第59話 幻影のレクス
「はぁ!?一体どういうことなの!?」
オーディアス王城に設けられた来賓用の客間に怒声が響く。その怒声の主である聖王国の聖女は己の計画に大幅な変更が出たことに憤りを覚えており、同じ室内にいる長女を除くヴァルキリー姉妹は萎縮してしまっている。
「これは予想外でしたね。あの獣の鳴き声によってまさかあの鍛冶師の処遇が一旦お預けとは……」
「うちの国が蔑ろにされたことが一番腹が立つわ。各国の首脳が集まっているというのにオーディアスのみで話が決まったことに納得が行かない」
「そもそも我々はあくまで来賓ですからね。あれこれ口出しできない立場ではありましたが」
「あいつらの情報通りなら間違いなくあの人間は神級鍛冶師よ。放っておくわけにいかないじゃない。それに忌々しい魔族が裏で接触しているって話も出ているし……」
とても宗教のトップに君臨しているとは思えないほどの険しい顔つきで指の爪を噛む聖女にヴァルキリーの長女である『ブリュンヒルデ』は、一息ついて思案を巡らせる。
「それにしても困りましたね。かの神級鍛冶師と面会の一つもできないとは」
「バジェスト王め……!あーむかつく!」
「伝手を使ってみてはいますが、どうやら神級鍛冶師の存在は秘匿の存在だったらしく、貴族たちもほとんど情報を知らないそうです」
「ふ~ん……まぁあのジジイ共には期待していないわ。それで?こんな急に話が進んだ理由くらいは分かっているんでしょ?」
「ええ、どうやら神槍のオルバルトが城に来ているそうで」
「あのオルバルトが!?奴はとうの昔に隠居はずでしょ!どうして今更ここに...!」
神槍のオルバルト。その名は大陸全土に轟き、数十年と経った今現在でも色褪せることのない英雄の名である。
オーディアスが人族最強の国と言われる所以の1つで、過去のある強大なモンスターがオーディアスを襲った時勇敢に立ち向かい、槍が光を放つたびモンスターは悲鳴をあげ、大地が割れたという。
今は隠居して朗らかに笑うお爺ちゃんだが、その昔は彼がいる限りオーディアスは墜ちないとまで言われ、ひとたび槍を握れば彼一人で戦況を覆す存在だったらしい。
その威光は今尚健在で、バジェスト王も宰相も国の名だたる存在が御伽噺に出てくるような英雄の言葉を無視など出来るはずないのだ。
「そうか。あの鍛冶師の知り合いに孫がいたわね。なるほど、理解したわ」
「伝説の英雄も孫には甘いようですね。かと言って我々の頭上を超えて話が進んだことに納得がいきませんが」
「あ~ほんと腹立つ!ブリュンヒルデ、バジェスト王には抗議の申し入れをしておきなさい。今一度聖王国の威厳をこの国に知らしめないといけないわ」
「そうですね。バジェスト王も理解した上で処遇を決めたのでしょうから、我々の抗議くらいは甘んじで受けていただかないといけませんね」
イライラが止まらない聖女は、少し冷めてしまった紅茶を一口飲んで顔を顰めるとすぐさま新しいのを淹れるよう部下のヴァルキリーに指示を出す。
「ブリュンヒルデ、暗部に連絡を取りなさい。神級鍛冶師の行動を監視するようにとね」
静かに会釈し、妹たちを連れて部屋を出ていくヴァルキリー達が去ると聖女は深く息を吸い己の中にある溜飲をため息と共に幾分か吐き出す。
「神級鍛冶師……聖王国から逃げられるとは思わないことね」
今アリッサの下へ聖王国の闇が迫ろうとしていた。
「まったく聖女様も困ったものだ」
部屋から退室したブリュンヒルデは妹達と共に城の中を歩いていた。暗部と連絡を取るよう指示を受けたものの気乗りはしなかった。
というのも暗部がブラッディー・シャドウであるのも理由の一つだが、ついこの前アルバルトの暗殺に失敗したこともあってか、オーディアスの警備が軒並み強化されており、裏家業の人間を使いずらくなっているのだ。
「姉さま……いくら聖女様の頼みとは、今回はやめておいた方が……」
長女の呟きに次女のアダマンタイト製の青い鎧を着込んだスクルドが苦言を呈す。
「私もできるものならばそうしたいところだが、聖女様のお言葉は絶対だ。我々は言われたことを成すだけだ」
「そうですか……しかし、あちらからの情報は本当なのでしょうか。ディケダインがかの神級鍛冶師に倒されたというのは……」
「それは本当だ。現に奴の腕は狼の腕になっている。ディケダインから防具を取ったのだろう。スクルド、お前の言いたいことも分かる。ディケダインを退けるほどの者ならばもっと慎重に動いた方がいいとな」
「聖女様の命令は絶対です。やらねばならないのも理解できますが、何も奴らを動かすほどのことなのでしょうか。変に監視に留めるよりも真正面から接触して友好的な関係を築いた方がよろしいかと思います」
「これは聖女様のご意思もあるが、あちらからの希望でもある。神級鍛冶師についてはこちらに任せてほしいとな」
「ああ……敵討ちですか」
スクルドの納得がいった言葉にブリュンヒルデは頷く。
「彼らの怨みはしつこいぞ。怨むのならば己のしでかした事の重大さを怨むのだな」
「果たして監視だけで済むのでしょうか……」
「済むわけがないだろう。殺しはしないだろうが……まともに会話できるかは知らんがな」
クックック、と邪悪な笑みを浮かべる長女に妹達はいつも通りドン引きしていた。
