フクロウとイチゴキャンディー
望月くらげ
フクロウとイチゴキャンディー
夕暮れ時の図書室で、いつも静かに本を読んでいる先輩にずっと憧れていた。
先輩が読んだ本は、私も全部読んだ。おかげで図書カードには先輩の名前を追いかけるように私の名前が並んでいた。
友人たちからはそんなストーカーみたいなことをしてないでさっさと告白してきなよ、なんて言われるけれど……でも、私は今のままでいい。こうやって少し離れた席から、先輩が本を読んでいる姿を眺めているだけで。
私は手元の本から顔を上げると、気付かれないように先輩を盗み見た。すらりと伸びた鼻筋に、サラサラと流れるような髪の毛。夕日が反射して少し茶色が混ざった先輩の髪が、キラキラと輝いてみえる。
先輩の読んでいる本は何だろう? 昨日は、外国のよくわからない人の書いた地球についての本だった。返却された本の棚から取ってきた手元にあるそれをパラパラッとめくってみるけど、いまいち理解できない。でも、こんなのを読む先輩も素敵だ。いつか地球について、先輩に教えてもらえたら……。
「って、フクロウと僕……? っ……!」
思わず目に入ったタイトルを声に出してしまった私は、慌てて口を押さえた。幸い、先輩には聞こえていなかったようで、微動だにしないまま本を読み続けている。
小さく息を吐き出すと、私はもう一度先輩を見た。手元の本は、何度見てもフクロウの可愛いイラストと男の子が描かれたものだ。
今までの先輩のラインナップからはあまりにかけ離れていて正直首を傾げるけれど、まあフクロウを読みたい、そんな日もあるのかもしれない。
どうやらそのままそれを借りていくようで、先輩は席を立った。
残念ながら、今日の先輩と(一方的に)過ごす図書館の時間は終わりのようだ。私は、先輩が貸し出しコーナーでの手続きを始めたのを確認すると、さり気なく隣に並んだ。このタイミングなら、私が持っている本を見られることはないし、逆に先輩が借りる本のタイトルを確認できる。しかも堂々と先輩の隣に並べるまたとない機会なのだ。
それにしても……。
私は確認するように、もう一度先輩が借りようとした本をまじまじと見た。少し離れていたから見間違った可能性も、と思っていたけれどやっぱりどう見てもフクロウだ。先輩フクロウなんて好きだったんだなぁ。そういえば、今フクロウが流行ってるってこの前流し見していたテレビ番組で言ってたけど、先輩が好きなのを知ってたらもっとちゃんと見といたのに。
とはいえ、表紙がフクロウでタイトルが「フクロウと僕」であったとしても1%ぐらいは中身が小難しい学術書の可能性も……。
「あっ」
「え?」
先輩の声が聞こえたのと、私の足に衝撃が走ったのはほぼ同時だった。
「った……い」
「大丈夫?」
「え、あ……」
すぐそばで聞こえた声に顔を上げると、そこにはしゃがみ込んだ私を心配そうに見つめる先輩の姿があった。
「だ、大丈夫です!」
反射的に立ち上がった私を見て、先輩は「ならよかった」と私を見上げるようにして微笑んだ。
その笑顔がカッコよくて、しかもくるんとカールした長いまつ毛とかサラサラの髪の毛とか、普段なら見ることができない角度で見ることができて、足が痛かったのも忘れてしまえそうだ。
「足、大丈夫?」
「は、はい!」
どうやら、先輩のことを見つめ続けていたせいで、手元への注意が疎かになり私は手に持ったあの地球の本を自分の足の上に落としてしまったようだ。
「っ……!」
先輩にバレてしまう!
慌ててそれを拾うと、背中の後ろに隠した。窺うようにチラリと先輩を見上げる。──よし、バレてはいない。……と、思う。きっと、大丈夫。
そんな私を先輩は不思議そうに見て、それから小さく笑った。その姿に足の痛みなんて完全に吹き飛んだ。
それにしても、こんなチャンス二度とないかもしれない。何か、先輩と話を……! そう思うけれど、私の邪な思いを見透かされているかのように「それじゃあ」と言って図書室を出て行ってしまった。
「あーあ……」
とはいえ、しょんぼりとしていても仕方ない。地球の話を先輩とするいつかの未来のために、この本を読みこむぞ!
そう意気込んだ私は、鼻息荒く貸し出しカウンターに本を差し出した。
翌日、昨日と同じように図書室へと向かう。私より少し早く来ていた先輩はいつもの席で本を読んでいた。
私は昨日先輩が借りていた本を取ると、先輩の姿が見える定位置へと移動する。
手の中にあるのは、昨日先輩が持っていたあのフクロウの本だ。パラパラとめくってみるけれど、中身はやっぱりフクロウで。ただ、可愛らしい表紙とは違って意外と詳しくフクロウの生態について書かれていた。これを読めば、私もフクロウについて詳しくなって先輩とフクロウトークができる日が来るかもしれない。
「……あれ?」
何ページかめくったところで、私はそこに何かが挟まれていることに気付いた。それは、グレーの栞だった。誰かの忘れ物だろうか。……もしかして、先輩の?
