ピヨ太郎と俺が英雄と呼ばれるまで

ピテクス🙈

俺の親友


《黒い街と異名がついた現場の被害状況ですが――》



 視聴者の不安を煽るために大げさに俺たちの街をリポートする女子アナに俺は眉間にシワを寄せため息をついた。あの女子アナ好みだったんだけど、それも今日で終わりだなと思いながらチャンネルを変える。自分の故郷が悪く言われるより下らない芸能ニュースの方がはるかにマシに思えた。


 黒い街……まったく失礼なあだ名だと思う。

 誰がつけたのか分からないが、俺の生まれ育った街はいつの間にかそんな不気味な名前で呼ばれるようになった。


 かつてこの街は、子供たちの楽しそうな声や人々の笑顔にあふれた街であったはずだが今はもう様変わりしている。

 道行く人は怯えたように、きょろきょろとまわりを見回しながら早歩きで移動するし、子供たちが外で駆け回る姿ももうない。日中に街を散策していた老人も、日々の買い物に奮闘する主婦たちも、家にこもりきりで必要最低限しか外に出なくなった。


「たっくんにごはんあげた?」

「朝いちにあげたよ」


 大きな欠伸をしながらすでに身なりを整えた母がリビングにやってくる。俺の顔を見ることもなく母はコーヒーをお気に入りの携帯契約時に貰った犬のマグカップに注ぎながら、ペットの様子を聞いてくる。

 ピヨ太郎というのはウチで飼っているフクロウだ。俺が小学生の頃、某魔法学校の物語に憧れてお年玉とクリスマスと誕生日プレゼント五年分を我慢するからと、泣いておねだりして買ってもらった大切なフクロウだ。

 小鳥の時にピヨピヨとかわいらしく鳴いていたから、小さかった俺は安直にピヨ太郎と名前を付けた。本当に綺麗で真っ白な可愛い俺の親友だ。

 決して最近ジャスティンなんとかに歌をとりあげられ、有名になった芸人から名前をとったのではない。


「大学生の春休みって長いんでしょ、そんなだらだらしてたら苔が生えちゃうわよ、バイトでもしなさい」

「んなこと言われてもバイト先潰れちゃったしさぁ」

「じゃあボランティアでもなんでもあるでしょ、まったく家にいても掃除も料理もしないで汚すくらいなら何かしなさい」

「うぃー」


 口うるさい母の言葉に耳を塞ぎたくなりながら生返事をする。

 この街が黒い街と呼ばれるようになってから、商店街はかつての賑わいを失ってしまった。商店街の人たちは客足が退いた今も、苦しいながらに何とか商売を続けているようではあったが、ついに若者に人気だった大手外食チェーンが撤退を決めたのだ。高校の頃からそこで働きついにバイトリーダーにまでなっていた俺は、店の撤退と同時に無慈悲にクビを切られたというわけだ。

 勉学以外で唯一自分が真剣に取り組んでいたものが突然無くなった、ついでに上がりに上がった自給も今度働く場所では引き継がれることなく、新たに働きだすにしても安いバイト代からのスタートだ。

 その虚無感に苛まれて新たにバイトを探すことも何か趣味を探すこともなく、だらだらと春休みを消化するだけの日々を過ごしていた。何もする気が起きなくて自堕落な生活を送っている俺に母が何かをするよう促すのは理解できた。だがやりたいことなんて何も思いつかなかった。


「それにしてもどうにかならないかしらね、アレ」

「さっきニュースにここが出てたよ。黒い街だってさ」

「はー!? 何それ、そんなこと言われたらますます街から人がいなくなっちゃうじゃない」

「だよね、次はシャッター商店街になるかも」

「不吉な事言わないの。じゃあたっくん母さん仕事行ってくるから、昼ごはんは何か作って食べなさい。カップラーメンあるから」

「はいはい、行ってらっしゃい」


 朝食を食べないタイプの母はコーヒーだけを胃に流し込むとそのまま仕事のカバンを持って玄関へ向かう。リビングから玄関は見えないが、ギャーギャーと突然響きだした鳴き声で母が扉を開けて出ていったのが分かった。


 地獄の亡者の叫び声のようなその鳴き声の正体、この街を黒い街と言わしめる正体――

 それはカラスだった。


 年々消えてゆく森林の弊害か、元々山に生息していたカラスたちは良質な餌を求めて街へ降りてきた。最初は数羽、鬱陶しいカラスがいるだけで済んでいた、ゴミにネットをかけてやればカラスは餌を食えなくなるし勝手に消えてゆくだろうとみんな思っていた。

