第3話 ハイネ=グレーマンと五人の容疑者
この中、つまり取り調べを受けた私を含める五人の中に、事件の犯人がいるということである。しかし私には、とてもそうは思えなかった。
「でも、魔法陣の発動は時限式、任意の時間に発動するよう仕込まれていました。だったらわざわざ現場に行かなくても」
「いいや、違う」教授は即座に否定する。「まずあの魔法陣が火元とは限らない」
「そんなわけ」
そこから否定したら、これが魔法殺人であることすら否定することになる。
「まあたとえあの魔法陣が火元だとしても現場にはいるだろう。時限式だとしても、あの魔法陣から射出される炎の直線上に被害者を誘導しないといけないからな」
な、なるほど。失念していた。確かにそうだ。
「それに加え、あれは相当自己顕示欲の強い人間の犯行だ。焼き殺したいなら白昼堂々あんな殺し方をする必要がない。実際に殺される様を見たいと考えるはずだ」教授はフッと一息つく。「それじゃあアンリエッタ君以外は、悪いが私に話を聞かせてくれ」
「待ってください!」
教授の傍若無人に声を上げたのは、取り調べを受けた者の一人だった。眼鏡をかけているが目つきが悪く、身体もごつい。短髪で、ワイルドという言葉が似合いそうな風貌である。
「何だ?」
「少し強引じゃありませんか? ただでさえ疲れているのに。それにそこの彼女だけ話をしないというのも納得できません! 身内贔屓ですか!」
どうやら私が教授の身内であることはご存知らしい。
「アンリエッタ君からはすでに話は聞いている。そもそも彼女は犯人であるはずがない」
これには少し驚いた。教授が私のことをそんな風に信頼しているとは。
「何せあんな複雑なジャミングのある魔法陣を彼女が書けるはずがない」
そうですね。その通りです。私の感動返してくれませんか?
二度目の取り調べは、シルヴィアから順に行われた。
「では名前と所属を頼む」
「……シルヴィア=シークランド。魔法学部三年、元素魔法学研究室所属」
「年齢は?」
「必要ですか?」
「一応だ」
「二十二」
シルヴィアは私と同学年だが、一歳年上だ。受験の際に浪人していたためである。
「では目撃したことを話してほしい」
「そうは言っても、アンリと見たものは同じよ? ただ急に人が燃え上がって、しばらくしたら燃え尽きてただけ」
「じゃあ、被害者との面識は?」
「……まあ、あるわ。友人よ」
「友人?」
「あの子、あんまり成績は良くなかったから、面倒を見たことがあるの。結構相談も受けたわ。誕生日にペンダントをプレゼントするくらいには、仲が良かったわ」
シルヴィアからは、それ以外に目ぼしい情報が出ることはなかった。
次に他の三人についてだが、これは先程教授に抗議した男、ガルドの提案で三人同時に行うことになった。
「三年、属性魔法学研究室のガルド=スライド」
「三年、同じくロック=イルニア」
「同じくソラル=マリーセット」
ロックは気弱そうで背も低く、無気力そうな青年。ソラルは気の強そうで、立ち振る舞いのしっかりした女性だった。
「君たちと被害者の関係は?」
「ユーリとは、みんな同じ研究室の仲間です」
ガルドが答える。ユーリ、と聞き頭に疑問符が浮かぶが、どうやら被害者の名前らしい。教授は現場を見た時に聞いていたのか、特に何も思ってないようである。
「事件の時、君たちは何をしていたんだ?」
今度はソラルが答えた。
「ユーリの書いた論文が教授に評価されて、それについて話してたのよ。今度パーティーでもしないかってね」
ん? さっきシルヴィアは「彼女は成績が悪い」と言っていなかっただろうか。教授も同じことを思ったようで、ソラルに尋ねていた。
「え? ああ、そうね、悪かったわよ、成績。あの子は何にしても要領が悪いって言うか、とにかくのろまなのよね。だからこそ、おめでとうって感じになったわけ」
「待てよ」今度はロックがソラルをにらみ、口を開いた。「君はおめでとうなんて欠片も思ってないだろ!」
「は? なんでよ」
「だって君はいつもユーリを嫌ってたじゃないか!」
「それは……」
「待ってくれ! それは誤解なんだ!」
ロックとソラルの言い合いに、ガルドが口を挟んだ。
「誤解? 何が? どうせユーリを殺したのも、ソラルなんだろ!」
「おい、ロック。まさかそれ、取り調べで言ったんじゃないだろうな」
「ああ言ったさ! ソラルが犯人だろうってな!」
「てめえ!」
いつの間にかロックとガルドの言い合いに発展している。どうすれば良いんだ、これ。
「いい加減にしなさい!」
なんと事の発端であるソラルが彼女をかばったガルドにつかみかかっていた。
「ソラル! どうして」
「いいから! 仕方ないでしょう。そういう振る舞いをしたのは事実だし。それに、ロックのつらさもわかるわ。好きな人が死んだんだもの」
「……は? なんで、知って」
ロックは驚愕の眼差しで二人を見つめている。
「なんでって、見たらわかるけど、普通に」
「いや、そんな、馬鹿な」
「やさぐれていたあなたに優しく声をかけてくれたものね。惚れるのも仕方ないわよ」
「いや、別にそういうわけじゃ」
「はたから見たら恋人同然だったけど?」
「はいはい。君らの恋愛話とか、微塵も興味ないから」
ここに来て教授が話の腰を折った。心底退屈そうである。
「微塵も……」
ロックが若干ショックを受けていた。
「とにかく、君たちは被害者と話をしていたんだね?」
三人とも頷く。
「ならば、彼女に炎が当たる瞬間は見たかね?」
三人は顔を見合わせ、首を振った。代表してガルドが口を開く。
「本当に突然、ユーリは燃え始めたんです。一瞬で全身を炎が包んで……」
「そうか。もう良い」
教授はツカツカと歩き去っていく。
「またどこかに行くんですか?」
「ああ。だが君は来なくていい、アンリエッタ君」
「え?」
「適当にどこかに行っても構わん。好きにしたまえ」
本当に、この人は自分勝手が過ぎる。
しばらくして、私の魔力通信端末が反応を示した。教授からである。
「もしもし――」
「早く服を脱げ! 全部だ!」
突然放たれた教授の言葉に、私は狼狽する。
「な、何を言って」
「良いから脱げ! 死ぬぞ!」
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