「…………」
……誰も、特に先輩が私を見ていないか確認するために、左右を見回す。うん、誰も見ていない。本当は返したほうがいいのだろうけれど……。私はさっと栞を手に取ると、こっそりとポケットに入れた。
先輩の(ものかもしれない)栞……。これで本を読めば、まるで先輩と本の貸し借りをしているような気分に浸れるかもしれない……。
「ふふ……ふふふ……。っと、いけない」
にやける口元を手で隠すと、私は栞が挟まっていたページを見た。いったいどんなページに先輩は栞を……? もしかして、私が知っているよりもフクロウって凄い生き物だったとか……。
「つがい……?」
そのページに書かれていたのは、フクロウのつがいについてだった。一度、パートナーとなった二匹のフクロウは片割れが死ぬまでずっとパートナーでい続けるのだという。なんてロマンチック。死がふたりを分かつまで、っていうやつね。でも、どうしてこんなページに栞を……?
結局、読めば読むほど、私の中での疑問は大きくなるばかりだった。
けれど、それはこの日だけに終わらなかった。
なんと先輩は、翌日も、そのまた翌日もフクロウ関係の本を借りて帰ったのである。そして、その本には決まって栞が挟まれていたのだ。それも、フクロウのつがいがどういう行動をとっているかのページに。
おかげで、フクロウの――それも、つがいの生態や行動にはとても詳しくなれた。けれど……レポートか何かで先輩はフクロウのについて調べてでもいるのだろうか。そのテーマが「つがい」とか。そうじゃなきゃこんなこと……。
私は、先ほど先輩が返却した「
今日も今日とて、先輩はフクロウの本を読んでいるようで、タイトルは見えないけれど表紙には森の中にいるフクロウの写真が見えた。
うーん、と唸りながらもう一度手元の本に視線を戻しながら考える。少し前までは、どちらかというといろんなジャンルの小難しい話を読んでいたのに、どうして……。
「……ねえ」
「え……?」
その声に、私は顔を上げた。
そこには――フクロウの写真が表紙の本を持った、先輩の姿があった。
「な、なんですか?」
「それ、今日借りて帰る?」
「え、あ、は、はい!」
慌てて本を閉じると、私は立ち上がった。一秒でも早くこの場所から逃げ出したかった。きっとバレたのだ。このストーカーのような私の行動が。それを咎められるのだと思うと恐怖に足が震える。
でも、先輩はニッコリと笑うと私の手から本を取り上げた。
「なに……」
「昨日、これ挟むの忘れちゃってさ」
先輩の手には、あのグレーの栞があった。パラパラとページをめくった先輩は、目当ての個所を見つけたのかその栞を挟むと私に渡した。
「じゃあ、またね」
意味が分からない私に背を向けると、先輩は歩き出した。
いったい、何が起きたのか。そして、あの行動の意味はなんだったのか……。
とにかく、栞の挟まったページを見てみよう。そう思って本に手をかけた私の手を誰かが止めた。
「ダメだよ」
「っ……せん、ぱい……?」
「それは、帰ってから。ね?」
有無を言わさぬ物言いに、慌てて頷くと「いい子だね」と先輩は微笑む。そして、ポケットから何かを取り出すと、私に言った。
「口、開けて」
「え……?」
「いいから」
戸惑いつつも口を開ける。そんな私の目の前で、先輩は手の中の何かの包み紙を開くと、私の口へと放り込む。
それは、甘くて優しい味のする……。
「イチゴの、キャンディー……?」
「正解。……それがどういう意味か、その本を読んで明日までに考えておいて。宿題だよ」
「宿題って……」
どういう意味なのか尋ねようとした。けれど、先ほどの先輩の行動が、私の頭を真っ白にさせて身動き一つとることができない。そんな私ににっこりと微笑むと、先輩は図書館を出て行ってしまった。
残された私は、そのまま閉館のお知らせが流れるまで立ち尽くしていた。
家に帰った私は、先輩の言った通り借りてきた本の、あの栞の挟まれているページを開いた。そこには、フクロウの雄が雌にするある行動が書かれていた。
――梟の雄は求婚する際に、雌へと食料を運ぶ――
その一文を見た瞬間、口の中にあの甘いイチゴの味がよみがえる。あれはいったいどういう意味だったのだろうか。まさか、そんな、もしかして……。
思い返せば、先輩が栞をつけていたページにはフクロウの雄がどうやってメスを射止めるかが書かれていた気がする。
あれは、今日の日のための、布石だったというのだろうか。先輩の、とっておきの切り札……?
全ては私の妄想かもしれない。都合よく受け取りすぎているだけかもしれない。
でも、とりあえず明日は先輩の隣で、先輩のおすすめの本を読んでみようと思う。出された宿題の、答え合わせをしながら――。
フクロウとイチゴキャンディー 望月くらげ @kurage0827
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