孤独なピアニストの出立

naka-motoo

ピアニストにしてベーシストの少女

 わたしが主観で喋る機会があるなんて思わなかった。

 絶対的な(本人は否定するけど)フロントマンの室田はいるし。

 残りのメンバーにしたって加藤も武藤もわたし以上にバンドを愛してるし。


 わたしの取り柄がなんだろうかと思い浮かべてみるとピアノを1歳の頃から弾いてきたってことかな。いいえ。さすがに1歳の時は弾くなんて無理でまだ健在だった曽祖母が一応後継のわたしを楽しみにしてピアノの前に座らせて、わたしがカメラ目線でにこっ、として人差し指を鍵盤にちょん、と立ててる写真があるだけだけど。

 ある程度の年齢になってからはベートーベンを中心に青春を注ぎ込んだと自負できるそのピアノにしたってプロの人を含めてもっと凄い人たちが多勢いる。

 技術、人格、全て併せ持った。

 身近には、さきちゃん、ていう音楽の化身みたいな子もいるし。


 でも今日はわたしは自信を持ってこの場に臨んでいる。

 これは、わたしのために設えられた舞台とすら自覚してる。


 Pop music piano composer trial.


 応募要項を見た瞬間に胸が踊った。


『美しい楽曲をバンドのために』


 キーボーディストにスポットを当ててメロディーをも重視した楽曲の力強さを持ったバンドを育てて行こうっていうコンテスト。あくまでもバンド、っていう枠組みで行われる。

 ただわたしの本来の属性は、『男3人・女1人の4ピースバンド「4live」のベーシスト』だ。

 応募要項詳細を読んで、でも資格があることが分かった。

『1曲でもバンドでキーボードを担当する方ならばOK』


 ギター・ヴォーカルの室田がわたしからベースを受け取り、わたしがスタンドピアノにほとんど立ったままのように向き合って左側の低音パートの鍵盤を叩きつけるようにしてしかも重い打鍵で弾いたあの曲のイメージを頼りに、けれどもわたしはバンドのメンバーと一緒じゃなくって1人きりでステージに立っている。


 ピアニストとして。


『創作者としてのピアニストでありたい』


 映画音楽の作曲家はクラシックという枠組みの中であってもそのテーマ曲をポップ・ミュージックとして紡いでロックバンドのメンバーであるわたしにも無限のインスピレーションを与えてくれた。

 わたしが敬愛するバンドの女性キーボーディストも、同様の感性を共有させてくれた。


 そしてわたしは4liveという、地方の高校生バンドでしかない、けれども詩人たる室田をフロントマンとして抱える美しいバンドの一員であることが本当に誇らしい。全員、いじめとぼっちの状態の中で、このバンドを最初はシェルターにして、そしてバンドが室田の詩と、それからわたしの楽曲とで表現欲求が極限になったときの、あのわたしたちの街が揺れたフェスでの演奏でバンド自体がシェルターの殻を突き破って音を放出するアウトプッターとなって。


えみちゃーん!」


 ふふ。さきちゃん、今日も元気いっぱいだね。


「え、咲ーっ!」


 ふ。室田、加藤、武藤。るところがみんならしい。ありがとう。


「では予選を演奏技術評点3位、作曲評点1位で通過した白木しらきえみさんの演奏です。曲は『4live』。作曲:白木咲」


《拍手の音。だが集中している咲には聴こえない》


 さあ。

 オーナーが貸してくれた年代物のこのシンセ。

 でもこのピアノの音源が、とても好き。

 低音が、背中から響いてくる感じ。


 ファーストタッチからわたしはもう自分の指じゃない感覚に入っていけた。

 本当は理論に裏打ちされた、決して自制を失わずにどの演奏公演でも常に一定以上の技術を披露できるのがプロのピアニストなのかもしれないけれども、わたしはロックバンドのベーシストなんだ。


 しかも、4liveっていう、いじめに遭ったことを共通項とするその履歴と人格とをバンドのエモーションとしてセッションしてきたロックバンドの。


 でも、指が痛いな。

 リストも鈍い痛みが出てきてる。

 気負って練習しすぎたのかもしれない。

 ううん。この痛みすらわたしの演奏のエモーションとなる。


 そうか。


 プロのピアニストだって、きっと安定した演奏をしようなんて気持ちは微塵もないはず。


 昨日よりも先へ。

 今叩き込んだ一音よりももっと力強く。

 際どい、精神も指というフィジカルも、全身の筋肉もギリギリに攻めて、音楽が全てだとすら自らが陶酔し、そのエモーションにオーディエンスも引き摺り込む。


 ピアニストだって、ロックしてるんだ。


「はっ!」


 あ、いけない。思わず声出しちゃった。

 でも、いい。

 クラシックのピアニストだってオーケストラとのセッションで声を出したっていい!

 おそらくはベートーベンはその当時の最先端の衝撃だった。

 時を超えて彼の音楽は今も衝撃だ。

 誰があの、ジャジャジャジャーン、というフレーズを慟哭せずに聴けるだろうか。


 椅子も、いらないわ。


「おい、咲、立って弾き始めたよ!」

「ほんとだ。さきさんみたい」

「ふふっ。いいよいいよ! 咲ちゃん、行けっ!」


 ああ。

 さきちゃんの声だ。

 そうだね。


 行こうか。


 背骨に力を入れよう。

 腹筋を凹めて、硬く、ウエストを絞り込んで。


 肩甲骨は猫のしなやかさを。

 二の腕はこの1ヶ月走り込んだから、揺れもなく。

 だから腱の力も自然と抜ける。


 体全体の総力が、指先にこんなにもスムースに伝わる。


 ダン!


 ダン! ダン! ダン!


 ダ・ダ・ダ・ダ・ダン!


 ああ、気持ちいい!

 歌おうか!


 ルララ、ルラララ!

 ラルラルラル!


 あれ?

 みんな手拍子してたんだ。


 なら、それよりもスピード上げよう。

 ついてこれるかしら!


「すげ・・・」

「腕、つりそう!」


 ダメ。

 まだ許さない。

 もっと、速く。

 もっと、大きく。

 もっと、力を。


 そして、歓喜を!


「わあああーっ!!」


《拍手と総立ち。咲は額からの汗を煌めかせてオーディエンスにお辞儀をした》



FIN



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