後編:証言と推理
ショックを受けたスラストとミアを部下用の寝室のベッドに寝かせ、落ち着かせている間、
間もなく茶色と白が
殺人事件となれば魔法警察に連絡するしかない。しかしここは都市部から離れた山の上。魔法警察が来るまでには二、三時間かかるだろう。それまで
まずは事務次官スラストの証言。
「ジャグジーでくつろいでいる時に窓の外から気配がして、見ると大臣でした。するとそれが忌まわしいドクロの仮面をかぶった人物になって、慌ててバスローブを着て出ると、ミアシャムが青い顔をして吐きそうにしていたのです。なのでわたくしはミアシャムをベッドまで運び、急いで元の服に着替えました。このスイートルームに大臣の姿があったか、ですか? いいえ。わたくしは見ておりません。それにあなたとサフィスの姿もありませんでした。何が起こっているか分からない内にサフィスとあなたが大臣の部屋の前で騒ぎ出して、そして……これ以上は止めましょう。思い出したくありません。大臣が殺される理由についてですか。あなた正気? あれはあの忌々しい怪盗がやったことだと思っています。ですが強いて言えば、お金絡みの復讐でしょうか。あまり大きな声では言えませんが、実はミアシャムの父親は以前デリック大臣の秘書をしていたのですが、魔法石を非魔法族へ売って儲けていたのです。それを大臣が
スラストは時々薄い唇を噛みながら話してくれた。大臣を余程尊敬していたのか、時々涙ぐみながら、それでも強い口調で話す姿に、
次に秘書のサフィスの証言。
「僕は怪盗が姿を現した時、ミサキさんと一緒にいましたよね。それで大臣を呼んで、ミサキさんが飛び出して行ってしまい、僕は大臣と大臣のお部屋で待機することにしました。ですが大臣が『ちょっと出て来る。誰もついて来なくて良い』と行ってしまったので、仕方なく大臣の部屋で待つことにしました。女性陣達の体調の心配はしなかったか、ですか。心配しましたよ。今にも吐きそうな嗚咽も聞こえて来ましたしね。でも女性同士ならまだしも、女性にとって恥ずかしい醜態を男の僕が駆けつけて、女性を
サフィスは壁時計を見ると、
ミアは少し体調が戻ったようで、なんとか応接室に来てくれた。それでもまだうつむき加減で顔から血の気が引いている。
「大臣が狙われるとすれば、私には詳しいことは分かりませんが、大臣は強硬姿勢で知られていて、特に火の国と雷の国とは仲が悪かったと聞き及んでいます。今にも戦争になりそうだとサフィスさんがこぼしているのを耳にしました。ごめんなさい、マソラ。ちょっと横になって来るね」
「うん、無理させてごめんね」
足元がおぼつかないミアの肩を取って、
まず予告状が届いた。それから大臣が部屋に入って、秘書が大臣の部屋に入って、事務次官がベッドルームのお風呂に入って、大臣のお酒をメイドが取りに行って、洗濯物が届いて、少ししてから怪盗が現れた。そこで大臣が姿を見せて、私がスイートルームを往復する間に大臣の服が廊下に落ちていて、大臣の部屋の鍵が開かなくて、大臣はお風呂で死んでいた。死体はずっとシャワーのお湯がかけられた状態だったので正確な死亡推定時刻は分からない。最後に私が大臣を見たのは怪盗が出現した時……本当に? 大臣はあの時ぎょっとした顔で何かを恐れているような反応だった。もしあの表情が怪盗に驚いているのではなく、なにか別の物に驚いていたのだとすれば、大臣の視線の先には何があっただろう。
まさかこれに驚いたのか。これは確かスラストが魔法をかけた「真実の鏡」。これに驚いたということは、映ったのは大臣の姿ではない可能性がある。あれがまやかしだとしたら、誰かの変装、でも怪盗はあの時外にいた。何か引っかかる。盗まれた魔法具は非魔法族には使えない。逆に言えば魔法使いなら使える。盗まれた魔法具は「姿を惑わす」もの。つまり魔法具を使って変身していたとしたら、怪盗が現れた時に一緒に目撃した三人にも犯行は可能なはず。
でも密室の謎が分からない。
なぜ密室にしたのだろう。発見を遅らせたかったからとすると、私がドアを開けたのは犯人にとって予想外だったはず。でも発見を遅らせるなら服を廊下に捨てておく必要は無い。犯人にとって予想外のことが他にも起きたんじゃないか。指輪を壊した理由は水の石だけを奪うためだろうか。それなら指輪ごと隠し持っていればよかったはず。では指輪を壊したのは何かをカムフラージュするため? あの時一緒に落ちていた破片はガラスの破片。水の石の指輪でガラスの破片をカムフラージュするのはおかしい。それに死体と発見した時、部下達は口々に「水の石が無い」と叫んでいた。裸でお風呂に入っていたのだから指輪をつけていなくても違和感は無いが、死体を見た途端ということは、指輪は本来の水の石でなく本物の石は別の場所にあったのではないだろうか。それも裸の状態ですぐに分かるような場所に。あの指輪自体がデリック氏自身が仕掛けたカムフラージュで、ただの青いガラスが嵌められた指輪だとしたら、本物の水の石は別にある。そして犯人は水の石をまだ持っている。
