梟の組織

斉賀 朗数

梟の組織

『視線を感じるの』

 それがミナからの最後のメッセージだった。

 何度私がメッセージを送っても、メッセージの横に表示された時刻の上に既読の文字が付く事はない。ミナは忽然と姿を消してしまった。

 不安と恐怖と後悔が重くのしかかる。

 私にだってなにか出来ることがあったんじゃないだろうか。いや私になにが出来たというんだ。私の娘として生まれてきてしまったせいで。

 リビングに置いている写真立てには、今でも、こんなに、鮮明にミナが……

「うう……わああぁ!!」

 私は無様に叫ぶ。自分の感情をどうコントロールすればよいのか、それすら分からなかった。

 最後の家族を失って、私はどう生きるか、考えなくてはいけない。

 復讐。

 そう心に響いた声は、私の中に住まう天使の声か悪魔の声か、はたまた両方の声なのかは分からないが、一瞬で体に浸透していった。妙に心が安らいだ。

 連中は切り札を、個人相手に使うようにまでなっている。地に堕ちたものだ。そんな組織に私の人生の何割かを捧げていたのかと思うと反吐が出そうだ。そして殺意が湧く。あの頃を思い出して血が滾る。目は覚えている、連中の見分け方を。手は覚えている、ナイフの握り方を。心は覚えている、人を殺めても傷つかない方法を。

 その瞬間に俺は昔に戻った。ヤレる。写真立てを殴ると容易に枠は外れた。写真を抜いて、シャツの胸ポケットに入れる。

 ジーパンのポケットに入ったジッポの火を点ける。リビング真ん中にそのジッポを置いて、台所に向かう。ガスコンロの器具栓つまみを捻る。火を点けないように。ガスの臭いが微かに漂うのを確認して、俺は家を出る。なにも必要はない。留まる場所は、あるだけで心が安らいでしまう。そうなると俺は俺じゃなくなってしまう。俺は昔の、組織にいた時の俺でいなければならない。そうじゃないと、俺に人は殺せない。




 梟。

 フリーメイソンに属するイルミナティのシンボルであるその鳥は、いくつもの意味を持つ。ギリシャ神話では知恵の象徴とされ、古代象形文字ではユダヤにとっての聖なる数字である13という数字を表す。

 フリーメイソンのともなるイルミナティは世界を監視している。梟が首をグルリと360度回すようにして、世界を。じっと。しかし、ただ監視するだけではない。梟は静かなる殺し屋でもある。驚異的な視力で獲物に狙いを定めると、消音機能のついた羽で音もなく宙を進みその鉤爪で獲物を捕らえる。更に彼らは自分より大きな獲物であろうと襲いかかる事もある。ただ一番恐ろしいのは、種内捕食を行うことだ。要するに擬似カニバリズム。イルミナティは忠実に梟を再現している組織である。

 俺はしてやられたのだ。

 擬似カニバリズムの被害者。

 そうくるなら、俺も組織にいた身として梟に忠実になってやろうと思う。俺より大きな獲物を捕食してやる。方法の如何は問わない。

「頼む……助けてくれ……死にたくない」

 鼻水が手につく。不快。さっさと殺してしまいたい。手に持つナイフが震えるのは抑えきれない歓喜のためで、俺は人を殺したくなっている。あの頃の俺が完全に戻ってきている。

「あ……」

 ナイフを突き立てる。まずは一人。

 携帯が震える。

『ごめん、バッグ落としちゃってお金も携帯もないから連絡取れなくて。友達の家に泊めてもらってたから。ちゃんと生きてる。ストーカーとかじゃないと思う』

 手が震える。抑えきれない歓喜なんかではない。いや、違う。これは、違う。組織の罠だ。俺は知っている。組織の手口を。汚い手段を。ミナは死んだんだ。そうだ。ミナはもういない。生きているはずがない。ミナはミナはミナはミナはミナは生きている? いや、おかしい。どうして、わざわざ生きているなんていう必要がある。俺がミナは死んだのを理解しているのを把握しているから生きているなんて表現を選んだんじゃないのか? そうだ、そうに違いない。そうだ。俺は騙されない。組織の連中を殺さないといけない。ミナを奪った組織の連中を。殺したい。殺したい殺したい。

