第57話 お姫様とのお茶会
「相変わらずでっけえなぁ……」
マーカスに引かせた馬車から顔を覗かせてオーディアスの王城を見るアリッサの顔に緊張はなかった。
前回とは打って変わってバジェスト王と謁見するわけではなく、むしろこの世界においてトップに君臨する美貌を誇るお姫様と会えるのだ。心が躍らないわけがない。
まぁ例のパーティーでどの目線から姫様に説教してしまったので、若干の負い目はあるが、それは置いてといてアリッサの心は踊っている。
王城へ続く道は、現在他国の要人が多数集まっているので厳重警戒態勢が敷かれており、オーディアスの兵士に加えて他国の兵も在住していた。こっそり真眼を発動させて周りを見てみると、兵士の平均レベルが50を超えており、この世界の基準で考えればこの集団だけで世界を取れるほどの強者がこの国に集まっているということになる。
中には要人が直接雇ったのであろう専属の護衛もおり、アリッサは興奮しないが、隣のリーシアはそんな有名人を目のあたりにして『ねえねえ!あれって―――』と言って興奮冷めやらぬようだ。
そんな大興奮のリーシアとアリッサは王城へと馬車を進めた。久しぶりの王城では出来るだけアリッサの姿を他国に見られたくないためか、道中オーディアスの兵士以外と顔を合わせることなく、特殊なルートを通ってラクーシャの部屋まで案内された。
「ラクーシャ様、リーシア様とアリッサ様がお着きになられました」
『どうぞ、お通してください』
部屋の前の兵士が告げると中から以前と変わらず美声が聞こえてくる。アリッサの緊張感とは裏腹にリーシアは勝手知ったる自室にようにノックもそこそこに中へ入り、慌ててそのあとをついて行く形でアリッサの入室した。
「お久しぶりですね、アリッサさん」
「お、お久しぶりです。ラクーシャ様」
部屋で待っていたのは淡いピンク色のドレスを着込んだラクーシャと傍付きの護衛である男装の麗人オリヴィアの2人だけだった。
リリスもまたこのレジェンダリーファンタジーの中で1位2位を争う美しさ、人気度を誇るが、ラクーシャはリリスとは正反対の妖艶さとは無縁の芸術品のような美しさを誇っており、その美しさにアリッサは思わず息を呑む。
「どうぞ、おかけになってください」
固まったまま動かないアリッサにラクーシャは、にこやかに笑顔を浮かべて言葉を促し、2人は彼女と対面になるようにソファーに座ると、そこへオリヴィアが紅茶を淹れたカップを持ってくる。
「まず始めに此度の件は誠に申し訳ございませんでした」
「ちょっ!ラクーシャ様!?あ、頭を上げてください!」
開口一番にラクーシャは謝罪の言葉を紡ぐなり頭をさげたのだ。たかが冒険者1人に対してだ。これには流石のアリッサの面食らい、慌てて立ち上がって頭を上げるよう声をあげる。
「これも全て私の力不足が招いてしまったこと。アリッサさんには申し訳ないことをしてしまいました」
「別にラクーシャ様が謝る必要はないわよ。大体陛下が悪いのだから」
「おい、リーシア。密談とはいえ言葉を選べ」
自国の王を侮辱する発言にラクーシャはため息を漏らし、傍付きのオリヴィアが苦言を呈するが、自身もどこかで王の失策と理解しているのか諦めに似た感情と共にリーシアを嗜めた。
「まぁ仕方ないことだったと思いますよ。そもそもバジェスト王はオレの力を知らなかったわけですし、いつまでも力を隠し通せるとは思っていなかったのも事実です」
「そう言ってもらえると私の心も幾分か楽になります。ところで、リーシアから話は聞いていたのですが、アリッサさんはマキナ遺跡の調査に成功したとお聞きしたのですが」
「リーシア?」
「ま、まぁラクーシャ様になら言ってもいいかなって…?」
「………別にいいけど……――――ええ、それは事実です。ごたごたが落ち着いたら話をしようと思っていたのですが、オレが攻略したマキナ遺跡は嵐の海域の先にある遺跡です」
「まさか海賊王ジェネリック以来の到達者が現れるとは思いも寄らなかったな」
「ふふ、私も小さい頃は海賊王ジェネリックのお話をよく御爺様からお聞きになったものです」
「あれは本当の話ですからねえ……」
「本当なのか!?」
「オリヴィアさんの反応が最もですが、実際にジェネリックはいたんですよ。今も嵐の海域のどこかに彼が残した秘宝が残されていますよ」
