第58話 這い寄る混沌の勢力

「はぁ...」



久方ぶりの再会か故に少々ハッスルしてしまったリーシアに夜通し付き合わされアリッサは、げっそりとして表情でアルベッド家のベッドで寝転んでいた。


リリスや娼館の子達との情事は楽しかったのだが、如何せんリーシアは騎士ということもあり、そんじょそこらの女性とは違ってパワフルだった。

ほぼアリッサが搾り取られるような形で事は進み、リーシアが満足する頃にはもうアリッサは虫の息であり、逃げるように自室へ帰ってきて泥のように眠ったのだ。



「リーシアやべえ...」



時刻は既に午前1時を回っており、元の世界ならともかくこの世界で午前1時は起きている人間など少数派で、つまり何が言いたいかというと……――――



「なんだ?」



アリッサは特別修行などを積んだわけではなく、あくまで強大な力を持ってしまった一般人なわけで、例えば窓の外に感じる異質な気配に気づくなど普段はありえないのだが、アスガルドと融合したことで彼の幾星霜と蓄積した歴戦の経験から自然と気配やオーラと言ったものが感じられるようになったのだ。


窓を開けて相変わらず透け透けの寝巻のままだが、アリッサは構わず2階から飛び降りる。既に気配は消えていたが、微かに残るじっとりと粘つくような空気を感じてアリッサは夢ではなく現実だと知る。



「アリッサさん」


「バニラか」



何か痕跡がないか調べているとバニラが慌てて来たのであろう息を切らして走ってきた。



「気付いた?」


「はい、何か邪悪な気配を感じて」


「気配だけじゃ分からんな~………何か痕跡でも残っていればおおよそ見当がつくんだけど……―――バニラはぱっと見て何か分かる?」


「軽く見た程度ではわかりませんが………あの気配から得られる情報としては、明らかにこの世に存在する生物とは思えません」


「それはオレも同感だなぁ……あれは……――――そう、邪神の手先のような…」


「邪神……新垣さん達が言っていた勢力ですね」


「ケツァルコアトルが纏っていた気配と似ているんだよね。でも、なんでリーシアの家に……」


「インドラ様が狙われているのでしょうか」


「いきなり親玉狙ってくるもんかね?だとしたら相当やばいけど。ここまで接近されるまで気付かなかったし」


「何か対策を練らないといけませんね」


「対策かぁ……基本的に対策らしい対策がねえんだよなぁ……あいつら触れられたら浸食されるし」


「すみません、アリッサさん。邪神というのは一体どういうものなのでしょうか?」


「邪神っていうのは――――」



邪神。この世界とは別世界に存在する創造神達のことであり、元々は世界安寧の為に存在していた神だったのだが、自身の世界を構成するエネルギーが尽きてしまい、何とか世界を保とうとした結果他の世界を喰い殺す邪神へと堕ちてしまった神の総称である。

姿は見ただけでSAN値が減ってしまいそうな異形の姿をしており、その手先もまたドロドロ系や触手系など接触を避けたい者どもが揃っている。



「簡単に説明するとこんな感じだな。触れられると自身の存在エネルギーを吸われてしまう厄介な相手なんだ」


「存在エネルギー……」


「これはちょっと神話的な世界の根底に関わる話だけど、タナトス神っているだろ?」


「はい、全ての生命の終わりに姿を現す神様と聞いております」


「そう、そのタナトス神。タナトス神はエロス神と正反対の力を司り、エロス神が新たな生命の誕生の役割を持ち、タナトス神が天寿を全うした生物のエネルギーが迷わないように世界へ変換する力を持っている。要はタナトス神が世界のエネルギーを回収し、エロス神がそのエネルギーを使って新たな生命の誕生を担っているわけだな」


「私もそう昔に習った覚えがあります。だから、違う宗派の皆さんも大切な人が亡くなった時は、その時だけタナトス神へ祈りを捧げるのです」


「んじゃ認識は大丈夫そうだな。話を戻すと、つまり邪神は自身達でそのエネルギーを変換できなくなってしまったから、色々な世界へ侵略しているわけだな。生み出せないのなら奪えばいいの精神でね」