 俺は人を殺したい。




 二人目は、駅前で浮浪者になりきっていた。

 俺の目は組織の連中を見逃しはしない。携帯の電源は切った。そっと近づく。ミナに成りすます誰かからの連絡なんて必要ない。ポケットに入れたナイフを握る手に力が入る。ミナはもういない。体をぶつけるように。ミナはもういない。ポケットを突き破るナイフ。ミナは死んだ。ナイフを男に突き立てる。ミナは死んだ。男を殺す。

 男が倒れこむ。さっとその場を離れようと俺は踵を返そうとした。しかし血相を変えた警察官が二人、俺の前に立っている。牽制しているのか、もしくは恐怖しているのか。こちらに近寄ってくる様子はないが、そのまま素直に引き下がってくれそうにもない。

 仕方ない。

「おい、あんたら。俺はイルミナティの元メンバーだ。お前らみたいな下っ端は知らんかもしれが、お前らを裏から牛耳っている組織に属しているって事だ。分かったら下がれ」

 警察官の一人が無線で応援を要請している。もう一人は俺に動くなとしつこぬ命令してくる。なんだこいつ。死ねよ。

 ちゃんと下がれっていったのに下がらないお前たちが悪いんだぞ。

 俺はナイフを突き立てた。しかし防弾チョッキのようなものを付けた警察官の肌にナイフの刃が当たる事はなかったようだ。

 俺の腕が後ろに曲がる。そして体勢を崩してしまう。地面が近付く。目の前に。顎を打つ。




「何度もいっているだろ。フリーメイソンは日本でも多大な影響力を持っている。イルミナティだってそうだ。俺が殺したのは、イルミナティのメンバーだけだ。それは調べたらわかる。といってもあんたらのような国家の駒として存在するものに、真実までは伝えられていないのだろうな。まずイルミナティだって知らないんじゃないのか君たちは。なんどもいっているが、あんたらが俺を捕まえたこともイルミナティの命令に他ならない。分かるか? 陰謀のもとに動かされているだけなんだよ。俺に構っている暇があったら、この間にも本物の犯罪者を炙り出した方がいいんじゃないか? あんたらのしてる事は無駄だ。俺がここから抜け出すことは容易い」

「はいはい。よく喋るね」

 向かいに座った警察官は、小馬鹿にしたような表情で俺を見ている。俺がいっていることを信じていないのだろう。それでも構わない。

 真実とは信じるものにのみ与えられるものなのだから。

「黙っていた方がいいか?」

「一応、確認だけさせてもらいます。播磨はりま以蔵いぞうさんですね。ご家族は、娘さんの播磨美奈さん。ちょっと連絡は取れてませんけど、間違いないですよね?」

「ミナはもう死んだよ」

 警察官の目の色が変わった。俺が殺したとでも思っているのだろう。

「あんた、自分の娘を!」

 少しだけ腰を浮かせ、机越しに俺の胸倉を掴んでくる。

「俺じゃない。組織のやつだよ」

「ふざけるな!」

 胸倉を掴む手が強く胸に押し付けられた。

「おい、やめろ。無理な自白を強いるような真似は許されないぞ」

 奥に腰掛けていたもう一人の警察官が静かにいう。

「すみません」

 奥にいた警察官は、取り調べをしていた警察官よりもいくつか年上で、ベテランの風格を呈していた。二人は入れ替わるように場所を変え、ベテラン警察官は俺の方に歩み寄る。少しだけ腰を屈め、俺の耳元で囁く。

「逆らうなよ、立場を弁えろ」

 なるほど。こいつは分かっているようだ。




 ほおう。ほおう。

 梟の鳴き声が聞こえる。

『13』という雑居ビルの3階に入ったフクロウカフェの店内で、三人目を殺した。三人目はミナに成りすましていた女。その女は見た目までミナそっくりだった。組織はなんの為に、俺を消そうとしているのだろう。組織の情報を流した覚えはない。いや、もしかすると。ミナもまたイルミナティのメンバーだったのかもしれない。わざわざフクロウカフェなんてところでバイトをしていたのもなにか意味があったのかもしれない。ミナはなにかミスを犯したのかもしれない。

 知らなければいけない。でもどうやって?

 店を出ようとした。

 ストン。

 俺の肩に力が加わる。梟。

 ストン。

 体勢が崩れる中、首だけで振り向いた。

 そこに【フクロウ】がいた。

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