オーディアスに響き渡った咆哮の件から1週間が過ぎた。アリッサと言えば何をするわけでもなく、リーシアの家でゴロゴロしており暇を持て余していた。
というのもアリッサの処遇については、本人のあずかり知らない場所でもめているそうで、変なトラブルに巻き込まれても困るので家で大人しくしていてほしいそうだ。
「こうも何もしない日が続くと流石に飽きてくるな」
最初こそこれまでのドロップ品の整理や武器を出しては眺めて恍惚に浸っていたのだが、流石に飽きてくる。
「新垣達は……今日も鍛錬か~」
学生勇者達は毎日元気よく鍛錬に出かけており、誰もアリッサとスキンシップを取る相手がいないのだ。
「………よし」
良くない考えが頭をよぎる。アリッサは何か決意するとそれを実行するべく夜まで身体を休めるのであった。
さて、そんなこんなで夜も遅い時間帯。屋敷にいる人達も寝静まった頃、アリッサは静かに起きる。
そしておもむろに窓の鍵を外して2階から飛び降りて華麗に着地する。屋敷内を巡回する警備兵がいるが、アリッサからすればレベルの低い兵の目を掻い潜るなど造作もない。
「おい、どこに行く気だ?」
「うお!?」
屋敷の敷地内から出て、一安心したところで急に真横から話しかけられアリッサの心臓が飛び上がる。
「れ、レクスか!び、びびらせんなよ…」
「お前、屋敷の主から外に出るなと言われていなかったか?」
そう、アリッサに話しかけてきたのは元ブラッディ・シャドウの幹部の一人『幻影のレクス』と後ろに影のように控えるレクスの部下たちだった。
まぁ部下と言っても幼い頃から共に育った家族のような部下だが。
「あ~……なんかずっと屋敷の中にいると暇でさ……」
「……また娼館にでも行くつもりだったのか………お前の趣味にどうこう言うつもりはないが、天使族というのはこうもだらしないものなのか?」
暗くてよく分からないが、美少年からジト目をされているようが気がしてアリッサは苦笑いを浮かべ、恐らく聖王国のあのヴァルキリーと比べられているのだと推測する。
「ね~主様ってホントに天使族なの?」
レクスの後ろから茶髪をツインテールにした小柄の女の子が話しかけてきた。
「確か君は……リネットか」
「うん、リネットだよ」
彼女の名はリネット。レクスが率いる7人の部下の中で最年少であり、こと暗殺に関してはレクスの次に名が挙がるアサシンである。
「質問に答えると一応天使族らしいよ。オレも自覚はないんだけどさ」
「へぇ~天使さんって翼とかないの?あの国のヴァルキリーは翼あったけど」
「あ~あいつらな。あいつらはあるけど、オレはないんだ――――ってなにをしているんだー!?」
リネットの質問に答えていると彼女は音もなくアリッサに近づくといつの間にかズボンを下ろしていた。
その行動にはレクスや他の部下も驚いており、当のアリッサは一瞬で顔が真っ赤になる。
「わー!ほんとにおちんちんあるー!あっ!女の子のもある!すごーい!」
「リネット!!」
「いたーい!!!」
一瞬面食らったレクスだったが、少し顔を赤らめながらもリネットの頭に鉄拳を振り下ろし、アリッサから強引に引き剥がす。
「す、すまない。リネットはちょっと頭が悪いんだ……」
「頭が悪いどころの話じゃないだろ……」
「ねえねえ!レクスより大きかったね!――――い、痛いよー!!なんで何度もげんこつするの!?」
「お前があまりにも馬鹿だから呆れているんだ!」
あの冷静無慈悲なレクスが声を荒げている姿は原作にはなく、珍しいものを見れたが、その代償として自分の部下、それもまだ年端も行かぬ子供達に見られたのは納得が行かなかった。
「はぁ……皆、今見たことは忘れろ。アリッサもすまない。この馬鹿にはメリシュ姉さんからも叱って貰う」
「や、やだー!!メリシュお姉ちゃん怖いからやだー!!」
「メリシュ姉さんのお気に入りに手を出したんだ。それくらい我慢して叱られろ」
やだー!と言って駄々をこねるリネットを放置し、レクスはアリッサへ向き直る。
「話が大分脱線したが、今オーディアスは少々物騒だ。俺達も目を光らせているが、それを掻い潜ってくる奴もいるかもしれない」
「レクス達でもか?それは……古巣の奴らくらいか」
「ああ、聖女のヴァルキリーがどこかに連絡を取っていたと報告が上がってきている。近いうちに動き出すはずだ。ディケダインを殺したお前は間違いなく復讐対象に入っているからな」
「……今後の憂いを断つ意味でも本格的に潰した方がいいかもしれないな……」
「それは理想的だが、潰せるのならとっくの昔に潰している」
「暗殺集団はそう簡単に尻尾を掴ませてくれないか。なんか面倒だなぁ」
「だから俺達は今まで生き残ってきたんだ。だから、護衛を伴わない不必要な外出は控えろ。お前は正面から戦えば無類の強さを誇るだろうが、俺達は常にからめ手で戦う。大切なものが増えれば増えるほどお前の足枷は重くなるだろう」
「肝に銘じておくよ」
「ああ、俺と姉さんはお前に全てをかけたんだ。頼んだぞ」
あの寡黙なレクスがここまで長く喋ることは稀であり、それほど今のオーディアスはきな臭くなっているのだろう。そして言いたいことを言ったレクスはリネットの引きずりながら闇夜に消えていった。
レジェンダリーファンタジー また太び @matatabi1227
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