そして
「犯人が分かりました。犯人は怪盗ではありません。この中にいます」
「私はまだ若いので、皆さんを納得させられるように明快に分かりやすく話せる自信はありません。難しい話は止めにして、私の質問に答えて下さい」
まあいいでしょう、と
「私は勘違いをしていました。水の石は、大臣がつけていた大きな指輪にある青い石だと。しかし違うんですね。本物の水の石は大臣の左の背中に埋め込まれていた、違いますかスラストさん」
三人は息を飲んで互いを見合う。悪戯がばれた時の子供のようだ、と
「そうです。あなたの言う通り、大臣は就任当初から水の石を自分の体に埋め込んでいました。誰にも取られたくない一心で、きっと自分が死ぬまで持っておきたかったんでしょう」
「その通りになりましたね。大臣は水の石を体に埋め込んでために、犯人に殺されてしまいました。ところでサフィスさん、今何時ですか?」
「は?」
サフィスはふいを突かれたのか、バカバカしい質問だと思ったのか少し怒った。
「見て分かるでしょう、ミサキさんは目が悪いんですか。そこに時計があって……」
「なぜ壁時計を見るんですか」
サフィスが全て言い終える前に
「腕時計はどうしたんですか」
サフィスは左手首を抑えて黙り込む。やはりそこか、と
「サフィス! まさか」
スラストが叱咤するように叫んで立ち上がり、ミアは口に手を当てたまま動かない。
「さあ、腕時計を渡して下さい。それだけであなたの無実は証明されます」
「どうして? 君がそれを言うのか。あのぶくぶく太った男に父親が汚名を着せられたというのに! 君は本当に何も知らないんだな、ミアシャム、君の父親がやったことになっている罪は本当は全てあの男、デリックがやったことなんだよ!」
部屋中に、いや廊下まで聞こえるかというくらいの大声でサフィスは腹の底から叫んだ。
「魔法石を売って私服を肥やしていたのは、あのデリックなんだ! その内に水の石も売って自分は悠々自適に過ごすつもりだったんだろう。だからそうなる前に僕が殺してやったんだ。大した魔力もない、自分のことしか考えない人間が持つより、僕が持っていた方がいいに決まっている。なあミサキさん知ってるか。水の石はそこに存在するだけで雪や雨を降らせるんだ。ところがどうだ、あの男が持っていてもここは雪すら降らなかっただろう。そんな奴が持つよりふさわしい人間がいるはずじゃないか!」
「それはサフィスさんでは無いと思います」
「あなたが持っていたこの数時間も雪は降っていません」
「うるさい!」
「あなたが水の石を持ったところで、誰もついて来ませんよ」
「どうだろう。君達が死ねば誰も僕を疑わない、全てあの怪盗がやったことにしてくれる。なんせあの『姿を変えられる魔法具』を僕に手渡したのは怪盗なんだ。きっと怪盗も……」
コンコン。その時ノックが鳴った。
全員がドアに気を取られている隙を突いて、
「ははは、これで終わりだ。少なくともあんな保身に走るような奴よりマシだろ」
「そう、犯罪者が保身に走ると終わりだよ」
低く場違いな甘い男性の声が、日本語で響いた。続いて、霧の中からサフィスのうめき声が聞こえる。
「まさか私が魔法具を渡す前に殺してしまっているとはね。私はただ、大臣の姿で現れてくれれば水の石を奪うチャンスができると
手探りで声の方に向かう
そこにはサフィスを組み倒しているシルクハット帽にドクロ仮面の人物がいた。
「怪盗!」
「今回は君の活躍に免じて、水の石は諦めるよ。探偵さん」
「待て!」
しかし
「魔法警察だ!」
事後処理。サフィスは通常の殺人事件として非魔法族の警察に引き渡されることとなり、水の大臣の後任にはスラストが収まることとなった。怪盗は捕まえ損ねたが、殺人事件を解決したこと「水の石」を守ったとして、
北海道の冬の空を見て、
― 終 ―
セットピース ~魔法探偵と怪盗と殺人~ 静嶺 伊寿実 @shizumine_izumi
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