ミスターアルガタイルの優雅な脱獄劇

黒幕横丁

ミスターアルガタイルの優雅な脱獄劇

 アルガタイルという様々な魔術で悪さをする一人の魔術師の男が居た。

 男は国々を転々とし、そこで悪さを働いては次の国へと逃亡をするので、彼の悪行の噂は世界にどんどん広まっていく。

 たとえば、国と国との戦争中に武器を全て野菜に変えてしまったとか。

 はたまた、国の中枢機関を混乱させ機能を停止させてしまったとか。

 さらには、その国を継ぐはずだった王子を攫ってしまったとか。

 国々の長達はそんなアルガタイルの悪さにトンと困り果てていた。

 捕まえようとしても、彼はまるで風のようにさっと居なくなってしまうので、捕まえることなど困難だったのだ。


 しかし、ある小国の城の中にある地下牢にそんな確保困難のアルガタイルが投獄されたのだった。

「おらっ。大人しく中へ入れ!」

 大柄の看守の男は黒尽くめのひょろいアルガタイルを牢の中へと押し込んだ。牢の小さい出窓から漏れる月明かりで、アルガタイルの長髪は黄金色に輝いていた。

「いったぁ。おっと、他所の国から客人は丁重に迎え入れなさいって親御さんから習わなかったのかい?」

 乱暴に投げ込まれ、アルガタイルは腰をさすりながら看守に話しかける。

「お前だけは別格だ。この大罪人が」

「おー、それは俺にとっては最高の褒め言葉だよ」

 アルガタイルのヘラヘラした態度に看守は足で格子を蹴る。

「その態度気にいらねぇなぁ?」

「生まれたころからこういう性格でねぇ。今更治しようがない」

「悪態をつけられるのも今のうちだからな。明日には早速お前は処刑だ」

 看守が親指で首を掻っ切るポーズをとると、アルガタイルは目を輝かせながら手を叩いた。

「おー、迅速的確な処理、痛み入るよ。でもさ、この国ではまだ何の悪さも働いていないのに、俺を処分して大丈夫なのかなぁ?」

「お前は様々な国で懸賞金が出ているらしいじゃないか。お前の首を獲ったことを各地に伝達すれば、こんな小国に山ほどの大金が入るんじゃないかという王様の案だ。さすが、我が王は考えることが冴えているぜ」

 ガッハッハと笑う看守にアルガタイルは興味のなさそうにふーんと返事をした。

「そういえば、お前、俺たちの国と何かと諍いが絶えない国のたった一人の王子を連れ去ってそのまんまとかいう話じゃねぇか」

「あー、そんなこともあったかな? 俺はやった行いはすぐに忘れてしまう性質でね。昔のことは忘れてしまったよ」

 黄金色の髪を揺らして、アルガタイルはニヤリと笑った。

「まぁ。王子が生きていようが死んでいようが俺たちにとってはどうでもいいことだな。それより、アルガタイルお前の処刑が最優先だ。明日の処刑に備えて、今日は命乞いでもしながら眠るんだな。寝つけたらの話だが」

