第4話 そして、アンリエッタは歩き出す
服を脱がなければ死ぬって、どういう状況なのだ?
「落ち着いてください。どういうことですか?」
「落ち着いてる場合か! 早く服を脱げ!」
「い、嫌ですよ」
「あーーーーもう! だったらあの四人から何かをもらったことはあるか?」
「四人?」
「取り調べの!」
記憶をたどる。
「たぶん、ないと思いますけど」
「ならポケットとかカバンとかに、見覚えのないものは入ってないか?」
私は急いで身体中を調べる。特に不審なものは……。あ、
「あります。なんか、ペンダント? みたいな」
「捨てろ! 人のいない場所に放り投げろ!」
私は言われるまま、近くの窓からそれを放り投げた。
「投げました」
「今どこにいる?」
「え? いや、取調室の前から動いてないですけど」
「……よし。すぐに向う」
そう言って、通信は切られた。なんだったんだ、いったい。
数分して、教授が戻ってきた。するとすぐにシルヴィアの腕をつかむ。
「お前が犯人だ」
時間が凍ったようだった。私を含めて全員が、シルヴィアと教授に視線を向ける。
「そんなわけないじゃないですか」
ようやく、私が声をあげた。
「いや、こいつが犯人だ」
「違います! シルヴィアはそんなことしません!」
「なぜそう言い切れる。君は彼女のすべてを知っているのか?」
「それは……」
そうとは言い切れない。友人のすべてを知っているなんて、そんな傲慢なことが言えるはずもない。
「なら、私が根拠を示そう」
うなだれる私を見て、教授がそう言った。
「そうね。納得できる説明をしてくれるんでしょうね?」
シルヴィアは教授をにらみ、気丈に言い放った。
「当然だ」
そして教授の推理ショーが始まったのだ。
「まず、新しい情報を示そう。私は二号館裏の駐車場で、あるものを見つけた。焦げ跡だ」
そう聞いて、私はハッとする。子供たちが遊んでいた駐車場。そこに確かに焦げ跡があった。
「その焦げ跡は、魔法陣のちょうど延長線上にあった。都合の良いことに、魔法陣と木の間にある窓はすべて開いていた。少し出来すぎだよな?」
「でも」私は抗議をする。「あれは駐車場で遊んでいた子供たちによるものです」
「なんだ、それは?」
「見たんですよ。子供が駐車場で炎の魔法を飛ばし合って遊んでいるのを」
「その子から木に炎を当ててしまったと聞いたのか?」
「いや、それは、聞いてないですが」
そう言えば、少年たちはそれを否定していた。
「それにな、あの焦げ跡は私の胸くらいの高さにあった。子ども同士で狙いあって、そんな高さに魔法を打つか?」
「それは、まあ」
「とにかく、この出来すぎた状況を考えれば、あの魔法陣から放たれた炎が木に当たったと考えられる。つまり、あの魔法陣の炎は被害者のユーリ=ミストを殺していない。要はダミーだ。捜査をかく乱するためのな」
しかし、だ。だとしたら、これはそもそも魔法殺人ではないことになるのではないだろうか。その場にいた全員がそう思ったのであろう。それを見かねた教授は説明を再開する。
「では、どうやって被害者を燃やしたのか、について話そう。遺体はほとんどすべての肉を焼いていた。聞いた話ではほとんど一瞬に近い時間だったそうじゃないか。そしてそもそも、人間の肉を焼くにはかなりの高温が必要になる。魔法でなければ、そんな温度を出せるはずもない」
「なら、どうやって? 他に魔法陣はなかったはずでは」
「話の腰を折らないでくれ、アンリエッタ君。まだ話すべきことがある。遺体の状況と君たちの証言を考えるに、今回の事件は人体自然発火現象に極めて近い」
人体自然発火現象。読んで字のごとく、人の身体が勝手に燃え上がる現象だ。都市伝説に近い与太話とされている。
「人体自然発火現象にはいくつか説がある。有名なのは人体ろうそく化現象だ。衣服が燃える過程で、身体の脂肪が燃料になり燃え続ける現象だ。しかしこれはあくまで人体がゆっくりと燃えることになる。今回の事件とは明らかに違う。そこで今回当てはまりそうなのが、プラズマ発火説だ」
ピクリ、とシルヴィアの身体が震えた。
「プラズマというのは、気体を構成する分子が電離、イオン化している状態のことだ。プラズマは一気に高温に達する。一万度だろうと一瞬だ。人間を焼き殺すに足る温度にすぐなるだろう。これならば、君たちの証言とも一致する」
「でも、それを発生させるとして、どうやって?」
私はついつい、声を挟んでしまう。しかし教授も今度は気にした様子を見せない。
「魔法だよ、それこそね。そして、どこに魔法陣を書いたか、だ。おそらく、ペンダントだろうね。そうだろう? シルヴィア=シークランド君。確か君は、元素魔法学科だったね?」
シルヴィアの表情は固まっていた。口を開こうともしない。
「まあ良い。君たち」教授はガルド、ロック、ソラルの三人に声をかける。「ユーリはペンダントをしていたかい?」
「はい、確かにしていました」
ロックが即答した。