「とんでもない神様ですね!」



ふんす!と鼻息を荒くして憤慨するバニラを可愛いと思いつつアリッサは話を続ける。



「まぁこれには海よりも世界よりも深い事情があるんだけど、分かってあげられないし、エネルギーが減ればこの世界の存続に関わる話だから到底受け入れるわけにはいかない」


「減ってしまうとどうなるのですか…?」


「……人々の出生率が減り、大地が枯れ果て、海が減り、気象変動が起きてとても生命が生きていける環境ではなくなる」



苦々しく語るアリッサにバニラもまた口に手を当てて絶句する。



「だから、何としてでも真竜を守りながら邪神を倒さないといけないね。こればっかりは学生達に頑張って貰うしかないが」


「アリッサさんは?」


「オレはエウロにも言われた通りインドラ様を守るよ。それと同時に災厄認定のモンスター共を倒さないといけないが」


「それはアリッサさんの持っている知識で何かが起こるんですね?」


「ああ、邪神達はエネルギーを奪うほかに浸食と言って相手をコントロールする力を持っている。つまり、災厄認定されているモンスター達が浸食されてしまうとあっという間に世界滅亡の危機っていうわけなんだよね」


「獣人国のマザータイラントワームが浸食などされてしまえば……恐ろしいですね」


「それだけは絶対に避けなければならない。幸いオレの情報はエウロを通じて他の神様達に情報共有されているはずだから、そこを通じて他国の巫女さんや聖女達に啓示がいっているはず」



アリッサはほのかに残る邪神の気配を感じ、これからの行動について思案する。



「マザータイラントワームは聖剣使いと学生達に任せよう。オレらは………」


『ウオオオオオオオオオオン―――――!!!!!』


「なんだ?!」


「これは!?」



その時、遥か遠くからこのオーディアスまで轟く狼の咆哮を2人は聞いた。そして更に――――



『ゴオオオオオオオオオオ――――!!!』



先ほどの狼の声とは違う、深い地の底から轟くような咆哮が続けて聞こえてくる。



「アリッサさん!この雄たけびは一体!」


「アスガルドだ!それとこのもう一つの雄たけびは――――キングベヒーモスだ!!」


「ベヒーモス!?獣人国が指定するもう一体の災厄モンスターのですか!?」


「ああ!呼んでいる!2体が呼んでいるんだ!やはりあの2体は別格だ!他の災厄モンスターと違って事態の深刻さを知っている!」



興奮しているアリッサが叫んでいると屋敷の明かりがつき、リーシアやらオルバルトやら学生達が尋常ならざる表情で出てくる。



「あ、やっぱりアリッサいた!ちょっと今のなに!?」


「リーシア!アスガルドとキングベヒーモスがオレ達を呼んでいる!」


「ちょ、ちょっといきなり何わけわからないことを言っているの!?」


「アリッサ君、説明してくれるかい?」



興奮したままリーシアの肩を掴んでぐわんぐわん揺らすアリッサへアルバルトが事情を聞いてくるので、アリッサは少し落ち着いてからバニラに話した邪神の事と先ほどの2体のモンスターについて話をした。



「まさかそのような事が……しかし、アリッサ君は何故その2体が呼んでいると?」


「そ、それは……そう!オレの中のアスガルドが呼んでいるって言ったんです!」



リーシア一家は既にアリッサがゲームでの知識をもとに動いていることを知っているが、学生達は知らない。下手な混乱を避けるためにアリッサはそれっぽい嘘をつく。

まぁ実際あの雄たけびを聞いてからというもの心の奥底に眠るアスガルドが反応しているので、全てが嘘というわけではない。



「事情は分かった。しかし、まさか災厄モンスターが我々とコンタクトを取ろうとしているとは……これはアリッサ君のことで言い争いをしている場合ではなくなったようだな」


「そのようじゃの。どれ、私とアルバルトは王城へ行くとしますかのう。いい加減この茶番にも飽きてきたところですから、アリッサ殿の件は私に任せてくだされ」


「それについては私も同感よ。お爺ちゃんが最初から動いていればこんな大事にならなかったのに」


「ほっほっほ。私はもう既に隠居したジジイよ。あまり政に首を突っ込む気はなかったのじゃが、此度の件は世界の命運を握ることになるだろうからのう。ちょっと陛下へお灸をすえに行くとしよう」