 看守はまたもや豪快に笑い始めた。

 すると、アルガタイルはこんなことを言い始めたのだ。

「明日の処刑のためにゆっくり眠るのもいいが、俺にはどうしても気になっていることがあってねぇ……死ぬに死にきれないくらいに気になっていることさ」

「なんだ?」

 看守は怪訝な顔をして、アルガタイルに訊く。

「いやね、看守さんのその腰に大事そうに括られている鍵の束ってもしかして、ここの地下牢全部の鍵が収められているのかなーって」

「そうだが、魔術で盗もうなんて考えるんじゃねぇぞ? そもそも、お前には魔力が使えないように封じ札が貼っているのだからな」

「そんなこと分かっていますって。いやぁ、鍵の束なんて初めて見たから、もっと見たいと思っただけだよ。その束を持った看守殿はさぞかし格好いいんだろうねぇ」

「格好いい……だと?」

 看守は【格好いい】という言葉に耳をピクリと動かした。

「うん、きっと映えると思うなぁ。俺にその姿を見せてよ」

 アルガタイルがニコニコと笑いながら催促をすると、看守も満更でもない様子で腰から鍵の束を取り出し、掲げながら決めポーズをとり始める。

「こ、こうか?」

「そうそう。すごく似合っているよ……」

 アルガタイルはすっと目を開く。

「アンタのアホ面具合が」

 その刹那、看守の目の前を何か黒い物体が横切ったのだ。

 しかも、看守の手に握られていた鍵の束も消えていた。

「なっ、無い! さっきまで持っていたのに、鍵の束が無い」

「看守さん、アンタの探し物はこれかな?」

 アルガタイルが看守を嘲笑いながら見せたものは、まさしく先ほどまで看守が持っていた鍵の束だった。

「お前、どうやって鍵を。魔術は使えないはずだろ!?」

「魔術なんて使わなくても、コイツが居れば何とか出来るんだよ」

 そう笑うアルガタイルの肩には彼と同じように黄金色に輝く目の鳥、フクロウが居た。

「お前、いつの間にフクロウなんて持ってきやがったんだ」

「隠しダネは最後まで取っておくものさ。さて、些かこの狭い空間にも飽きてきたから俺はお暇するよ」

 アルガタイルは指を鳴らすと、フクロウはバサっと大きく翼をはためかせて風をおこす。すると、鉄格子が脆くも崩れ去ったのだ。

 その一部始終を目撃して、看守は腰を抜かす。

「そんなの……、反則だ」

「俺はそんな反則を売りにしているからねぇ。残念でした」

 アルガタイルは楽しそうに看守をロープで括りつけていく。

「さて、しばらくそこで括られて反省しておきなよ。俺は帰るから。じゃあねぇー」

 アルガタイルはヒラヒラと看守に手を振って地下牢を後にした。



「あー、楽しかった。一度つかまってみるっていうのもなかなか乙なものだねぇ」

 小国の国境を楽しそうに歩くアルガタイル。肩には件のフクロウが止まっていた。

『アンタのやっていることは全て理由があるっていうのをいい加減アイツらに教えてやった方がいいんじゃないか?』

 フクロウはなんと人語でアルガタイルに話しかけてきたのだ。

『武器を野菜に変えたのは、戦争に巻き込まれた村を助けるため。国の中枢機関を混乱で麻痺させたのは大規模なクーデターを未然に防ぐため。全部それ相応の理由があるからじゃないか。王子を攫ったのだって……』

「王子がそう望んだから。……だけどね、その行為が善悪かどうかは結局それぞれの人の捕らえ方次第だ。だけど、人がどう言おうと俺は俺が思う行動をするだけだ」

 アルガタイルはそういうと、指で鼻をこする。

『流石は僕が攫ってと頼んだ魔術師なだけあるね。フクロウの姿にそろそろ馴染みすぎて、王子に戻りたくなくなるくらいだ』

「一時的という約束で俺は君を攫ったんだ。君こそ約束はちゃんと守ってもらうからね」

 アルガタイルはフクロウのお腹をワシワシとくすぐりながら忠告をした。

『はーい。ところで、今回はなんで急に捕まったりなんかしたの?』

「あの牢の中に学者さんが捕まっていたのさ。聡明な人だったのだけど、学説が異端だって投獄されてしまってね。そんな先生を助ける為にわざとお縄にかかったってわけさ」

『なるほどねー。そして、この国でもアルガタイルの悪名は広がるのであったーっと』

「悪びれる様子も無く役に立たない慈善事業するよりはよっぽどマシってね。さ、追っ手が来る前に次の国へと行こうか?」

 アルガタイルは指を鳴らすとフクロウは巨大化し、アルガタイルを掴んだまま闇夜へと消えて行ったのであった。

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