くが、もっと理解不能な内容だった。ワープや超空間通信といった空間歪曲系の機能を使うときには、事前に重力波異常が探知できる。だが、そんな中途半端な規模の空間歪曲なんて聞いたことがない。
「敵海賊船、武装オンライン! 発砲しました!!」
その報告が叫ばれた瞬間、
「タキオン・ビーム、『オウル』号を直撃……してるはずなのに?」
探知員が信じられないという思いのこもった声で報告する。タキオン探知機が収集した周辺状況をコンピュータがCG化したものがメインモニターに表示されているのだが、『オウル』号は健在だった。普通なら口径二十センチクラスのビームを受けたら、あの程度の小型船のスクリーンは一撃で貫通されて爆沈するはずなのに!
「『オウル』号の武装オンライン……って、電磁誘導反応? この距離でレールガンを使うのか!?」
またしても信じられないような報告が入る。レールガンみたいな実体弾は速度が遅すぎて宇宙戦闘には普通は使われない。光速のレーザーでさえ遅すぎるのだから、超光速粒子のタキオンを使ったビーム砲が主流兵器になっているのだ。『オウル』号は元は大気圏内戦闘も考慮して設計された艦隊随伴型駆逐艦だから、大気圏内戦闘用に実体弾兵器を持っていても不思議ではないが、ここで使うのはおかしすぎる。
さらに言うと、宇宙船の防御スクリーンは宇宙空間を漂うデブリが亜光速でぶつかっても大丈夫なくらいの防御力がある。レールガンの弾体くらい簡単に防いでしまうのだ。それでも宇宙艦艇がレールガンを装備しているのは、大気圏内での対地攻撃などが目的であって、宇宙艦艇同士の戦闘で使うものではない。それなのに
「『オウル』号、レールガンを発射しました……えっ!?」
その報告が入った次の瞬間、メインモニターに爆発CGが表示される。
「て、敵武装海賊船爆沈!」
「何だと!?」
思わず冷静さを失って叫んでしまった。
「『オウル』号、再発砲!」
次の瞬間、もう一隻の貨物船型の海賊船も宇宙の藻屑となった。
一体何が起きているのか理解できずに絶句する私をよそに、今度は通信士から報告が入る。
「『オウル』号から通信です」
「メインモニターに出せ」
何とか指示を出すと、メインモニターの表示が切り替わり、オウル号の船長である若い男の顔が表示された。確か、ハヤト・トーゴーと名乗っていたはずだ。
「敵海賊船を排除しました。何か異常はありませんか?」
「ああ、本船は大丈夫だ。積荷にも問題はない。だが、一体何をやったんだ?」
私は思わず尋ねていた。それに対して、トーゴー船長は平然と信じられないようなことを答えてきた。
「ああ、本船は『ショートレンジワープキャノン』を搭載しておりますので、敵船の防御スクリーンを無視してレールガンを敵の船体に直撃させられるんですよ」
名前は聞いたことがある。弾頭だけを短距離ワープさせられる最新鋭兵器だったか。そうか、あの妙な重力波異常はそのせいか!
「……だが、あれは宇宙要塞や超大型戦艦の
「本船の
何と『遺産』とは! 古代に現代の宇宙文明よりも更に高度な文明を築いていた古代銀河帝国の超技術の産物じゃないか!! なるほど規格外っぷりも肯ける。
「とんでもない船だな」
思わず漏らした私に、トーゴ-船長はニヤリと笑って答えた。
「『
水の星のガーディアン 結城藍人 @aito-yu-ki
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