何のことのないように語るアリッサの言葉にオリヴィアは言葉を失う。隣のラクーシャも手を口に当てて驚いているようで、大した反応も示していないのはリーシアくらいだろうか。
「で、では!アリッサ殿は秘宝のありかを!?」
「知ってはいますが、それを探索する準備が圧倒的に足らないっすね。オレは……――――リーシア、アザムくんのことは?」
「言っているわよ」
「ならいいか。オレは仲間であるウィンドドラゴンの背に乗ってあの海域に挑戦しました。でも、それだけじゃダメでして。あの海域に流れる風は、風を操るウィンドドラゴンですら困難を極める場所だったんです」
そこからアリッサは嵐の海域を突破した時の話を3人へ聞かせた。
「ちょっと、真竜が襲って来たって聞いてないわよ」
「インドラ様に言っていいか確認してなかったんだ。だって、この世界の風を循環させる存在であるケツァルコアトルが狂ったなんて世界の危機すぎるだろ?言ったら混乱するに決まってるじゃないか」
「それはそうだけど……――――で、ケツァルコアトル様は大丈夫なの?」
「それは大丈夫みたいだ。リヴァイアサンが邪気を祓ったってさ」
「そう……なんか色々この世界もおかしくなってきたわね」
突然話のスケールが世界滅亡クラスに置き換わり、ラクーシャとオリヴィアはもちろんのことアリッサの突拍子のない話に慣れてきたリーシアですら驚いていた。
話の流れを戻しつつアリッサは、ラクーシャにマキナ遺跡を案内することを約束すると、彼女は見たこともない大輪のような笑顔を浮かべて喜ぶ。
「まぁまぁ!それは本当でしょうか!私、マキナ遺跡のことを専門的に勉強させていただいているのですが、実物をこの目で一度たりとも見たことがないのです」
「今現在マキナ遺跡を所有している国は獣人国だけど、一般公開されてないもんね~」
「まぁ国の重要施設だしな。と言ってもあの遺跡はジャバウォック達からすると大した設備の無い仮拠点みたいなものらしいが」
そこでまたアリッサはマキナ遺跡で起こった出来事を矢継ぎ早に語り、興味津々の3人に苦笑いを浮かべつつまた今度詳しく話すことを約束して話の軌道を戻す。
「前魔王様もラクーシャ様とは仲良くしたいとおっしゃっていましたから、案内するタイミングで話し合いの場を設けましょうか」
「前魔王様と言うとミドラ様ですね。争いの絶えない魔族の地を一つにまとめ上げた人物と存じております」
「私たちが大きくなった頃には、既にミドラ様は王座を息子様に明け渡していたもんね。でも、小さい頃に一度だけ会ったことあったような?」
「ええ、実際は何度か会ったことがあったそうですが、何分と小さかったもので…」
「私は覚えているぞ。クリムゾンレッドの髪を流すとても美しい女性だったが、それと同時に恐ろしいとも感じた。私のお父様と変わらぬ背をしているというのに中身は全く違う化け物とな」
「不敬罪で殺されそうな感想だが、概ねそんな感じだよな。本人自身はどこまでも突き抜けるような透明さ、あっけらかんとした性格なのにその奥に秘める力は、間違いなく魔族統一を果たした魔王なんだってな」
多少の悪口を言っても笑い流してくれる器量の良さ、寛容さを持ちつつもその気になればデコピン一つで大陸のほとんどの人が粉々になる破壊力を持つ魔王。
これはこの世界に溢れるありふれた話なのだが、ミドラがもし生まれるのが早ければこの大陸は魔族の手に落ちていたであろうと言われている。それほどまでに彼女の影響力は大きいのだ。
「そんな魔王と一緒に戦ったアンタも凄いけどね」
「実際に肩を並べて戦ったわけじゃないけど、あのファフニールと戦って生き残ったのは彼女の力があってのものなんだろうな。もちろんジーノも凄いが」
「遥か昔の...それこそ神話の世界に生きていた存在である古代竜が今も生きているとは、にわかに信じ難いが...」
「オリヴィアさんの言うことも分かる。実際ただのカラードラゴンだって伝説の存在だったわけだし、いきなり真竜やら古代竜やら言われても信じられるわけがないよ」
「でも、本当のことなんでしょ?」
リーシアの言葉にアリッサは首を縦に振り肯定を示す。
