第八話(エピローグ)

 翌朝、ダベンポートはスレイフ商店を訪れた。

「入るよ」

 中からの返事を待たず、ドアを開けて店内に入る。

「……なんだ、昨日の魔法院の人じゃないか」

 暗い店の中、奥の小さな椅子に座った老人が眼鏡を光らせながら顔をあげた。

 昨夜、ダベンポートはスレイフ老人が逃亡しないように見張る事をセントラル警察に頼んでいた。だが、特に逃亡する様子はなかったようだ。結局警察からその後何の連絡もなかったし、現にスレイフ老人はここにいる。


「スレイフさん、あなたを逮捕します」

 そう言いながらダベンポートはポケットから手錠を取り出した。

 ダベンポートの手錠を見てスレイフ老人の口角が醜く歪む。

「……フフ、」

 意地の悪い苦笑。

「……何の容疑で?」

 スレイフ老人はダベンポートを椅子から見上げた。

「禁忌呪文と行使禁止呪文の行使です」

 一応罪状を列挙する。

 それでも立ち上がろうとすらしない老人を見ながら、ダベンポートは口を開いた。

「スレイフさん、あなた昔魔法院にいましたね? 昨日の夜にやっと思い出しましたよ。どこかで見た事がある名前だと思っていたんです。『変わり者の天才スレイフ』、あなたがそうなんですね」

「…………」

 スレイフ老人は答えない。

「僕はまだその頃魔法院にいなかったが、あなたの研究は読みました。あなたの錬金術に関する研究は素晴らしい。だが、錬金術しか研究しなかったせいであなたは結局魔法院では研究員止まりだった」

「……昔の話だ」

 ようやく、スレイフ老人が言った。

 過去の話を持ち出され、嫌そうにするスレイフ老人を見ながらダベンポートが言葉を継ぐ。

「あなたが魔法院を去った後、残念ながらあなたの行方に興味を持つ者は誰もいなかった。でも、こんなところにいたとは驚きです。しかも売っているものがとんでもない。まさか本当にホムンクルスを完成させていたとは思いませんでした」

「なに、ちょっとした老人の手慰みだよ。子供のおもちゃだ」

「子供のおもちゃ。確かにそうかも知れない」

 ダベンポートは頷いた。

「しかし、子供をマナの経路にしてホムンクルスに魔力を供給する、この仕組みは戴けませんね。あなたは歴史の闇から掘り起こした禁忌呪文を使ってホムンクルスを作り出し、店の外でもフラスコに魔力が流れるように子供の手に魔力結合マナ・リンクの魔法陣を焼き付けたんだ」

「それがなんだと言うんだ」

 スレイフ老人は反駁した。

「どうせ子供から供給されるマナはたかが知れている。ホムンクルスは数日のうちに死ぬだろう。そうしたら呪文は失敗フィズルして、魔力結合マナ・リンクの魔法陣はただの思い出になる」

「それが普通の子供ならね」

 とダベンポートは同意した。

「だが、素質のある子供の場合はどうなりますか? 例えば生まれつきマナの経路が人並み外れて太い子供の場合は?」

「……その場合は、ホムンクルスは死なないかも知れん」

 しぶしぶ、スレイフ老人は頷いた。

「だが、それがどうした。おもちゃが長持ちする、結構な事じゃないか」

「そのマナ流量があなたの想定外に大きくても、ですか?」

 ダベンポートはスレイフ老人に訊ねた。

「あるいは、魔力結合マナ・リンクが暴走した場合はどうですか? あの呪文は領域リームという安全策を取らない古い呪文だ。暴走する可能性は大いにある。魔力結合マナ・リンクが暴走したら最悪、辺り一面からマナを吸い上げてしまうかも知れない」

「その場合は」──とスレイフ老人が少し口ごもる──「大量のマナが一気に子供の身体に流れ込むだろうね」

 今では老人から挑戦的な雰囲気は消えていた。

「そうなるとどうなりますか?」

 さらにダベンポートはスレイフ老人に訊ねた。

「おそらく、跳ね返りバックファイヤーが起こるだろう。跳ね返りバックファイヤーはつまるところ流れ込んだマナ、言い換えれば魔力の副作用だ。一回に流れる量が多ければ多いだけ効果は激甚げきじんになるはずだ」

「そう。その通り」

 とダベンポートは人差し指を立てた。

「そしてそれがキャロル・ダーイン、ダーイン家の一人娘に起きた事なんです」

 ダベンポートの瞳が暗くなる。

「スレイフさん、あなたは魔法にはとても詳しい。そして錬金術の知識もおそらく王国で一番だ」

 ダベンポートは話を続けた。

「だから、これが事故だったという言い訳は通用しません。あなたなら当然予見して然るべき現象だ。おそらくあなたはその危険も判っていて、その上でここで上流階級相手に商売を続けてきたんだ。あなたには然るべき罰を受けてもらう」

