「また会いに来たよ」
有澤いつき
1/365+α
一年という月日は、けっして当たり前じゃない。
西暦に換算して今の太陽暦が用いられるようになって、それでも旧正月とか太陰暦の名残も残っていて。そういったたくさんの「歴史」を連ねた先に、きみは生きている。西暦2019年というのは果たして快適な時空なのだろうか。前世紀の人間が想像していたよりもハイテクなのだろうか。SFで夢見た空飛ぶクルマがないからまだまだ発展途上だと笑われるだろうか。どのみち、それがきみの生きている世界だ。
きみが生まれてからというもの、ぼくとの出会いは一年に一回しか許されていない。
というと、大人になったきみは何を想像するだろうか。樹木よりは短く、ペットよりは長い人生のなかで得た知識をフル活用してイマジネーションできるだろうか。
織姫と彦星? なるほどたしかにそんなおとぎ話もあった。きみは存外ロマンチストなんだね。違う? それは失礼。でもぼくときみの仲を織姫と彦星に例えるなんて、なかなか面白い発想をしていると感心しただけさ。
「早く来ないかな」
と、子供の頃のきみはぼくを待ち焦がれていた。よく覚えているよ、だってきみのことを毎年見てきたわけだからね。一年に一度だけ。その縛りにきみは苦しめられていたけれど、それはぼくがやってくると盛大にお祝いができるからだね。きみはチョコケーキが大好きだった。イチゴのショートケーキだった日には号泣した年もあったね。パパさんとママさんを困らせていたっけ。ああ、昨日のことのように思い出せるよ。何せきみと会うのは毎年特別だから。
クリスマスにはオードブルもついてくるとわかったら、少しは大人しくなったかな。ぼくとしてはきみが駄々をこねなくなったのは少しだけ寂しかったけど、それもきみが大人に近づいた証だと受け取ったよ。
「来ないでほしい」
と、大学生のきみは言っていたね。小さい頃はあんなにぼくが来るのを待ちわびていたのに、それはそれで悲しかったよ。でもぼくはきみの前から姿を消すことはできない。きみが好もうが嫌おうが、一年に一回必ず会いに来る。きみはぼくに乱暴することはなかったけど、ただ、ぼくの来訪を嘆いていた。思春期にはなかった反抗だね。
「大人になりたくない」
「大人になったら社会にでないといけない」
「働き潰されたくない」
「夢がない」
いつしか、きみは灰色になっていて、こどものころに見たような目の輝きを失っていた。大学生のモラトリアム? 社会で押しつぶされた現実からの逃避? そのどれもぼくには理解しがたいものだけど、今のこの現状をきみは苦しんでいるように見えたよ。こどものころに戻りたい、と枕を濡らす日もあったね。ぼくが来るといつも喜んでいたのに、パパさんもママさんも何も言わない日もあったね。他と何も変わらないただの一日。いつしか、きみはぼくと会う日をそう決めつけるようになっていた。
でもねそれは、悲しいことだよ。
「つらい」
「つらい」
「苦しい」
「苦しい」
思い出して、きみの人生は灰色に塗り潰されるばかりじゃあないはずだ。
ケーキを食べれば笑顔になれた。パパさんとママさんが用意したプレゼントで輪ができた。友達と一緒にいるだけでスキップができた。そんな一年を繰り返して、きみはここまで来たんじゃないのかい?
こどもっていうのは弱い。弱いから守られている。きみの笑顔が眩しかったのは、きみが社会を知らない無知な庇護者だったからかもしれない。その盾が取り払われて醜悪な毎日が訪れて、きみはそのなかにぼくを隠そうとした。ぼくという現実から逃げようとしていた。何かと言い訳をして。
でもねそれは、辛いことだよ。
カレンダーを見るきみの目は、まだ濁っている? スーツに袖を通すきみの心は、まだ荒んでいる? 大丈夫大丈夫さ、ぼくはきみの味方だ。ぼくにきみの何かを変える力はないけれど、きみが生きている限り必ず来てあげる。裏切らないさ、きみとまた笑顔でこの日を迎えられるように。
もう、ぼくはきみにとって特別な存在ではなくて邪険にしたいものかもしれない。見たくもないかもしれない、ぼくという「現実」を。それでも何かのきっかけに、ぼくとの出会いできみが新しい一歩を踏み出すためのきっかけになれたら嬉しいんだ。ケーキもオードブルも用意できないけれど、きみならできる。世界を鮮やかに塗り替えるのは、いつだってきみなんだ。
だからぼくは、今年もきみに会いに行くよ。きみが心の底から笑ってくれることを願って。
「誕生日おめでとう」
「また会いに来たよ」 有澤いつき @kz_ordeal
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