山の神は愉快に笑う

けんざぶろう

山の神は愉快に笑う

「村のために、死んでくれ」


「分かりました」


 生贄とは、小さき村にはよくある風習である。 神々に命を捧げ、その対価として村の繁栄、豊作、願い事などを約束する儀式。 その生贄として選ばれたのが私、水樹(みずき)であった。


 不満はある。 おそらく私が、選ばれた理由は、両親が、この村の出身ではなかったからだろう。 二つ返事で引き受けたのも、村としては決定事項であり、私が反論したところでどうにもならないからだ。


 よそ者ということで、ある程度いいように使われることは覚悟をしていたし、生贄も、まあ、あるかもしれないという可能性程度で考えていたので意外と動揺はない。 だが先ほども述べたように不満はある。


「まさか、ネズミが繁殖しているから山の神に頼もうなんて。 私もネズミのせいで生贄にされるとは思っていなかった。 もう少し、まともな理由で死ぬならまだしもネズミって何?」


 そう言って深夜、明りのない納屋の中からわずかに見える。 星空を見上げて呟いた。


「ネズミ、ネズミねぇ。 お前ネズミのために死ぬのか、超ウケる」


 返事など帰ってくるはずのない呟きに対して、明るい声が部屋中に木霊した。


「誰なの」


 思わず立ち上がり暗闇の中で身構える。 というのも、この部屋は村長が用意した生贄用の納屋。


 簡単に説明すると、牢屋のように閉じ込めた者を逃がさないために内側からは脱出不可能の家である。 なので、生贄に捧げる当日まで、村人は私との接触を禁止されている。 この場で人の声が聞こえることは、異常なのだ。


「落ち着け、どうせお前は1週間と経たずに殺されるのだろう? なら別に俺が何者だろうと、どうでもいいだろ?」


「いいわけないじゃない、誰もいないはずの空間から声がするなんて気持ち悪い」


「ハハハッ。 お前、威勢がいいな。 そのような口をきいた生贄は初めてだよ、大抵は俺の言葉に恐怖するんだがな」


 実に愉快そうに笑う男の声を聴いて軽く苛立ちを覚える。 数日と待たずに殺される私を捕まえて何が楽しいのだろうか?


「まあいいや、お前、けっこう気に入ったから助けてやろうか?」


「結構よ。 一時的にこの場から逃げられたところで、山々に囲まれたこの村から出て生きられるわけがないわ。 ここで潔く死んだ方がマシよ」


「ほう、なかなか考えているのだな。 じゃあもしも、山々すらも脱出して人里へ行くことが可能ならばどうだ?」


「そんなの逃げるに決まっているじゃない。 神なんて不確定な存在に私の命を捧げる気は毛頭ないのだから」


 私の言葉を聞いて再び男の声は愉快そうに笑いだした。 本当に何なのだろうかコイツは?


「ここまで筋の通った人間は初めてだよ。 大抵は希望をチラつかせたらソレにすがるものなんだが、まさか蹴飛ばすような発言をしたうえ、神を冒涜するなんてな」


「別にいいでしょ。 生贄となった私の残りの人生は非常に少ないのよ。 不確定な神に祈る暇なんてないの」


 これは本音である。 死ぬ前にいい子ちゃんぶったって仕方がない。 どうせ死ぬのだから神どに、媚びることなく死んでやる。 そんな私の思いを知ってか知らずか、再び男は笑い出す。 そして一通り笑い終えると急に妙なことを言い出した。


「なるほどな、それならば、お前には、まだ生きてもらおう。 俺は、もうお前を気に入ってしまった。 お前を助ける。 生かしておくことは決定事項だ」


「はぁ? 何言っているの?」


 先ほども言ったように、この村は山々に囲まれており女一人で脱出なんて不可能だ。 つまり私は生贄にされる以外に道は無い。


「なあ、ネズミの天敵って何だと思う」


 いきなり、話題が変わる。 私の話を無視してくれるとは全くもっていい度胸である。 ムカついたので、男の返事は投げやりに答えた。


「猫とかじゃない?」


「確かに猫も脅威となるだろう、だが猫だけでは役不足だな、答えはフクロウだよ。 あいつらは猫と違って、好んでネズミを狩り食料とするからな」


「へぇ、そうなの。 それで? フクロウが効果的だとしても私が生贄にされるまでは数日なのよ? 何万というネズミを相手に何ができるというの?」


 フクロウが効果的なのはわかった。 だが現実的に考えて私が生贄にされるのは確定事項であり覆せない現実だ。 この男はとことん人をからかうことが好きらしい。


「俺の力で、山々のフクロウをこの地へ呼んで3日でネズミを殲滅させてやるよ。 そうすればお前は生贄になりえないんだろ?」


「無理に決まってるじゃない。 馬鹿なのアナタ?」


「無理じゃないさ、フクロウくらい、どうとでもなるんだから」


 その言葉を最後に、私が呼び掛けても声は返ってくる事はなかった。 そして飲まず食わずで、3日が経過したある日、突然納屋の扉が開き村人たちが私の前に一斉に跪いた。


 何事かと理由を聞いてみると、急にやってきた。 大量のフクロウが、村中のネズミを全て食ってしまったらしい。 加えてネズミがいなくなった晩に、村中全ての住人の夢に山の神が現れ、私を殺してはならないとお告げをしたらしい。


『お前は気に入ったから、老衰したら俺に仕えろよ。 好待遇で使えさせてやるよ』


 村人たちに連れられて納屋を出る際に、あの憎たらしい声が後ろから聞こえたので私はこう返した。


「イケメンだったら仕えてあげるわ、凡人並みの容姿だったら膝蹴りを食らわせてやるから覚悟しなさいよ」


 その言葉で、納屋から、とても愉快そうな笑い声が木霊した。

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