第2話 人体発火殺人事件
赤、赤、赤。目には赤色しか映らない。辺りは騒然としているはずだが、その音さえも耳に入らない。肉が炎に焼かれる匂いと、熱さ、そしてそれにもだえる様子が焼き付いて離れない。
気がつくと、炎は消えていた。当然のように、焼かれていた人は死んでいた。炎はほとんどすべての肉を焼いていた。それを目にしても、吐き気などは感じなかった。教授がいつも見ている殺人現場の写真のせいだろうか。
講義は中止となり、私とシルヴィアは取り調べを受けることになった。
「えーと、殺人魔法学科のアンリエッタ=アンダーゴートさんで良いかな」
警察が怪訝な顔をしながら取り調べを始めたことだけは覚えている。それは私の頭が真っ白になっていたということもあるが、一番はグレーマン教授が介入してきたからである。
教授は簡易取調室と化した空き教室に入ってくると、「失礼」と一言だけ残し、私を連れ出したのだ。
「な、何をするんですか!」
いい加減正気を取り戻した私は、教授に抗議した。
「良いだろう。警察に話をするより、私に話をする方が建設的だ」
いつもは何に対してもやる気なさげにこなす教授が、殺人魔法が関わってそうだとわかるなりこの様子である。
「別に、私は現場を少し見ただけで」
「その見たものを見たままに話せば良い。簡単な仕事だ」
「そんなこと言われても」
「話してくれたら、教授連中に君の成績に関して少し下駄をはかせるように言ってやろう」
ぐぬぬ。正直言ってありがたい話だ。筆記テストに関して言えば全く問題ないのだが、実技がどうも厳しい。そして魔法学部の授業はほとんどすべて筆記と実技がそれぞれ五十パーセントで評価される。
「わかりましたよ」
とは言っても、私が話せることなんて大したことはない。ただ急に人が燃え上がり、もだえ苦しんでいるかと思ったらいつの間にかほとんどすべての肉が燃え尽きていた、ということだけだ。
そこまで話すと、「燃え移ったりはしてないのか?」と訊かれる。
記憶を探る。
「多分、ないと思います」
「なるほど」
教授はそう呟くと、急に歩き出した。
「どこ行くんですか?」
「現場だ」
歩き去る教授を眺めていると、彼はすぐに立ち止まり、振り返った。
「何をしている? 君も来るんだよ」
ため息をつきたい気持ちでいっぱいだったが、胸の中でするのみに抑えておこう。
現場はすでに警察により包囲されていた。しかしそれを構わず教授は堂々と中に入っていく。
「何してるんだ!」
当然、警察は教授を止める。
「何って、これから調査をするんだ」
「うるせえよ、お前はどうして毎回俺の邪魔をするんだ!」
「邪魔なんてしていない。毎回事件を解決に導いているだろう」
「そのせいで俺が昇進してもお前のおかげだなんて言われるんだよ」
「違うのか?」
「違うに決まってんだろ!」
「はて、君の力だけで解決した事件はあったかな? ビーク君」
「うぐ」
「どうせそのうち私のところに依頼が来るんだ。私自ら調査してやるんだから、むしろサービスと受け取ってほしいね」
「……くそ。誰にも言うなよ」
見ていて気の毒になる光景だった。ビークと呼ばれた刑事は「なんで魔法殺人課なんかに」とぶつぶつ言いながら引き返す。教授に振り回される身としては、同情を禁じ得ない。
「さて、邪魔者もいなくなったことだし、調査を始めるとしよう」
そう言う教授の後を付いて行く。教授は死体を調べている鑑識へ歩を進めた。
「どのようなことがわかっているのかね?」
「え?」
突然の部外者の介入に、鑑識は当然困惑する。それを見ていたビーク刑事は頭を掻いて現場中に届く大きな声で宣言した。
「今からこいつ、えっと、なんか、こう、専門家的なやつが入るから、こいつには情報を提供するように」
ビーク刑事の壊滅的な語彙は横に置いておこう。とりあえず、あらゆる情報を手にする権限が教授に発生したと思って良いだろう。改めて、グレーマン教授におそれいる。
鑑識から得た情報は「炎症が激しく、肉がほぼ残っていないこと」「このような状況になるには相当の火力が必要になること」「胸元から焼け始めたであろうこと」の大きく三つだった。
