心のカケラ Ⅳ

 ケイの目の前にイヴァンの記憶の断片が浮かんでは消えていく。


 採掘場の跡地で自身の記憶にない泥人形の核を見つける様子。

 エルザの葬儀で彼女の両親にひどく責められる様子。

 カーターの所属する採掘企業を泥人形を引き連れ襲撃、壊滅させ、その後狂ったように泣き崩れる様子。

 雨の降りしきる中、エルザの墓をディーに掘り起こさせ、彼女の遺体を運び去る様子。


 どの記憶の中でも、彼は生気を失ったような顔をしていた。


 次に現れた場所は小汚い部屋の中だった。


 何かの道具や小瓶が乱雑に床に散らばっており、壁際には朽ちて崩れかけた泥人形が力尽きたかのように寝そべっていた。


 ケイの目の前にはボサボサの白髪を伸ばしっぱなしにしたような老人がいた。

 しかし、ケイはその老人に見覚えがあった。


創造主マスター……」


 ケイは思わず老人に手を伸ばす。しかしその手はするりと老人の身体をすり抜けた。

 老人はひび割れたぶ厚い眼鏡をかけなおし、部屋の中央に盛られた土の前へと歩みを進める。


「……や、やっと。やっと出来たよエルザ。……き、君の骨から作った核で。……大丈夫、今度こそきっとうまくいく」

 かすれた声でぶつぶつと呟きながら、老人は土の前に跪いた。


 ゆっくりと開いたその手の中には、拳ほどの石のような塊と、それに填め込まれた金色の指輪が見えた。


 ケイは無意識に自身の胸元に手を当てる。


「さぁ、いくよ」 


 老人がそう呟いたかと思うと、手の平の物体から甲高い音が聞こえ始めた。


 そのままその物体を土の上に置いたかと思うと、磁石に引き寄せられる砂鉄のように土が物体に吸い寄せられ、次第に形を成していく。


 人間の胴体のようなものが現れたかと思うと、そこから手足が生え、頭部が生え、一瞬光を放ったかと思うと、そこに美しい女性の姿が現れた。


「……あぁ。……エルザ」


 老人の頬を一筋の涙が伝う。


 寝そべっているような恰好の女性の目がゆっくりと開いた。美しいあおが小屋の乏しい光を吸い込み、反射させる。


 緩慢な動きで上体を起こした女性が、まっすぐに老人の顔を見つめる。


「僕が分かるか?」


 老人の問いかけに、少しだけ間を開けて女性は答えた。


「はい。あなたは私の創造主マスターです」


 その答えに、老人は少しだけ寂しそうな表情を浮かべながら「……あぁ、そうだよ」と返す。


「いいかい? 今から大切なことを言うからちゃんと覚えるんだよ」

 老人が疲れ切ったかのようにそばの椅子に腰かけた。


「この後、私の友人の弟子が君を迎えに来る。そのようにお願いしたからね」


 そう言うと老人は咳き込み出した。

 ケイは思わず老人の顔を覗き込む。ひどく苦しそうな表情をしている。


「……ハァ。すまない。話の途中だったね。君の名前はケイ。エルザの核を使った泥人形の十一体目にして最後の作品だ。……Kケイというのは、奇しくもアルファベットでいうところのLエルの一つ前だ」


 そこまで言うと老人は一息つき、微かに笑った。


「……ケイ。エルより前に進むんだ。エルが見れなかった未来を、その目で見てきておくれ」


 老人の声が震え、ぼろぼろと涙を流している。


「そしていつか――家族を持ちなさい、そして、幸せになりなさい」


 黙って話を聞いている生まれたてのケイの横で、現世のケイは自身の頬につたう涙を感じていた。


 魂のない、ただの土くれのはずの泥人形の瞳から、涙が止めどなく溢れてくる。


「……創造主マスター


 ケイが老人に触れようとしたその瞬間、老人の身体から力が抜け落ちそのまぶたが閉じられた。


「あぁ、創造主マスター……」


 ケイの周囲の空間が歪みだす。徐々に老人の姿が遠ざかる。


創造主マスター! 創造主マスターイヴァン! 私を造ってくれてありがとうございます! 私には家族が出来ました! 私はいま幸せです! 創造主マスター! 創造主マスター!」


 ケイは必死に叫びながら遠ざかる老人へと手を伸ばすが、ほどなく照明が落ちるように、辺りは暗闇に包まれた。



 【episode of K】 fin

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魔王の棲家~天才魔術師と老いた英雄達の物語~ 飛鳥休暇 @asuka-kyuka

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