第16話

 ゆっくりと目を開く。

 視界がぼやけていた。

 徐々にそれが晴れてくると、目の前に見覚えのある顔が浮かぶ。

 アイラが保護した子どもの一人だ。

 目が合う。

 見覚えのある顔の目は大きく見開き、そして大声を上げる。

「起きたよおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

 大声に耳を塞ぎたくなるが、身体が思うように動かない。

 それからしばらくしてアイラが来る。

「生きてたんだ」

 ぶっきらぼうな言葉を目が合うなり吐く。でも、その中に優しさを感じた。先ほどまで俺の額に乗っていたタオルとベッド付近にあった洗面器からも分かる。と言いうかここは、そんな疑問が浮かんだがその答えはすぐに知ることになった。

「やっと自分のベッドで寝られる」

 きっと独り言のようなものだろうが。なるほど、道理で見た事のない部屋だったはずだ。

「それはありがとな。随分と身体が楽になったと思うよ」

「嘘ね。その状態で大丈夫なはずはない。おそらく、身体全身が筋肉痛のような痛みがあって、頭痛もひどいはずよ」

 アイラの言葉は正しい。それでも男の見えと言うものがある。

「大丈夫だよ」

 そう言って無理やり笑う。アイラはそれを見て苦笑いを浮かべた。

「本人がそこまで言うなら別に良いけど。それよりも三日間寝ていたんだから、身体もまだ起きているって状況に慣れていないと思うけど」

「三日?」

「ええ、そうよ」

 あっけらかんとアイラは答える。それが問題でも、といった顔だ。

「三日間って、そんなに寝ていたのか……、俺」

「別に気にすることではないでしょ。ヴィルスと戦ってそれで済んでいるんだから」

 アイラにそう言われ、眠る前の出来事を思い出す。

「そうだ、あの時……」

 ヴィルスとの闘いの時、肩を噛まれていた事を思い出す。

「そう言えば、あの時」

「肩、噛まれていたやつ? だったら安心して、もう三日も経過しているし、それに」

 そう言ってアイラは部屋にあった鏡を指す。それに釣られるように鏡を見る。その中には、身体中に黒い斑点を宿した自分の姿があった。

「えっ……」

 言葉を失う。

「それは別に病気でも無ければ、ヴィルスになる症状でもない。私もそれは体験した。つまり、賭けには成功したって事よ、おめでとう」

 気持ちの籠っていないおめでとうだ。つまり、アイラの持っているような力を手にした、と言う事だろうか。

 いや、今はそんな事どうでもいい。そんな事より、

「レインは……、討伐隊はどうなっていたんだ?」

 そんな事より重要な事がある。心の中でそっと祈る。それでも、アイラの口から放たれたのは残酷な一言だった。

「駄目だった」

「そう……、か……」

「また話は後日にする? まだユウトは休んだ方が……」

「いや、いい。もう少し詳細を知りたい」

「そう、分かった。じゃあ、まず。討伐隊は神殿跡、その近くに拠点を設けていた。これはいつも通り。そこを見に行ったけど、拠点は何者かに荒らされた跡があった。近くに転がっていた死体を確認したけどどれもヴィルスによってできた傷を負っていた。おそらく討伐隊は一体以上のヴィルスと接触して壊滅状態に追いやられたと考えるべきかな」

淡々とした説明。その中に違和を抱く。

「……その説明だと全滅はしていないって事じゃないか?」

「あぁ、そうか。ユウトは知らなかったっけ。あの拠点で出会ったであろうヴィルスは一般個体とは別の個体。外から来る奴は確か原初ヴィルスと、そう名付けていたはず」

「原初……ヴィルス?」

「えぇ。神殿跡、その近くに神話で登場した湖が存在しているんだけど、その湖周辺をそいつは縄張りとしているの。まぁ、討伐隊も毎回あの周辺に拠点を築いているし、あれを討伐するのが目的だと思うよ。あれと戦おうと思ったら一般の人間では無理」

 今までの討伐の作戦の失敗がアイラの言葉に説得力を持たせる。

「あれは私たちと同じ、力を持っているヴィルス。あれに一般人が勝つなんて土台無理な話よ」

「力を?」

 力はヴィルスにならない代償で手に入れるものでは無かったのだろうか? いや、それを含めての原初ヴィルスなのだろう。

「でも、まだ全滅したとは限らないだろ?」

 あのレインだ。そう簡単に死ぬ人間ではない。そもそもレインの生き方のおかげであの時、生き永らえることが出来たのだから。

「確かめにいかないと」

 俺はベッドから立ち上がろうとする。が、それを上から抑える形でアイラに止められる。

「今のユウトはまだ動ける状態に無い。仮に動いたとしてもその後が悲惨な結果を招くだけよ」

「それでも……」

「どう言われても許可は取れない。それに行ってどうするの? もし、外の連中と顔を合わせてしまったらどうするつもり?」

「それは……」

「別に後何か月そこにいろとは言ってない。後三日、後三日である程度はユウトの感じている痛みは無くなる。せめてそれまでは安静にして」

 強い響きだった。それにこの状態では力づくで勝てるわけもない。

 結局俺は、アイラの言う通り家で待機する他無かった。

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剣聖の弟子、神話にて 粒燕 @tubuen

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