メッセージはフクロウの中に
達見ゆう
切り札はフクロウ
彼が事故で亡くなって三ヶ月が経った。
本当にあっけなかった。元からそそっかしい人だったけど、赤信号に変わっていたのに横断歩道を突っ切ってトラックにはねられてしまった。
結婚の準備をしていた私は文字通り抜け殻となり、最低限のこと以外はずっと引きこもっていた。
そんな時、彼のお母さん……由利子さんが私の元へ訪ねてきた。
「四十九日法要の時以来ね、お身体はどう?」
由利子さんは死人のような目をした私に驚きながらも労るように挨拶をする。この人こそ、息子を亡くしてショックなのだろうに、息子の婚約者を気遣えるとは優しい人だ。この人がお姑さんならうまくやっていけただろうに。
「それでね、法要も終えたし、あの子……貴博の工房を簡単に片付けしていたのよ」
彼はガラス細工の職人であった。置物や人形、窓に飾るサンキャッチャーなどいろいろと作っていた。
私と彼が知り合ったのも彼の作品に魅せられて、足繁く彼の自宅兼工房を訪ね、直接購入するようになって親しくなったからだ。
片付けということはあの工房も閉鎖するのだろう。そう思うとまた涙が出てきた。それを察したように慌てて由利子さんは説明を足してきた。
「ああ、そうじゃないのよ。散らかっていたし、埃だって積もるし。第一、ガラスだから怪我したら危ないから最低限の片付けよ。あの工房はまだどうするか未定よ。もしかしたら貴博の甥……浩雄が継ぎたいなんて言うかもしれないしね。まだ三歳だけど」
取り繕うように由利子さんは笑う。気を遣わせてしまってばかりだ。
「それでね、これを見つけたの。丁寧にラッピングされていたし、万一、お客さんの依頼品だったらお詫び状付けてすぐに発送しなくてはならないから、申し訳ないけど開けたのよ」
由利子さんはそっと箱を開けて中身を取り出した。
それはガラス細工のフクロウだった。結構しっかりした作りで、手の平に乗る大きさでキラキラとしている。
「カードには『大切な君へ 貴博より』としかなかったけど、きっとあなたへのプレゼントだと思って。引き出しの隅に大事そうにあったし、フクロウは“不苦労”でお守りにもなる縁起物だから。形見分けの一つとして、まずはこれをもらって欲しいの」
由利子さんが帰ってから、私はずっとそのフクロウを眺めていた。透明なガラスで表面は多面体のようにした作りでキラキラとしている。かなりいいガラスを使っているのは間違いない。
「良かったわね、貰うことができて」
掃除にきた母がカーテンを開けながら、フクロウを眺める。
「ちょっと、母さん。勝手に開けないでよ。青い空や日光なんて見たくない」
彼はいない。それなのに空の美しさや爽やかな日差しは続く。それすら残酷に見えるのだ。
「何、吸血鬼みたいなこと言ってるの。たまに換気して掃除しないとあんた、ますます落ち込んで腐っていくわよ……あら?」
母が不思議そうな声をあげた。
「母さん?」
「そこの壁。なんか模様っぽいのが浮かんでるわ」
窓とは反対の方を見ると確かに何か浮かんでいる。もしかしたら、このフクロウはサンキャッチャーの一種で日差しに当てるとキラキラと光の模様が浮かぶものかもしれない。
彼はよくサンキャッチャーで光の模様を作るのにも凝っていて、日に当てると花の絵や動物などが映るようにしていた。これもそうに違いない。
「この時間だと日当たり悪いから今一つねえ」
「明日のお昼に見てみるよ」
「よし、日光浴する気になったわね。きっと貴博さんもあなたを心配して、そのフクロウを贈ったのよ」
次の日、これ以上はないくらいの快晴だった。一番強く日差しが入る時間になるのを見計らい、フクロウを窓に置き、カーテンを開けて壁を見た。
そこには絵ではなくメッセージが映っていた。
「ハナレテイテモ ココロハ サキコノソバニ タカヒロ」
私は涙が止まらなかった。彼はいたずら好きだったけど、こんな細工をしていたなんて。確かに離れてしまうことを予測してこんな細工をしていたのだろう。私はこれで悲しみから解放されて次へ進める、このフクロウはその切り札であったし、ラッキーアイテムでもあったのだ。
「サキコって、私の親友の名前じゃん。やはり二股かけていたのね、あの野郎」
メッセージはフクロウの中に 達見ゆう @tatsumi-12
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