「ビーク君」
教授が声をかけた。
「あ?」
「これは魔法殺人だと聞いたから来たのだが、魔法陣はどこにある?」
魔法には必ず、魔法陣を書く必要がある。魔法陣に必要な情報をすべて書き込み、魔力を注ぐことで魔法が発動する。一度使った魔法陣は二度と使うことはできず、使い捨てである。
「こっちだ」
ビーク刑事が示したのは、遺体が向いていたのを広間側とすると、その左側。ちょうどコの字の中の空いた空間、庭園の向かい側に書かれている。少し影になっており見にくい。そのため気づかれなかったのだと考えられる。
「なるほど、紙か」
どうやら魔法陣は紙に書かれているらしい。魔法陣はどこに書いても良く、連続で使うのに何度もその場で魔法陣を書くのは非効率的なため、あらかじめ紙に書かれたものを複数枚用意するのが一般的だ。ちなみに先程私が遭遇した子どもたちも、遊びのために魔法陣を書いた紙を使っていた。
魔法陣を壁に堂々と描くなんて人目を惹く行為を避けるために用意したのだろう。
教授は魔法陣に近づき、観察を始める。しかしすぐに私に話を振った。
「アンリエッタ君」
「なんでしょう」
「どうやらこの魔法陣は何重にもジャミングを張っていて、解読が難しい。頼めないか?」
普通は魔法陣に余計な情報などかき込まないが、誰かに魔法陣を解読されたくないと考える場合は、ジャミングと呼ばれる解読阻害情報を紛れ込ませることがある。教授は基本的に面倒くさがりなので、ちゃんと取り組めば簡単に解読できるくせに、よく私に魔法陣の解読を任せるのだ。
「わかりました」
私は渋々魔法陣の解読作業に移る。十分くらいだろうか。魔法陣とにらめっこを続け、ようやく解読に成功した。
「どうやら任意の時間に炎を射出するように設定されていたようです。あらかじめ魔力は注入していたんだと思います。炎の射出方向はまっすぐで、等加速度運動するようになってます」
「人害防止記号は?」
「ありますね、普通に」
人害防止記号は、魔法陣に必ず書き込まなければならない記号である。これを書かなければ魔法は発動しない。魔法は元来神が人の発展を促すために与えたものであり、人に害するためではない。そのために魔法はこの記号が絶対に必要になる。まあ、あくまで学説の一つでしかないが。
「そうか」
それから教授は現場を見て回り、しばらくして出て行った。
「ちょっと、どこ行くんです?」
「現場にいた奴は他にもいるんだろ? そいつらのところに行く」
どうせ私も付いて行かざるを得ないのだろう。
簡易取調室である教室の外には、すでに取り調べを受けた四人がいた。そのうちの一人が、私の友人シルヴィアである。
私を見るとシルヴィアは「アンリ!」と大きな声を出して近づいてくる。
「シルヴィア、大丈夫だった?」
シルヴィアの目元に涙の痕があった。私は自分のことで一杯一杯だったからわからなかったが、シルヴィアも相当こらえていたのだろう。
「大丈夫よ。大丈夫。ちょっとショッキングだったけど」
「そう。なら、良かった」
「歓談中すまない」グレーマン教授が無遠慮に割り込む。「アンリエッタ君を含めてここにいる五人が取り調べを受けたのかな?」
シルヴィアは教授をキッとにらむ。
「そうですけど」
「ふむ。では少し話を聞かせてもらいたい」
「もう警察には話しました。警察から聞いてください。ハイネ=グレーマン教授」
「おや、私のことをご存知かな?」
「ええ、有名ですもの」
「君のお姉さんの方が有名だろう。シルヴィア=シークランド君」
姉の話をされ、シルヴィアはあからさまに気分を害したようだった。
「いえ、あなたも負けず劣らずの天才なのでしょう?」
「ははは、まあ良い。とにかく、改めて君たちから話を聞きたい」
「教授」私はいい加減口を挟まなければならない。これ以上友人に負担をかけるわけにはいかないだろう。「どうしてもですか? シルヴィアの言うように、警察から聞けば……」
「そうはいかない」
「どうして……」
「この中に確実に犯人がいるからさ」
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