心のカケラ Ⅲ
「もうすぐ来るかな……」
日も落ち切ったころ、採掘場の入り口で落ち着きのない様子のイヴァンが左右に歩き回っている。
ディーと呼ばれていた
ケイは辺りの様子を伺う。作業員たちはすでに帰宅したのか、辺りは静かなものだった。
「あぁ、しまった!」
イヴァンが唐突にポケットをまさぐり声を上げた。
「一番大事な物を忘れてるじゃないか」
そう呟くと、イヴァンは慌てた様子でどこかへ立ち去っていった。
彼と入れ違いのタイミングでエルザが採掘場に姿を現した。
「全く、こんなところに呼び出して……。イヴァーン! どこにいるのー?」
当然、エルザの呼びかけに返事はない。
「あら? あなたはイヴァンの泥人形ね。彼は中にいるの?」
エルザが入り口にいたディーに声を掛けると、彼は困ったように「ヴァー」と声を出した。
「ちょっと不気味だけど、入るしかないか」
エルザは肩をすくめて、採掘場の中へと入って行った。そんな彼女をディーは空虚な瞳で見送っていた。
その時、ケイは背後に気配を感じて振り返った。
「ふふふ。なんだ、アイツの泥人形か。置いて行かれたのか?」
声の主は以前イヴァンの家に来たカーターという男だった。彼の後ろには一体の泥人形の姿があった。
「ちょうど良かった。私の造った泥人形の性能をそこで見ているがいい」
カーターは誇らしげに後ろに控えている泥人形を指さした。それはディーよりももう一つ間抜けな顔をしていた。
「核は彼の物を拝借したがね。指示系統はちゃんと私独自のものになっているはずさ」
そのカーターの言葉に、ケイは無意識に顔をしかめていた。
「さぁ! 私にその力を示してみろ!」
ひどく大げさな動きと声でカーターが叫ぶと、後ろにいた泥人形がノロノロと採掘場へと歩き出した。
カーターは満足げにそれを見ている。ケイとディーもその動向を黙って見つめていた。
採掘場の入り口でいったん止まったカーターの泥人形が、大きく手を振り上げて入り口そばの壁を殴りだした。その一撃で壁は大きく陥没する。
「見てみろ! この力! やはり、君より私の泥人形のほうが優れているようだな」
カーターがディーに向かって傲慢な顔つきで鼻を鳴らした。――と、その時だ。
採掘場の壁からミシミシと不穏な音が鳴り始めた。カーターの造った泥人形は所かまわず壁を殴り続けている。
「お、おい。そのあたりでいいだろう。もうやめろ!」
カーターが泥人形に声を掛けるが、泥人形は一向にその動きを止める気配はない。
「やめろ! やめるんだ! おい! ――クソッ!」
カーターの呼びかけもむなしく、採掘場は崩れ落ちていく。その光景に怖気づいたのか、カーターは悪態を吐きながら逃げ去ってしまう。
「……そんな。中にはエルザさんが」
動揺したケイが必死で採掘場の崩壊を止めようとするが
「ディー! お願い! 手伝って!」
ケイはディーに向かって訴えるが、その声は届かないのかディーはそのつぶらな瞳を採掘場に向けて呆けたままだった。
ほどなく、辺りに轟音が鳴り響きついにはカーターの泥人形を抱えたまま採掘場は跡形もなく崩れ落ちてしまった。
立ち込める土埃の中で、ケイは呆然と立ち尽くしている。
「……こ、これはいったい」
直後、ケイの耳に入ってきたのは背後で立ち尽くしているイヴァンの声だった。
「ど、どういうこと? 何があったの?」
イヴァンがディーに問いかけるが、ディーは微かに首を傾げるのみだった。
「……エルザ。まさかエルザは中に入ってないよね? ねぇ、ディー!」
イヴァンが訴えかけるようにディーに問いかけると、ディーはゆっくりとした動きで崩れた採掘場を指さした。
「そ、そんな……」
イヴァンは一瞬気を失ってしまいそうになったが、かろうじてそれを堪えディーに指示を出す。
「ディー。……掘って。……彼女を探して」
かすれて、震えるイヴァンのその言葉に、ディーは「ヴァー」と返事をしてから、その手を使って崩れた採掘場の土を掘っていく。
イヴァンはその様子を、文字通り両手を組んで祈りながら見守っている。
ディーの作業速度は想像以上に早く、あっという間に掘り出した土がうず高く積まれていく。
ほどなく、穴の奥から「ヴァー」という声が聞こえた。
イヴァンが顔を上げると、ディーがその腕に泥だらけになったエルザを抱えて出てくるところだった。
「エルザ!」
イヴァンは急いで駆け寄りエルザの様子を確認する。
「あぁ……。エルザ! エル! 目を覚まして! お願いだよ! エル!」
イヴァンの涙の訴えに応えるように、エルザの指が微かに動いた。
「……ひ、久しぶり……に、その呼び方……」
「エル! すぐにお医者さんに連れて行くから!」
そう言って振り返ったイヴァンの腕にエルザの指が触れた。イヴァンはエルザの顔を覗き込む。
何かを訴えようとするエルザであったが、その唇がわずかに震え、微かな笑顔を見せた後、力尽きたようにその目を閉じた。
「あぁ……。エル。お願いだ。僕一人じゃだめなんだ。君がいないと。……目を覚ましてよ。エル。……エル! ……うわぁぁぁ!」
辺りをつんざくような慟哭と共に、イヴァンの手から何かが零れ落ちた。ケイの目に映ったそれは、鈍く光る金色の指輪だった。
イヴァンの慟哭が続く中、ケイは再び歪みだす空間に吸い込まれた。
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