 と、ダベンポートは内ポケットに右手を入れると羊皮紙を一枚取り出した。

 羊皮紙にはすでに魔法陣が組み立てられていた。単純魔法陣の中に小さな●、魔力吸収マナ・ドレインの魔法陣だ。

「…………」

 ダベンポートは老人の前で伸び上がると、上に手を伸ばして壁の高い位置に魔法陣を貼り付けた。ここなら脚が悪く、小柄なスレイフ老人には届かない。

 すぐに起動式を詠唱。

「────」

 続けて固有式を詠唱。

 対象:スレイフ商店

「────」


「……何をした?」

 怯えたようにスレイフ老人はダベンポートに訊ねた。

魔力吸収マナ・ドレインです」

 簡潔に答える。

「あなたは放っておくと何をするか判らない。それにホムンクルスも始末しなければならん。今、マナの流通を完全に停止しました。これでこの辺りでは誰も魔法が使えない」

 ふと、ダベンポートが苦笑を漏らす。

「無論、これで僕も魔法が使えなくなった訳だが」

「ここにいるホムンクルスを全員殺すと言うのか!」

 思わずスレイフ老人は立ち上がった。

「大量殺戮だ! そんなこと、許されん!」

「違います」

 スレイフ老人を見るダベンポートの目は冷たかった。

「ホムンクルスは生き物じゃない。ただ、土に戻すだけだ」

 マナの流れが止まり、周囲の魔力が一気にゼロになる。

 と、見る間に周り中のフラスコの中でホムンクルス達がもがき始めた。

 男の子、女の子、犬、猫、鳥……

 苦しそうに身悶えし、次々とフラスコの底で崩折れていく。

「ああ! ああ! ああ!」

 スレイフ老人は両手で頭を抱えた。

わしの! わしの子供達が!」

「…………」

 ダベンポートは半狂乱になったスレイフ老人の腕を掴むと、黙って両手に手錠をかけた。


+ + +


 気が狂ったようにもがくスレイフ老人を警察に引き渡したのち、ダベンポートはダーイン家のタウンハウスへ馬車で向かっていた。

 警察は所定の取り調べを行った後にスレイフ老人を騎士団に引き渡す予定だ。その後は裁判。法廷が必要な罰を下すだろう。


 ダーイン家の玄関の前にはもうカラドボルグ姉妹が外に出て待っていた。

 膝の上で頬杖を突き、玄関の前の階段に退屈そうに座っている。

 ダベンポートが馬車から降りると、早速二人は文句を言い始めた。

「ダベンポート様遅ーい!」

「遅ーい!」

「すっごい待った!」

「死ぬかと思った!」

「すまないね、思ったよりも時間がかかってしまった」

 ダベンポートは二人に謝った。

「で、終わったのかい?」

「終わりましたー」

 二人がぴょこんと立ち上がり、ダベンポートの両側から嬉しそうに言う。

「とっても綺麗になりましたー」

「わたしたちのの中でも最高傑作かも!」

「一度頭蓋骨割って組み合わせ直しました。足もノコギリで切ったし、長さも変えたし。こんな修復してくれるのってわたしたち位ですよ!」

「ねー」

 また、いつもの『ねー』か。

「あのね、ダベンポート様」

「ところでちょっと困ったことがあるの」

 と二人は眉をひそめた。

「なんだい?」

 どうせロクでもない話だろう。

「行きはね、グラムさんが荷物を荷台に乗っけてくれたの」

 とカレンが言った。

「でね、帰りは自分でやれって言われたんだけど、でもわたしたちじゃあこのトランク載せるの、たぶん、ムリ」

「うん、ムリ。だからねー」

「ねえダベンポート様、載っけて♡」

 甘えたような声。

「しょうがねえなあ」

 渋々、ダベンポートは二人の足元から大きな黒いトランクを持ち上げた。

「んッ!」

 とんでもなく重い。まるで石が詰まっているようだ。

 苦労してトランクを荷台に載せ、行きと同じように縛りあげる。


 荷物の準備が出来た時、すでにカラドボルグ姉妹は馬車に乗り込んでいた。

「そう言えばダーイン夫人はどうしたんだ?」

 ふと気になり、ダベンポートも馬車に乗り込みながら二人に訊ねる。

「今はキャロルさんと一緒にいます」

 とカレンが答えた。

「防腐処理も施したのでしばらくは一緒にいられると思います」

「でもお葬式するのかなー」

 ヘレンはカレンに話しかけた。

「どうだろう?」

 カレンがヘレンに答える。

「泣いて喜んでいたもんね、当分は埋めないかもねー」

 御者が手綱を使うと馬車が走り出した。

「まあ、いいんじゃないか? 気が済むまで一緒に居れば」

 シートの背に身を預け、長い足を組む。

 あれだけ悲惨な目に遭ったんだ。少し長く別れを惜しんだところで罰は当たるまい。

「まあ、そうかも知れないですねー」

 ダベンポートはカラドボルグ姉妹との他愛のないお喋りを楽しみながら、魔法院へと運ばれていった。


──魔法で人は殺せない7:ホムンクルス事件 完──

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【書籍化】魔法で人は殺せない7 蒲生 竜哉 @tatsuya_gamo

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