「今のところ人間をどうこうするつもりはないようだけど、ジャバウォックやアジダハーカも生きているんだ。いつこちらに牙を向いてくるか分からない。用心することに越したことはないかな」
「用心すると言ってもねえ...相手は古代竜よ?昔の過酷な時代を生き抜いてきた人々ならともかく今の人類に古代竜を相手取って戦える戦力はないと思うなぁ...」
「ごもっともすぎる。確かに今の大陸全土の人々が手を取り合って古代竜一体に挑んでも一瞬で灰になるだろうね」
「まあカラードラゴン一体でもAランク級冒険者じゃないと有象無象だしねぇ...」
「かと言って今更鍛えたところで古代竜に匹敵する力を得れるとも思わんな。アリッサ殿、貴方はどうお考えか?」
「考えかぁ...正直古代竜と戦うのは大反対なんだけど、ジャバウォックとアジダハーカの存在は危険すぎるのも事実。でも、俺らが戦うには圧倒的戦力不足。だから、ここは潔く諦めて真竜に出張ってきて貰うしかないと思うな。インドラ様は父親と親しい仲間を古代竜に殺された過去を持つから、古代竜絶対許さない考えだし、力自体は貸してくれると思う」
「それが一番堅実な作戦よねぇ...」
ある程度今現在水面下で起きている出来事を話したところで、アリッサはラクーシャに本題をぶつけた。何故自分がここに呼ばれたのか、ただ世間話をする為に呼んだわけではないだろうと。
「世間話をするのもあながち間違いではないのですが、呼んだ理由としては政治的な意味合いが大きいです」
「要はどこの噂か知らないけど、オーディアスとアリッサは仲が悪いわけじゃないですよーってこと」
「なるほど、オレとラクーシャ様がお話をすることで、お茶会に招かれるほど仲が良いってことを今集まっているお偉いさんにアピールするってわけか」
「それにラクーシャ様は既に各国の要人から面会の依頼が多数舞い込んできている。それを押しのけお前とお茶を飲むという意味合いは、かなりの意味を含んでいる」
「仲はもちろんのこと、アリッサを貴族以上、またはそれと同等の扱いをしているということなのよ。アリッサ、ラクーシャ様とお茶会をするという意味は分かった?」
「あ、あぁ...よく分かったよ。た、確かに人族側で最も栄えていると言っても過言ではないオーディアスの姫君とお茶を飲むというのは...一筋縄ではいかないことだよな」
何だか知らないうちに政治の世界に片足を突っ込んでいる気がしなくも無いが、いつかはこんな事になるだろうなとは薄々勘づいてはいた。
しかし、今もアリッサの気持ちは変わらない。
こんなくだらない政に我が身を縛られるわけにはいかないのだ。
「でも、ご安心ください。何度か言ったような気がしないわけでもありませんが、アリッサさんを政治の世界に縛り付けるつもりはありません」
アリッサの微妙な表情を読み取ったラクーシャが話す。
「父もお兄様も真竜の姫君と共に行動する貴方を見てようやく事の重大さに気づいた様子ですから」
「まあもう遅いけどねー。アリッサ、ラクーシャ様に今のアンタの気持ちを言いなさいよ。人族につくのか、それとも別の道があるのか」
リーシアは既に諜報員を通して話を知っているのか、分かりきった顔をしていた。
「今のところは魔族のところでお世話になろうと思っています。リリスも何だかオレの仲間になっていますし、ラームレン大塔ではミドラ様にもジーノさんにもお世話になりましたからね」
その言葉を聞いてラクーシャは分かっていたもののやはり残念そうな表情を浮かべる。
「別にオレの在り方は変わらないつもりですよ。魔族の世話になると言っても武力支援はインドラ様に止められていますし、オレもするつもりはないですからね」
「で、あるならば一つ忠告を。聖王国にはお気をつけください。まだこの国に到着しておりませんが、既に裏で手を回して貴方を取り込もうとしているかもしれません」
「それはオレも警戒しているつもりです。あの国は根本的に腐っていますからね。特に今代の聖女は偽物だからな。アイツに神の加護も不死族を倒す聖女の力はねえ」
アリッサのカミングアウトに3人は言葉を失う。
「ちょ!ちょちょ!ちょっとそれどういうこと!?聖女様って力を受け継がれた者がなれるものでしょう!?それが偽物って...」