 けれど何かいい餌場を見つけたらしいカラスたちは一向にこの街から去ってゆくことはせず、年々カラス情報網によりカラスが増え続けている。


 鳴き声による騒音被害、鳥の糞尿の臭い、攻撃的なカラスによる怪我の被害から、人々は次第に出歩かないようになってゆき、人が支配しているのか、カラスが支配しているのか分からない街が出来上がってしまった。

 晴れであろうとも空を黒くするカラスの群れがいるせいで、この街は今やニュースに取り上げられるくらいに有名な街になってしまった。

 役所も対策に追われてはいるがなにぶん予算が足りないらしく、いい解決方法はいまだに見つかっていないらしい。


 俺がバイトリーダーまで務めた店も、あんな害鳥のせいで潰れてしまったのだと思えば悔しくてたまらない。けれどだからと言って何ができるのだろうか、石を投げてカラスを捕えて一匹でもいいから殺す……それはだめだ、俺が優しいからカラスを殺せないとかじゃなく鳥獣保護法に引っかかってしまうらしい。一度インターネットで調べて落胆してしまった。


「ホウホウ」


 ピヨ太郎の鳴き声が聞こえる。もう大人になってしまったピヨ太郎は小鳥の頃のようにピヨピヨとは鳴いてくれない。

 朝ネズミをたんまり食べたくせに、まだ何か食べたいのだろうか。ピヨ太郎を入れているケージへと向かえば、ここから出せと言うようにガシガシとゲージを蹴っている。


「はいはい、出たいのかピヨ太郎」


 真っ白な俺の友達が出たいというのだから仕方ないと、腕に革製のグローブを付けてゲージの扉を開けば、待ってましたと言わんばかりに白い綺麗なフクロウが俺の腕に飛び乗る。ケージ内の止まり木につけられているリーシュと呼ばれる専用の紐を外して、そのまま腕に相棒をのっけたまま、気晴らしとばかりに部屋を歩きまわった。

 窓の外からはじっと黒い眼玉が沢山俺たちを眺めているが、相棒がいるとなんだか強くなったようで不気味な目線も今だけは怖くない。


「お前を連れてると俺も強くなった気分になるんだ」

「ホウホウ」

「んんんっ、頬ずりなんてかわいいねピヨ太郎、明日は美味しいネズミをあげような」

「ホウホーウ!」


 表情は変わらないが仕草からピヨ太郎が笑っているように見えて俺も笑顔になってしまう。かわいい、ほんとかわいい俺の相棒。

 どうだ良いだろう俺の友達は! と窓の外にいるカラスたちに見せびらかすために窓へと近づくと、電線に大量に止まっていたカラスたちは身じろぎした後に何かに怯えるかのように一斉に飛び立っていってしまった。


「あれ……?」

「ホー」

「今俺達みて、カラスにげてったよな、ピヨ太郎」

「ホウホウ」


 うんうん、とピヨ太郎が言った気がする。

 んん? どういう事だ?

 疑問に感じた俺はすぐにスマホでカラスの対策を検索した。鷹に怯えるという記事が出てきて、鷹の調教師がカラス対策でかなりの功績をあげていることがわかった。確かうちの街でも一回や二回依頼してたはずだ。それでも常駐させるほどの資金がなく、鷹の調教師が居なくなるとまたいつものようにカラスたちが舞い戻ってくる。


「……鷹って言えば猛禽類……お前もだよな、ピヨ太郎?」

「ホーー!」


 フクロウであるピヨ太郎も猛禽類、つまり鷹と同じくカラスの天敵になりえる存在だということだ。今まで気づかなかった、他の鳥と接触させるとピヨ太郎を刺激するかと思っていたからカラスに見せびらかすこともしなかったからだ。けれどピヨ太郎はカラスを見て怯えることもせず、堂々とした風格で俺の腕に止まっている。

 ピヨ太郎を腕に乗せていると、自分まで本当に強くなった気がしてしまう。

 彼と一緒なら、この寂れてきている黒い街を、また元のように戻せるかもしれないと希望が胸に湧いてくる。


「ピヨ太郎、俺と一緒に街を救おうか」

「ホウホウ!」


 切り札はずっと一緒に暮らしていたピヨ太郎だ、きっとこのフクロウと一緒なら街を救えるはずだ。自堕落に休みを消化することしかなかった俺に目標ができたと、ピヨ太郎と腕に乗せて家を出た。



 ***



 数か月後、一時は黒い街とまで呼ばれた俺の故郷を、そう呼ぶ人はいなくなった。

 白いフクロウを連れた英雄――ネットの掲示板でははやし立てるようにそんな言葉が並ぶ。

 俺はそんな記事を見てニヤケながら、街を救ってくれた親友の白くて丸い頭を撫でた。




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