「その形状はわかるかな?」
「ロケット型のものでした。でも、中は開かないように細工がされていました」
「うむ、そこまで即答できるのはちょっと気持ち悪いが、よくやった」
ロックは再びショックを受けたようだ。
「おそらくその中に魔法陣を仕込んでいたんだろう。魔法陣を書いた紙を丸めて入れたか、直接書いたかは知らんがね。
とにかく、火元はそれだ。そしてそれが可能なのは、元素魔法に詳しい君くらいだろう。この場にいるならね」
教授はソラルを指さし、そう言い放った。
「ち、違うわ!」
「なら反論してみてみたまえよ」
「だ、第一、プラズマが火元だなんて決まったわけじゃないでしょ!」
教授はそれを聞いて鼻で笑う。
「その通りだよ。あの殺人で終わっていればね?」
「どういうこと?」
「アンリエッタ君が投げたペンダント、あれを調べれば一発だ。すでに警察には魔法を解除して調べるように言ってある。あれからはアンリエッタ君の指紋以外に、別の誰かの指紋が見つかるかもしれないね。そしてその中にはもしかしたら魔法陣がみつかるかもしれない」
「そ、それは」
「それに木にあった焦げ跡。あれは失敗だったね。あれが現場の魔法陣によるものだと分かれば、焦げ跡からは魔力痕が出るはずだ。誰が注入した魔力かも、まあ時間はかかるだろうが判明するだろうね」
ついにシルヴィアが口を閉ざした。沈黙が訪れる。
「君が、今回の犯人なんだろう?」
シルヴィアの無言が、すべてを物語っていた。
「どうして……。どうしてなの? シルヴィア」
シルヴィアは、自嘲気味に顔を歪ませた。
「だって、あんな論文書いちゃうんだもの。おかしいじゃない、そんなの。ただの馬鹿だと思ってたのにさぁ!」
「……シルヴィア?」
「馬鹿な女の相談に乗ってあげて、教え導いてあげて? せっかく気持ちよかったのに! あいつ、あんな論文書けるなんて、聞いてないわよ!
それにね、あいつ論文が評価された後私になんて言ったと思う? 『あなたのおかげよ! 相談に乗ってくれてありがとう!』って……ふざけるんじゃないわよ! あいつは私の下じゃなきゃダメでしょうが!」
「シルヴィア、どうしたの? そんなこと」
「あんたも同じよ、アンリエッタ! クソ落ちこぼれだと思ってたら私よりも知識はあるわ、受験も普通に合格してるわ……。あんたが現役で受かって、どうして私が浪人してるのよ! ……まあ、あんたは魔法陣もまともに書けないみたいだったし、ユーリよりはましだと思ってたんだけど。なんかちょうどいいから殺そうと思ったのよね」
「もう良いか?」
グレーマン教授がシルヴィアの腕をひねる。
「痛っ!」
「警察のところまで連れて行くから、おとなしくしてろ」
「は! 凡人の話なんて聞くに値しませんか! そうですか! ああ! これだから天才は! どいつもこいつもどいつもこいつも! クソが! なんで姉さんばっかり評価されるのよ! 誰も! 誰も! 私を評価しない! あんなに綺麗な殺人ができるのに!」
ピタリと、教授が動きを止める。
「悪いが、あんな自己顕示欲に染まった、気色の悪い殺人は初めてだよ。センスの欠片もない。どうでもいいミスもある。クソ以下の殺人だった」
「……は。はは、ははは、はははっはははっははははっはっはは!」
シルヴィアの笑い声は、いつまでもそこに虚しく木霊していた。
あの事件からもう数日が経つ。私は研究室で授業の課題を進めていた。
「ん? アンリエッタ君、進みが良くないな」
「え? ああ……。そうですね」
「まだあの事件のことを気にしているのかい?」
実は、その通りだった。考えてしまうのだ。私はもしかしたら、シルヴィアになっていたかもしれない、と。
シルヴィアは天才の姉と比べられ続けた。しかし彼女ははるかに凡人だった。だからこそ、周りを自分より下の人間で固め、優越感を得ようとしていた。
私も彼女と同じだ。いや、彼女よりもひどい。凡人以下の人間だ。かつて魔法学部を受験しようと高校の先生に指導をお願いしたときも、「君、才能ないよ」と言われ、さじを投げられた。今でもあの言葉がフラッシュバックする。私はシルヴィアと同じ劣等感を抱えている。
「君は、たとえ才能がなくても、評価されなくても、その原因を何かに擦り付けはしないだろう」
急に教授が口を開いた。
「え?」
「それに私は、君に才能がないとは思わない。君は莫大な量の知識を有しているし、それを少し整理しきれていないだけだろう」
「はあ」
「君には、才能があるよ」
あれ? おかしい。別にこの人から褒められたって、嬉しくもないはずなのに。どうして、泣きそうなんだろうか。
……ああ、そうか。私はずっとその言葉を。
教授は俯く私を見て、頭を掻いた。
「まあ、なんだ。コーヒーでも飲みたまえ」
ハイネ=グレーマン教授の殺人魔法考 本木蝙蝠 @motoki_kohmori
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