「ふう……また我が家の評判が落ちる気がする……――――それでアリッサ君はどうするつもりだい?何もしないわけじゃないのだろう?」


「ええ、ベヒーモスについては後で考えますが、アスガルドは間違いなくオレを―――ん?」



そこでアリッサは麗奈が腰に下げているアストラルステークが淡い緑色の光を放っていることに気付く。



「おい、麗奈それ……」


「え?え!?な、なに!?光っているんだけど!」


「麗奈、君もアスガルドに呼ばれているみたいだ」


「ええ!?あ、アスガルドってあのやばい狼なんでしょ!?無理無理!!」


「いや、今回のアスガルドに関しては余程のことがない限り敵対はしないはず」


「腹を決めるしかないね。麗奈、行こう」


「ああ、アリッサ先輩がいれば大丈夫だ」



無理無理、と連呼して拒否を示す麗奈に幼馴染2人は無慈悲にも味方にはならず、むしろ若干わくわくしている様子で連れて行こうとする。



「ねえ……アリッサ的にはどうなるの?」


「多分協力関係を結べるはずだ。でも、勇者ではなくオレと麗奈を指定してきた理由が分からない……」


「とりあえず安全ってことよね?」


「ああ、戦闘にはならないはずだ」



こっそり近寄って来て耳打ちしてきたリーシアにアリッサは小声で返し、リーシアはほっと胸をなでおろす。



「アスガルドは誇り高いモンスターだ。こちらから何かしなければ戦闘にならないはずだし、むしろ手助けしてくれるかもしれない。会ってみる価値はある」


「うぅ……行くしかないってまじかぁ……」


「なっさけないわね~麗奈ってまじで肝心な時に意気地なしよね」


「はぁ?彩海こそあたしの立場になってみろって。いきなり世界最強のモンスターと会えって言われて何も思わない方がおかしいでしょ」


「はっ!そんなのどんとこいって。言っておくけど、アタシは既にお前より色々な修羅場くぐってんの。王城でぬくぬく人相手に訓練をしてきたお前たちとは違う」


「あたしらだってオーディアスを出てすぐにドラゴンに襲われてんだからね!」



なんだか喧嘩が始まってしまい、どうすればいいものかと途方に暮れていると新垣と彰が傍にやってくる。



「アリッサ先輩、アスガルドと会いにいく方向で僕らは行こうと思ってるんですが、アスガルドってどこにいるんですかね?」


「新垣と同じく僕らもついて行っていいですかね?是非とも災厄モンスターってのに会ってみたいんですが」


「新垣はともかく彰、お前はエルフに会いたいだけだろ……」


「ぎ、ギグぅ!?」


「彰達には話をしたことがあるけど、アスガルドは幻獣の森って場所に住んでいる」


「王城の書庫で見たことがあります。なんでも一度入ったら最後、迷ってしまい出て来れなくなると」


「まぁエルフの結界が働ている森だからね。幻術殺しの道具を持っていなければ生きて帰ってこれないよ」


「そ、そんな場所に……大丈夫なのでしょうか」


「オレが幻術殺しの武器を持っているし、今回はアスガルドから招待されている身だ。多分何事もなく行けるとは思っているんだけど」


「実際アスガルドと戦闘になったら勝てるのでしょうか……」


「んー………勝てる怪しいかも……少なくともここにいる何人かは死ぬだろうね。無傷での帰還はありえない」



そのアリッサの言葉に2人は黙ってしまう。アザムが最近竜闘気に目覚め、アストラル体となったアスガルドにも有効打が持てるようになったとは言え、アリッサとアザムがダメージを与え続けられるとしても攻撃を一撃でも受ければたちまち戦闘が瓦解してしまうだろう。



「出来れば戦闘は避けたい。それでも戦闘になってしまった場合は全力で逃げるんだ」


「わ、分かりました」


「でも、少しわくわくするんですよね。ゲームでも世界最強って言葉に結構惹かれる人間でして。新垣ってさ、ドラゴンと戦ったんだろ?どうだった?」


「いや~生きた心地がしなかったよ。サンダードラゴンって種類のカラードラゴンで、天候も操るんだよ?土砂降りの中での戦闘で視界も悪いし、足も滑るし、攻撃を受け損なったら意識が飛びそうなくらい痛いんだ」


「うへえ……そっちも結構な修羅場くぐってきたんだな。僕らもさ~依頼でサーペントテイルっていう蛇の……――――」



2人は麗奈と彩海の言葉で感化されたのか、今までの戦闘を振り返ったりと談笑を始めてしまい、話の区切りがついたと見たリーシアが手を叩いて解散の言葉を口にする。



「詳しい話は明日にしましょう。お父さんとお爺ちゃんは王城に行っちゃったし、これから慌ただしくなると思うわ」



という言葉で全員がそれぞれの部屋へ戻っていく。



「アリッサ」


「ん?」



帰り際、リーシアがアリッサを呼び止める。



「また一緒に冒険できるね」



そう口にすると軽い足取りで返事を待たずリーシアは屋敷へ戻っていった。



「ふふ、愛されていますね。アリッサさん」


「行く場所は禁則地の場所だぞ?ピクニックでもあるまいし」


「それでもですよ。お嬢様は嬉しいのです」


「そんなもんかね?」



アリッサもまたバニラを連れて屋敷に戻り、日が昇るまでの短い間、眠りにつくのであった。















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