「元々はただのシスターだったはずだが、どこかのタイミングで本物の聖女の力を奪って成り代わったはずだ。本物の聖女は別のところにいる」
「アリッサさん、本物の聖女様は何処に?」
「聖女は確か......」
「オリヴィア、地図を」
驚愕の事実を知らされたなか、ラクーシャは冷静だった。オリヴィアに地図を持ってこさせるとティーセットを下げてテーブルに地図を広げる。
「ここだ。聖女様はここの地下にいる」
アリッサが指差した場所は聖王国から然程離れていない地名もない山脈だった。
「アリッサここは?」
「地名も何にもないが、ここは遥か昔聖王国ができた当初、罪人が働かされた地下労働施設だったんだ。だが、今は改装されて聖皇国が秘密裡に隠し持つ闘技場やギャンブルなど賭け事をする場所として存在しているはず」
「まるで奉仕国家みたいね」
「私の部隊を動かしてみましょう。リーシア、この件イェーガー家にも伝えていただけますか?」
「もちろん。流石にこれは見過ごせないわね」
アリッサのカミングアウトに面食らった3人は息を落ち着かせる。
「なんだか、とても疲れてしまいました。おかしいですね、初めは楽しくお茶会をして終わる予定だったのですが」
「アリッサと話をしていると疲れるのよ。これで分かったかしら、アリッサがこの世界の人間とは違うことを」
「ええ、とても」
「今のところ突拍子のない話ばかりだが、聖女様の話は私のところでもきな臭いと思っていたのだ。聖女様は性格が変わられてしまったとな」
「オレの記憶違いでなければ、間違いなく本物の聖女様は幽閉されている。乱暴なことはされていないと思うが、早めに助けてあげた方がいいだろうな」
「もしアリッサさんの言う通り聖女様が見つかったら...聖王国は揺れるでしょうね」
「そして間違いなく本物聖女様は排除されるだろうな」
「アリッサさん、この話の裏が取れたら協力していただけますか?」
「ええ、いいですよ。多分このまま救い出したとしても殺される未来しか見えないだろうし、ほとぼりが冷めるまでオレのところで保護しましょう」
アリッサの言葉にラクーシャは礼を言い、楽しい楽しいお茶会は幕を閉じた。
帰りの馬車の中、リーシアは呟く。
「アンタ、私がいないところで色々な冒険をしていたようね」
「まぁ、色々あったな」
「はぁ......いいなぁ...」
「悪いな、学生のお守りを押し付けてしまって」
「別にその事は気にしていないわ。あのまま家にいたら結婚を迫られていたでしょうし、旅には出なくちゃ行けなかったのよ」
でも!とリーシアは力強く言葉を発するとアリッサに向き直る。
「リリスを仲間にするのは気に食わない!!何よあの身体!!サキュバスって皆ああなの!?」
「ま、まぁあんな感じかな?1人例外がいるけど...」
と、脳裏に浮かぶのはお淑やかで露出を控えた服を身にまとっているナナリーの姿。まあ彰と夜にイチャコラしている時はそうでもないのだろうが。
「で、ヤッたの?」
「な、なにが?」
「リリスと!」
「え、えーと...」
「早く!!答えて!!」
「や、ヤリました!!」
「アリッサ!!今夜私の部屋に来なさい!」
「え!?ええ!?新垣達もいるんだぞ!?」
「大丈夫!最近この槍を使うようになってから防音魔法使えるようになったし!」
「は、はぁ!?お前二重属性に目覚めたのか!?」
「ジェニファにも手伝って貰って風の簡単な魔法なら使えるようになったのよ!」
「無茶苦茶だろ!!」
やはり戦闘に関しては天才と言わざるを得ないアルベッド家の人間。しかし、人の生まれ持った不変的な存在である属性を新たに習得するとはどういうことなのだろうか。
そこでアリッサは以前にオルバルトが言っていた言葉を思い出す。そう、アリッサの作る武器はまるで生きているようだと。
もしかして、もしかするとリーシアとあの竜槍の間に絆が生まれるような事が起き、槍の潜在意識でも目覚めたとでも言うのだろうか。
「........ひょっとすると麗奈の武器も...」
アリッサは1人興奮するリーシアとは打って変わって、この世界に来て2本目となるレジェンダリー武器となった自作を見つめるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます